第21話 謎の人物

 その男性らしき人は続けて話し始めた。


「僕ともう関わりたくないなんて……今更……それで今は男と暮らしてるんでしょ? 許せない……目的のない善意なんてある筈ないのに。君が壊れるのが心配だな。あの男を信じすぎないようにね。僕が助けてあげるから……待ってて。またね」



 なんなの? 貴方がオネエ様の何を知っているというの。足が震えて動けなかった。やっと動けるようになった頃には、姿を消していた。


 こわい。また何かしてくるつもりなのだろう。これは始まりに過ぎないのかもしれない。何処で会ったのか、知り合いなのか……何も分からない。


 唯一気がかりなのは東宮くんのあの発言。確かめよう。まずは……警察に行かないと。


 確かここから十分くらい歩けば交番があったはず。マンションと違う方向だけど、寄ってから帰ろう。


 そう思って私は近くの交番へ向かった。警察官にことの経緯を話すと、被害届を出すことが出来た。


 とりあえず今できることはこれしかない。


 マンションへ帰って、オネエ様にも伝えると「怖かったわね」と言って優しく抱きしめてくれる。辛い思いをすることで、オネエ様にこうして優しくして貰えるなら寧ろいい事のように思えてしまう。


 私が可哀想な人じゃなくなったら? どうなるのかな。離れていってしまうだろうか。もう私は手放せるほど強くない。


 この家から出られないようにしてしまいたいくらいに、私の愛は歪んでしまった。



 それでもオネエ様を自由にしてあげたくて、私は愛奈ちゃんが来る時以外、黙って出かけるようになった。


 それに気付くといつもオネエ様は私に電話を掛けて、何処にいるのか聞いてくれる。


 何処にいるかは言わない。何も起きてないし、流石に仕事をしない訳にはいかないだろうから。


 わざわざ探しに来られると余計に辛いと言うと、「待ってるから」と苦しそうな声でオネエ様は電話越しに呟いた。


 この気持ちが、自分自身がこわいのだ。私は普通じゃない。依存して、求めて求めて嫌われたら? その方がこわい。


 自分勝手な私を許して欲しい。きっとこの気持ちはオネエ様にはわからない。理解してもらおうとも思っていない。


 夜はゆっくり二人で過ごせているんだし、それで充分だと思わなければ。


 風が気持ちいい。やっぱりここが落ち着く。この公園はオネエ様と出逢わせてくれて、いつも安らぎをくれるこの場所が好きだ。


 平日は静かで、休日は子供の賑やかな笑い声がする。そんな平和で時間を忘れられるここが好き。結局東宮くんと連絡を取ってはいるが、何も聞けずにいる。


 ストーカーの件も話せていないし……本当に自分が情けない。頼るのが怖い。知られるのも。ましてや元同級生だし、私が被害妄想してるとか思われて言いふらされたら? そんな訳ないってわかってる。わかってるのに────


「隣いいですか?」


「え? あ、はい! どうぞ」


 気付かなかったな……この時間は滅多に人が来ないのに。こんな平日の昼間に大人の男性? 童顔にみえるけれど、きっとそうだ。


 ダボダボのパーカーとズボンを着て隣に座ったその男性は、薄くメイクをしている。メンズメイク……綺麗。


 ファンデーションと眉毛と唇だけなんだろうけど、浮いて見えない。自然な感じで良さを引き出しているよう。いっぱい練習したんだろうな。軽めでミルクティー色のマッシュヘアがとても似合っている。今人気の可愛い犬系男子みたい。



「お姉さんよくここへ来るんですか?」


「そうですね。ここが好きなので」


「へーそうなんだ。僕かおるって言います。草かんむりに重いに点四つ……で『薫』です」


「私はさら……です。さんずいに少ないの沙、蘭の花の蘭で、沙蘭」


「綺麗な名前」


「ありがとうございます……名前負けしてるけど」


「そんなことない! 名前通り綺麗な人です」


「そうですかね……ありがとうございます。薫さんは何してたんですか?」


「薫さんだなんて……僕二十一歳で学生なので気軽に呼んでください」


「あ、学生さんだったんですね。じゃあ……薫くん」


「はい! 沙蘭さん。沙欄さんは普段何してますか?」


「私……休職してて。お恥ずかしいですけど、精神科に通ってるんです」


「そんな……辛かったですね。良ければ僕と友達になりませんか?」



 そう言ってくれた彼は少し悲しそうに笑った。きっと友達が多くて女子にも人気だと思っていたけれど、彼には彼の悩みや辛さがあるのかもしれない。


 私が可哀想に見えただけかも。それでも、嫌な感じはしなかった。この人も温かい人だと直感が言っている。


 彼とも連絡先を交換して、また一人友達が増えた。オネエ様にベッタリだった私が、少しずつ社会を広げている。まだ私は大丈夫。


 気付けば毎日メッセージをするようになった。彼はよくカフェで勉強をしている。友達の写真は送ってくれないけれど、楽しく学校生活を送っているようだ。


 友達といると気をつかってしまって疲れちゃうんだって。私と同じ所もあるんだって少し嬉しくなる。薫くんとメッセージするのも日課になって、楽しみが増えた。これはとてもいい傾向だ。


 依存しない人生の一歩だと思う。いつも通りお風呂に入ったあとメッセージをしていると、東宮くんから今度会わないかと連絡が来た。


 初めて誘われたから、断れなくて了承してしまったが、大丈夫かな。何を話すのだろうか。あの意味深な発言のことかな。丁度いいタイミングだと思っていればいいか。


「最近すっごぉ〜く楽しそうにスマホを見てるけど、何かあった?」


「実は友達が出来たんです」


「そう。寂しいわねぇ〜アタシに全然構ってくれなくなったのはそのせい?」


「オネエ様は今、仕事大変でしょう?」


「そんなことないわよぉ! ぼちぼちやらせてもらってますけどぉ〜寂しい寂しい寂しい寂しい〜〜!!」


「ふふ、駄々をこねる子供みたい」


「あやしてくれないわけぇ〜?」


「オネエ様は大人でしょう? 自分でなんとかしてください!」


「もぉ〜何よ!」


 笑い声で心地がいいこの時間……幸せだ。やっぱり今のこの状況が一番いいんだ。苦しい時間の無い日々。平和そのもの。


 オネエ様に寂しいと言われるくらいが丁度いい。そう思ってくれるのが嬉しいの。


 私が出かける準備をすると、オネエ様は気付くようになった。


 どこに行くのか眉尻を下げる彼が堪らなく愛おしくて、その姿がどんどん見たくなってしまう自分は、最低だと思う。

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