4章

第32話 ストーカーと対面

 そして、ついにその日がやってきた。長いようで短かった。外は雨が降っている。ただでさえ寒いのに、肌を突き刺すようだ。カフェに入ると、暖かい室内にふーっと息を吐く。


約束より早い時間にオネエ様と二人で待つ。穏便に済ませることができるだろうか。緊張するし不安だ。ストーカーの顔を見るのは初めてだし……こわい。それに気付いたオネエ様は私を安心させてくれる。


手を握っていて欲しいなんてお願いしてしまった。握った手が汗ばんでいる。ちゃんと拭いたのに……緊張のせいだろうか。話す余裕がなくて無言になる。手が震える。こんな経験普通はしないだろうし、こうなっても仕方がない。


オネエ様の肩にもたれ、耳元で「大丈夫」と囁かれる。そうだ、大丈夫。オネエ様がついている。私は一人じゃない。気付けば緊張が薄れ、オネエ様に触れているドキドキに変わっていた。それを悟られないよう黙って目を閉じる。



 カランカランと誰かが入店する音が聞こえ、ついに二人がやってきた。オネエ様に「来たわよ」と言われて気付き、パッと目を開ける。東宮くんとその弟でありストーカーがこちらへ近づいて来る。


「また遅れてごめん。こいつが俺の弟、影彦だ」と東宮くんが言うと、ボソボソと小さく何かを呟いた。一言分しか口が動いていなかったから、挨拶してくれたのだろう。影彦くんも東宮だし、晴斗くん……と呼ぶのはなんだか違和感があるからやめておこう。東宮くんはオネエ様に会えて嬉しそうだ。


二人はお互い握手して挨拶を交わした。東宮くんと弟さんを目の前に座らせ、対面する。オネエ様と握っていた手は離れてしまった。ぎゅっと膝の上で握りしめる。オネエ様はそれに気づいたのか、私の手を上から優しく包んでくれた。横を見ると、ニコッと安心させるように笑ってくれる。少し緊張が和らいだ。大丈夫、ちゃんと横にはオネエ様がいる。



『影彦』という名の目の前に座る男性は、黒縁メガネをかけている。黒い前髪が長くて余計に目が見えない。ダボダボのパーカーとズボンから見える肌はとても白かった。引きこもっていると聞いていたから、イメージ通りだ。


私に声をかけてきた時は、フードを深く被っていたし、マスクもしていたから全く見えなかった。影彦くんがマスクをとると、目以外が露になった。整った顔立ちをしていると思う。東宮くんもかっこいいし、きっと両親もそうなのかもしれない。二人の注文が終わり、東宮くんが話し始める。



「川瀬と……結城さん。話し合いに来てくれてありがとう。俺の弟が迷惑をかけてしまって、本当にごめん。あれから家族全員で話し合った。影彦がやったことは決して許されることじゃない。


でも、被害者である川瀬が許してくれた。このチャンスは一度きりだ。今日せっかく来てもらったから、弟に全部話してもらう。話したいって言ってくれたしな。じゃあ、ゆっくり自分のペースでいいから……話せるか?」


「うん。あの……すみませんでした。僕は子供の頃から弱くて根暗でつまらない人間です。兄が僕を助ける度に惨めになりました。何でもできて明るくて人気者の兄だったから。


それから僕はひねくれて行きました。全部皆のせいにしたんです。その方が楽だったから。それで……沙蘭さんを見つけました。最初見たのは兄の同窓会で撮られた写真です。一目惚れでした。どんな人か聞いたら……寂しそうに笑う女性だって。


こんな綺麗な人が辛い人生を送ってると思うと、守りたくなったんです。貴方が知りたくなった。それから調べていく内に、この目で見たいと思いました」



 この人は人の愛し方がわからないのだろう。こんなに眩しいお兄さんを持つのは、苦しいと思う。私だったら……どうだろうか。ずっと比べられて、自分は出来損ないだと思ってしまうかもしれない。卑屈になるのも仕方がないと思う。そんな人が私を守りたくなった……か。


なんだか変な感じがした。自分と重ねてしまったのかな。自分は救われなかったけれど、助けたいと思った。それが間違った方向に行ってしまった。彼は小さいながらも一生懸命話してくれた。


下を見て肩を震わせながら。私たちは黙って聞いていた。集中しないと聴き逃してしまいそうなくらい、小さい声だったからだ。



「それで……僕の母と沙蘭さんの母親は接点がありました。たまにママ友で集まってご飯を食べに行っていて……ぬいぐるみを渡して欲しいと頼みました。


母と久々に話したから喜んで渡してくれました。そこにカメラを仕掛けて見ていたんです。一階から響く声も聞こえていました。沙蘭さんを苦しめているのは親だとわかった。


辛い気持ちを聞いてあげたい……それでメッセージを送ったんです。ちゃんと見てくれていたから、もっと送ろうと思って毎日送りました」



 私が無視をしたせいで勘違いしてしまったのか。オネエ様に相談して、初めて返信したんだよね。あれは正しい選択だった。でも……私が男性と同棲していると知って嫉妬してしまったのだろう。そんな素振りは見せずいきなりだもん。怒り狂うのも仕方ないのかも。


それでもこの人は狂っている。私よりもずっと。なぜそういう行動に出てしまうのか理解できない。辛い人生を送ってきたからというのは、原因の一つでしかない。彼は自ら狂ってしまったのか、元々狂っていたのか……誰にも分からないのかもしれない。



「そしたら急に……僕のことを拒んできて、男と二人で暮らしをし始めた。僕が居るのに。裏切られたって思いました。怒り狂って……理性を失って、接触した。あの行動は後悔してます。


怖がらせてすみませんでした……二人はただの友達なんですよね。今は理解しようとしてます……正直今でも沙蘭さんのことが好きです。これからもそうだと思います。


でも、家族で話し合って勝手に好きでいることは仕方ないけど……踏み込んではいけない。そう決まったからもうストーカーはやめます。すみませんでした」



 そう言って彼は頭を下げた。机にゴンとぶつかる音がする。完全に反省しているかは分からないけれど、必死に努力していることは伝わった。彼は引きこもっていたせいで暖かい人もいるということを知らない。だから私に執着してしまう。良くないことだ。



世界をもっと知らなければならない。私がそうだったように、視野を広げるべきだ。そうすればきっと、私よりずっと素敵な人を好きになれるはずだ。これをきっかけに社会へ飛び出してみて欲しい。それしか方法は無いと思う。

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