第33話 東宮くん
影彦くんは頭を上げると、話を続けた。兄だけが優遇され、自分は見下される。彼のことを家族は理解しようとしたが、彼は内に籠った。お互いどうすればいいのか分からなくて、ズルズルと時間が過ぎていったのだ。
顔を合わせることもなかったらしい。トイレとお風呂以外は自室で過ごした。ご飯がドアの前に置かれると、誰も見ていない内にそれを中へ入れる。食べ終わると部屋の前に置いて、親が取りに行く。
何度か手紙も一緒に置かれていたが、返事は一度も書かなかったのだそうだ。影彦くんはどうせ分かってもらえないと思い、話しかけられると「うるさい」と突き放してしまったという。
だから十年までは行かないにしても、とにかく久しぶりに意見をぶつけることが出来た。家族と言っても所詮は違う人なのだ。話さないと何も分からない。私の親みたいに、話が通じない訳ではないのだから。
影彦くんが話し終わったあと、東宮くんは再び話し始めた。これからバイトを始めさせるとのことだ。影彦くん本人もやる気のようだから、無理やりという訳ではないだろう。
今日この場を設けるまで、外出禁止にしていたらしい。バイトを始めるということは、外出することになる。今後勝手に出歩かないこと、スケジュールは共有すること、定期的に話し合うことが条件で。
今まで話し合いすら拒んでいたから、お互いの気持ちを知ることもなかった。今回を機に話し合うことが出来て、知ることが出来た。家族の絆が戻りつつあるようだ。これはとてもいいきっかけだと思う。
そりゃあ辛かったし、こわかった。それでもわたしが許すことで、彼が前に進めるならいいと思う。私にはオネエ様がついているから。影彦くんのこれからは、私たちにも情報共有してくれるらしい。有意義な時間になった。やるべきことは全てやってくれたと思う。
東宮くんはやっぱりいい人だ。彼も幸せになって欲しい。無事何事もなく話し合いが終わる。店を出ると録音を終了させた。念の為オネエ様にもお願いしているし、大丈夫だろう。何かが起きた時、役に立つだろう。
この録音が必要にならないことを祈るばかりだ。
案外早く終わったので、二人でプチパーティーをすることになった。初めて共同作業した餃子だ。何度か一緒に料理をしてきたが、餃子は二回目になる。家に帰って準備をしながら、先程の話をする。オネエ様は珍しくほとんど口を開かなかった。ただただ聞いていた。どう思って感じたのか気になる。
オネエ様は影彦くんのことを気の毒に思ったという。それでもやってはいけないことをした。反省している様子ではあったが、まだ安心できないと言われた。
やっぱりそうか。私のことが今でも好きだと言っていたし、気を張っておかないと。急に気持ちが変わったりするかもしれないし……家族が全てを監視できる訳ではない。
引き続き夜は出歩かないようにしなければ。私が黙って野菜を切っていると、落ち込んでいるように見えたのか……オネエ様は「大丈夫よ、その人自身が変わろうと思えば、人は変われるのよ」と励ましてくれた。
他人は変えられないけれど、変わりたいと本気で彼が思ってくれたらいいな。世界を見る目が変わればいいなと思った。
二月になって、あの話し合いから一週間が経った。東宮くんからまた会いたいと言われたので、今度は一人で行くことになった。わざわざ直接報告してくれるなんて律儀な人だな。
彼は一人暮らしをしているが、相模原市は東京に近いため、実家には気軽に帰れる。こうやって会いに来てくれるのも大変ではないらしいから、承諾した。高校時代の同級生や、彼を好きな人に知られたら嫉妬するだろうな。
あまり気が乗らないけれど、彼がそうしたいなら断る理由がないのだ。オネエ様に会ってくることを伝えるが、なんとも思っていないように「いいんじゃない?」と言われた。
それがなんだか寂しい気持ちになる。恋愛対象として見られていないのだろう。わかっているのに、態度で示されると胸を突き刺されるようだ。
愛奈ちゃんは彼女が出来たらしく、暫く会えないとのことだ。薫くんも愛奈ちゃんも自分の人生を歩んでいる。寂しいけれど、仕方がない。誰か私に構ってくれる人は居ないかな。そうだ、丁度大学時代に一番仲が良かった子からメッセージが来ていたんだった。そういうイメージがなかったので、なんだか嬉しい。
「久々だね」なんて返してみる。SNSのアイコンがオシャレな写真になっている。今どう過ごしているのだろう。会いたいな。その日の内に返事が来て、久々に会おうと言われた。卒業以来だ。
彼女は今、立派に仕事をこなしているだろうか。結婚はしていないようだが、彼氏は居るのかな。スムーズに予定を組むことができ、東宮くんの後に予定が追加された。
「東宮くん」
「よっ! しかし寒いな……本当にここでよかったのか?」
約十日ぶりに会った彼は、少し固い表情をしている。本人は上手く笑えているつもりなのだろう。触れないでおこう。影彦くんと上手くいっていないのかな。私たちは相模川の河川敷を横並びに歩き始めた。
ここは花火大会で屋台が立ち並んだりする大きな川だ。姥川や鳩川みたいにフェンスで囲まれたりしていない、自然を感じられる場所だ。しかし本当に寒いな……ブルッと身震いをする。マフラーに耳あてと、手袋をはめて厚着してきたけど寒いものは寒い。それでも……雪を踏む感触が楽しい。足跡が付くのも冬って感じがして好きだ。誰もいないし静かで心地良い。
実は私からこの場所を提案したのだ。今まで通りカフェで話せば良かったのかもしれないが、人が集まる場所は得意ではないのだ。お金を無駄に使いたくなかったのもある。座って話が出来る場所は、決まってお金がかかってしまうのだ。こんな寒い日に外で話すなんて、彼には申し訳ないが。
ここが好きだと言うと、「俺も」と無邪気に笑ってくれた。それから何を話そうか悩んでいると、東宮くんが口を開いた。影彦くんはバイトを無事始めることが出来たらしい。何があったのかはわからないが、ここ数ヶ月で明るくなったのだそうだ。前回会った時はとてもそんな風には見えなかったけれど……あの時は暗い話だったからだろうか。
髪を染めてメイクをすると別人のようになると東宮くんは言った。メイクというのはメンズメイクらしい。そういうのは最近増えているし、特別変なことでもない。それで自信が持てるならいいと思った。
どんな姿か見てみたいと言うと、影彦くんが見せるなと念押ししてきたって。余計気になるじゃん。これ以上関わって好きだという気持ちが強くならないようにするためだという。そういう可能性もないとは言えないから、納得した。
まだ働き始めだから大変そうだが、楽しくやっているみたいだ。自信を持つことの重要性を感じる。このまま色んなことを学んで欲しいな。きっと上手くいくだろう。そう信じたい。
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