第30話 オネエ様の仕事
昼ご飯の時間まで、ひたすらダラダラ過ごす。ランチの後、キッチン横のテーブルにパソコンを持ってきた。ソファ前のテーブルは低くて腰が痛くなるのだ。
「沙蘭ちゃんがアタシの仕事にも興味を持ってくれて嬉しいわ! 早速これなんだけどぉ〜。今依頼を受けてホECサイト……いわゆるネットショップサイトの作成をしてるの。天然成分で作られた化粧品を売るのよぉ〜。クライアントって言って……依頼者の要望を聞いた後に作業するのよ〜。
コロナ禍になってからリモートワークが主流になったでしょう? だから、打ち合わせは全部リモートで行うの。それが終わって作業している途中の段階よぉっ」
「わあ……凄い。こんなふうに作るんですね」
「こうやってフォントを変えたり、背景を変えたり、クライアントから貰った写真を挿入したりするの。結構雰囲気変わるでしょう?」
「本当ですね! ガラッと変わりました。自分が作ったものを皆が使うって、夢がありますね」
「そうなの。『また頼みたい!』って思って貰えたら、同じ人から何度も依頼が来るのよぉ。それもまた嬉しいわねぇ〜」
実際の画面を見ると、本当に人が作ってるんだと理解した。ホームページがどう作られているかなんて、考えたこともなかったから。天然成分の化粧品か……欲しいな。皆が使っているメイク用品の成分は、とても安価らしい。原価が何十円のものを何千円で売っているのだ。デパコスなんかは気持ちが上がるから持っている人が多いらしい。
私にはよく分からない。使うのが勿体ないと感じてしまうし、どうせメイクは変わらないのだから。依頼者がご厚意でサンプルを送ってくれるらしく、私の分まで頼んでくれた。すごく申し訳なくなったけれど、「一人分くらい変わらないわよ」とあっけらかんとされる。貰えるなら……いいのかな。
「そういえば、初めて依頼してくる人ってどこから来るんですか?」
「そうね〜。大体SNSよ。沙蘭ちゃんと交換した他に仕事用のアカウントがあってね〜。そこにメッセージが来るの。外国人からも来るわよっ」
「え?! どうやって話すんですか?」
「実はアタシ英語話せるのよぉ〜。留学して〜頑張ったの」
「わぁ……オネエ様はどこまでも凄いですね! 私に出来ないことばっかり……」
「や〜ね〜そんなに褒めたら調子に乗っちゃうでしょぉ〜!」
「私なら調子に乗って乗って、乗りまくっちゃいます」
「あはは! 褒め上手ねぇ〜。だけどね、能力はいくらでもあっていいけど……使う時がなければ意味ないのよ」
「それはそうですけど……」
「沙蘭ちゃんには沙蘭ちゃんにしか出来ないことがあるわ」
私にしか出来ないことってなんだろう。取り柄なんて今のところ見つからないな。これから見つけていけるだろうか。今のところ家事をする以外は何も出来ていない。オネエ様はそれでいいと言ってくれるけれど……役に立っている実感がない。このままの状態が続けば、きっと愛想をつかされてしまう。それだけは絶対に嫌だ。耐えられない。生きる意味もなくなってしまうような気がしてならないのだ。
結局この間の診察で休職期間を一ヶ月伸ばす方向になって、そのまま退職することも主治医との間で決まったんだよね。仕事が見つかるまで失業保険を貰いながら過ごす予定だ。どんな仕事がしたいか今のうちに考えておかないと。焦る必要はないと分かっている。まだ時間はあるし、辞める決断が出来たのも進歩なのかも。あんなに悩んでいたのに、主治医のお陰で気持ちがかたまった。自分が悪いなんて思わなくていいんだって思えた。
先生に相談すると、そんな難しく考えることじゃないんだって思える。大好きな先生だ。出逢えて良かった。もし発作が起きていなかったら……あの病院に搬送されていなかったらと思うと、奇跡の連続だと思う。人生の運を全て使い果たしてしまったのではないかという程に。私は恵まれている。
今まで辛かった分のご褒美なのだろうか。生きていてよかったと初めて思うことが出来ている。人生って捨てたもんじゃないんだって思える。それと同時に、学生時代の自分がとても恥ずかしい。嫌われたくない一心ですぐ謝って、気まずくさせて離れていった友達の気持ちがわかるようになった。
それで自分のことをまた責めて……負のループに陥りまくっていたあの頃の私。黒歴史でしかない。自分を守るために行っていたことが自分の首を締めているとも知らずに……友達は親じゃないのにね。馬鹿だったなー。今になって気付くのも恥ずかしいことなのかも。ずっと気付かない方がもっと……だよね。過去は変えられないのだから、今を生きよう。未来を見て生きるんだ。
オネエ様の仕事を知った今日は、一日引きこもった。眠気がまだ残っている。寝る準備を済ませ、メッセージを開いた。薫くんは最近勉強が忙しいということで、ご飯も行けずそのまま会えていない。何かあったのだろうか。何もないといいけれど、少し心配だ。メッセージを見る限り、いつも通りに見える。
私を嫌いになったとかではないと思いたい。男性と二人でどこかへ行くのは何故か気が引けたから、ちょっとホッとしている自分もいる。断るのも勇気がいるし、嘘はつきたくなかった。私の遊ぶ相手といったら、他にオネエ様と愛奈ちゃんしかいない。
新しく友達を作るのはしんどいし、学生時代の私を知る人は……会いたくない。大学でも壁を作ってしまって浅い関係だったし。愛奈ちゃんは次いつ会えるかな……ちょうど連絡が来た。
『沙蘭って掃除得意? そろそろ部屋が散らかりすぎててやばい』
『得意だよ!』
『お金払うからさ、片付けてくんない?!』
『いいけど、掃除代行に頼んだ方がいいんじゃないかな?』
『知らん人に入られるのとか無理だし。お願い!!』
『それなら仕方ないね。素人だけどいい?』
『もちろん! いつ来れそう? 車で迎えに行く』
『明後日ならいいよ』
『まじでありがとう……神だわ』
そういえば愛奈ちゃんの家に行ったことがない。どんな部屋なのだろうか。自分では手に負えない程だとすると、気合を入れて行くしかない。掃除用具はあるらしいから、持っていく物はないかな。汚れてもいい服を着よう。
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