第3話 出逢い

 それから他の看護師さんが来て別室へ案内され、ずっと背中をさすってくれた。最近忙しすぎて考えることもしていなくて、久々に流した涙は中々止まらなかった。それなのに、ずっと寄り添ってくれる看護師さん。


「辛かったですね」「もう休んでいいんですよ」


 って、優しい言葉だけを聞かせてくれた。私は泣き止んで看護師さんにお礼を言うと、支払いと予約を済ませてクリニックを出た。


 私の心はこの曇り空のように、どんよりと影を落としている。仕事を一ヶ月も休むなんて、戻った時はどうなってしまうのか。迷惑をかけた挙句、平然と仕事を出来る訳がない。これからどうすればいい? ゆっくり進めていけばいいと先生は言ってくれたけれど、私の未来は暗いだろう。


 家が近づけば近づくほどに足が重く感じる。家に帰りたくなかったけれど、今日はもう何もしたくなくて部屋に籠った。


 クリニックに行って先生達が励ましてくれたお陰で、今日は親になんと言われようと傷つかなかった。


 ふーんそうですかと思えたのだ。


 これは大きな進歩である。それから一人で散歩をする日課ができて、あまり家で過ごさなくなった。クリニックから三日が経った今日も散歩に行こうとして準備をしていると、母が話しかけてきた。


「最近よく散歩に行くけど、本当に散歩なの?」


 よくと言ってもまだ今日で三回目なんだけど……なんて口が裂けても言えない。


「え、そうだけど……」


「誰かと会ってるんじゃないの?! ここを出ていくつもりなんでしょう! 隠し事して。全部わかってるんだから! 貴方は一人で生きていけないのよ。仕事も出来ないで、私達に迷惑かけて。親孝行しなさい! わかった?」


 いつも決めつけて、私を責める。この人は本当に親なのかと言うほど冷たい人間だ。悲しいことにこういう時は謝るしかないのだ。苦しいけれど、これが最善。ズキズキと痛む胸を抑えて、私は弱々しく言葉を紡ぐ。


「うん、わかった。ごめんね」


「ほんっっと何も出来ないんだから。貴方には私がいないとダメダメよ! 聞いてるの?  いつまで経っても大人になれない、出来損ないの娘!! ちょっと、待ちなさい!!」


 私は逃げるようにして家を飛び出した。何日も耐えるなんて、出来なかったんだ。ボロボロと涙が目から溢れて止まらない。


 私は走って走って、疲れて休んでまた歩いて。足の裏が痛くなってきた。


 ふと周りに目をやると、気付けば知らない公園に来ていた。入口には『なかまる公園』と書かれた大きな石がどしんと構えていた。


 どれだけの距離を歩いたのだろう。すごく遠くに来た気がする。まるで知らない景色がそこに広がっていた。私は狭い世界で暮らしていたのだと思い知らされる。いつの間にか空は雲が太陽を覆い隠していて、私の心を表しているようだ。


 もう、疲れたなぁ。生きるのってこんなに大変なの? いつまで耐えればいいのだろう。生きる意味もよく分からないし、どうやれば楽にこの人生を終わりにできるかな。


 そんなことを考えながら、フラフラと中へと入り、ベンチに座り込んだ。


 目の前には遊具が並んでおり、休みの日は子供たちの笑い声で溢れているのだろう。平日のこんな時間に、誰もいない公園で一人座っている私はなんなのだろうか。社会の外へ追い出された私は、価値があるのだろうか。仕事のできない私が辞めることになったのは、時期がただ早まっただけなのかもしれない。


 ああ、少しでいいから必要とされていたかった。冷たい風が吹き、身震いする。風になりたいな、吹いているだけでいいんだもんね。怒りたい時は怒って家の屋根を飛ばしたりして、楽しい時は景色を見ながら草木を撫でる。そんな人生が良かったなぁ。


 仕事も出来なくなって、誰にも必要とされない私よりよっぽどいいよ。職場の人たちは私の事どう思ってるかな。卑怯で、大袈裟だって思うよね。そういえば誰の連絡先も知らないな。それで良かったのかも。悲しいなぁ。寂しいなぁ。苦しい……なぁ。


 私は下を向いてボトボトと服の上に落ちるシミを見つめる。顔だけが異様に熱くなって、誰かが心も身体も温めてくれたらいいのに。


 悲しいことにそんな人は存在しない。あの世に行けば、冷たさも感じなくなってくれるだろうか。




「ねぇ」


 私に話しかけてるの? すぐ横というか上から声が聞こえる。右に視線を移すと、男の人の足が見えた。高そうな革靴だなぁ。


「ちょっとアンタ!」


 ぐしゃぐしゃになった顔を袖で乱暴に拭って見上げると、綺麗な男の人だった。目鼻立ちがハッキリしている中性的な美しい顔。外国人なのだろうか。金髪の長い前髪を右に流し、後ろで結っている。


 ピチッとした上下の黒い服は、なんとも言い難いけれどモデルのような服装だ。背が高くてスラッとしていて、本当にモデルさんなのかな。露出された腹筋がとても綺麗だ。



「どうしたのよ。綺麗な顔が台無しじゃな〜い!」


「お、オネエ……様……?」


「あらやだ嬉しい呼び方してくれるじゃない。アンタの事気に入っちゃった。隣いいかしら?」


「ど、どうぞ……?」


 憧れの存在が目の前にいる。知らない人だけど、そういう属性の……?


「何があったの? アタシで良かったらお話聞いちゃうっ!」


 目の前でこんな話し方をされると、張り詰めていた心が緩んだ。近くで見ると、ホントに綺麗。毛穴の存在がないかのように、ツルツルの肌。目は碧いカラコンを入れているみたい。だから目が碧かったのか。


「生きるのが辛いんです。もう疲れたなぁって。死にたいなーなんて思ってしまうんです」


「そうね。皆辛いわ。貴方も……そうなのね。どうしてか、聞かせてくれるかしら?」


「何故ですか? 見ず知らずの人の悩みが聞きたいなんて」


「そんなのいいじゃない。知らない人の方が話しやすいでしょう?」


 辛いことを聞くのは余裕のある人しか出来ないと思う。自分から苦しみに行くなんて、変な人だなぁ。でも……優しい人だ。この人はちゃんと聞いてくれる。親とは違って。


 私は休職した経緯と、家を飛び出してきたことを話した。その間オネエ様は、真剣に私の目を見て聞いてくれた。やっぱり、貴方は思った通りの素敵な人なのかも。


「そう……なんて母親なの! 酷いわね。辛かったわね。仕事をやっと休めたのに。ねぇ、アタシとこれからも会ってみない? アタシも寂しいのよ。連絡先、教えてくれるかしら?」


 世話焼きな人なのだろうか。こんな面倒な私と自ら関わりたいなんて。でも……嬉しい。一応信用は出来ないから連絡先というか、SNSを交換した。


 ─────


 一応言っておくと、大改稿前ですが序盤の長々とした要らない所は5000字以上削りました。最初だけ割とマシですが、シーンが短くてダイジェスト感がどうしてもあり、今読むと下手だなと思います。


 でもこの時は頑張って書いていたので、暖かい目で読んだくださると嬉しいです🙇‍♀️

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