第20話 人の弱みに気づいたときに、にやにやする奴のこと、どう思いますか?

 俺は自室を出るとまっすぐ玲奈れなの部屋へ向かった。昨日魔王の魔法で好感度を上げてもらったのに、何故か部屋から叩き出されたぶりの邂逅となる。


「おーい、玲奈。話があるんだが、部屋入っていいか?」


 ドアをノックしながら呼びかけると、ガチャリと鍵が開く音がして、わずかに開かれたドアの隙間から玲奈が顔をのぞかせる。赤いカラコンの瞳は不機嫌そうに細められ、口元はへの字を書いたようになっている。……なんだ、いつになく機嫌が悪そうだな。


「……部屋には入らないで。話って何?」

「ああ、俺ちょっとこれから、まお……マキナと出かけてくるから」

「はぁ? 出かけるって、どこに? 私だって、今日はマキちゃんと一緒にお出かけする約束してるんだけど」

「え……?」

「昨日、お兄ちゃんとマキちゃんが一緒に私の部屋に来たとき、約束したの」


 そんな約束いつの間に……と思ったが、よくよく思い返してみると、魔王が玲奈の好感度を上げた時にそんなようなことを話していた気がしないでもない。


「マキちゃんだって、今頃私とお出かけする準備をしてるはずだし。お兄ちゃんと出かける暇なんてないでしょ」

「……いや、そうかな」


 うーん。魔王、絶対その約束は忘れてる……。なんなら今から、異世界へ向かおうとしてるし。


「私、準備があるからもういい? あと、マキちゃんにも準備終わったら声かけるように言っておいて」

「あ、えーと」


 玲奈はそれだけ言うと、さっさと扉を閉めてしまった。

 俺は仕方なく、玲奈に言われたことを部屋に戻ってそのまま魔王に伝える。


「………………そうであった」

「やっぱり忘れてましたか。どうしますか魔王様」

「うむ……マサトよ。ちょっと代わりに断ってきてくれぬか?」

「え、嫌ですよ。ドアの隙間からちらっと見えちゃったんですけど、服とかいろいろ並べて吟味してたっぽいし、多分魔王様とのお出かけ、めっちゃ楽しみにしてますよ。そんなところを当日ドタキャン……いきなり断ったりなんかしたら……」


 この先は言わずとも伝わったのか、魔王の表情はこわばり、ぶるっとその身を震わせた。もしかしたら昨日言葉攻めで泣かされたときのことを思い出しているのかもしれない。アイドル級に可愛らしい魔王の大きな瞳が潤んでいるようにも見える。


 そんな俺と魔王のやり取りを見て何かを察したのか、女神は魔王に問いかける。


「おや、どうしたのですか? エルダーアースの魔王ともあろうものが、たかが人間風情に断り一つ入れるのに、何をそんなに葛藤しているんです?」

「べ、べつに葛藤などしておらん!」

「だったら、自分でさっさと真人まさとさんの妹さんのところに行って、『貴様との約束など端から守る気などなかったわ。人間風情が図に乗るな』とでも言ってやればいいじゃないですか」

「い、言えるかそんな恐ろしいこと……!」


 魔王の必死さをみて、どうやら魔王と玲奈の関係性について、おおよその理解に至ったらしい女神は、にやにやしながら魔王を見つめる。


「さてはあなた、真人さんの妹さんのことを恐れていますね?」

「うぐ……。お、恐れてなど、おらん」


 明らかに狼狽うろたえ、声がわずかに震えている。いい意味でも悪い意味でも純粋な魔王は、嘘をついたりごまかしたりするのが死ぬほど下手クソらしい。魔王が玲奈に苦手意識を持っていることは、一連の魔王の狼狽ぶりを見れば、女神からしても、もはや疑う余地はないだろう。


 確信を得た女神は、先ほどまでとは打って変わって、強気な様子で魔王との会話を続けていく。


「そうですかそうですか。ですが、このままモタモタしていては、なかなか話が進みません。ここは仕方がないので、私が代わりに妹さんにお断りをしてきてあげましょう」

「まて……。女神貴様、何を企んでおる?」

「べーつにー。ただの親切心ですよ。なにせ私は慈愛溢れる女神様ですからね。それとも自分で断りに行けるんですか? どうなんですか? エルダーアースの魔王」

「ぐ……それは……」

「ほら、やっぱり行きたくないんじゃないですか。ならば、ここは貸し一つということで、私の慈愛にすがっておくとよいでしょう」


 一応貸しにして置くあたり、なんとも打算に満ちた慈愛だなと思った。それに加えて女神が何かを企んでいるであろうことは、その態度からも明白だった。


「……マサトよ。おまえも女神についていってくれ。もし、この女神がよからぬ企みをしていたら、即刻始末するのじゃ」


 魔王が苦渋に満ちた顔を寄せ、そのように耳打ちしてくる。


「いや、さすがに始末はしませんけど、とりあえずよからぬ企みをしていたら全力で止めますよ」

「うむ。……頼んだぞ」


 女神を始末してしまったら制限結界を張れる者がいなくなり、地球は魔王に滅ぼされてしまうので、そんなことはできない。


 俺は魔王の命令を受け取り、女神とともに再び玲奈の部屋へと向かう。


「真人さん。魔王があれほど恐れるあなたの妹さんとは、いったいどんな方なんです?」


 廊下に出るなり興味本位で女神が問いかけてくる。やはり、魔王が玲奈のことを苦手というか、もはや畏怖の対象としていることは、ばれてしまっているみたいだ。魔王陣営の俺としては、あまり女神に魔王の弱みを握られたくはないのだが、これから女神も理不尽な断りを代行する過程でおそらく玲奈にシバかれるだろうから、それを思うと同情心から、別に多少なら話してしまっても構わないかとも思う。


「玲奈はとても凶暴です。俺は実の兄ですが、最近は顔を合わせるたびに死ねとかキモいとかよく言われて、そもそも会話が成り立ちませんし……」


 と言っていて、気づいた。そういえばさっきは普通に会話が成立してたし、死ねともキモいとも言われなかったな。玲奈の奴、今日は調子が悪かったのかな。それとも実は好感度上昇の魔法が多少は効いていた……?


「なるほど。しかし口が悪いだけで、あの魔王があそこまで恐れるとは思えませんが……」

「ああそれは、玲奈が魔王様のことをただのオタク仲間の高校生だと思って、俺に対するのと同じような勢いで罵詈雑言を浴びせたから、それが、あまりにもいきなりのことで魔王様もショックだったみたいで……」

「いやいや、そんな舐めた口を利いてきたら、あの魔王なら間髪入れずに玲奈さんを燃え散らすと思うのですが」

「それが、一応配下である俺の家族ってことで、危害は加えないでいてくれたみたいで……」

「ふーん、そういうことですか。……まあ、そういうことなら」

「え?」

「いえ、何でもありません。早く玲奈さんに残酷なお話を伝えに行きましょう」

「残酷なお話って……」


 まあ、ばっちりおめかしして、出かける準備をしている玲奈にとっては、残酷な話に違いないけど。


 俺は再び、玲奈の部屋のドアをノックした。


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第20話を読んでいただきありがとうございます♪


魔王の弱みを手にした女神が何も企んでいないはずもなく……。


次話は年明けに投稿予定です。


【いつもお読みくださっている皆さまへ】

今年の投稿はこれで終わりになりますが、いつも読んでくださる皆さま、本当にありがとうございました!


読んでくださる方、コメントをくださる方、そんな皆さまに応援にすごく支えられています!

本当に感謝の念が尽きません――!!


来年度はできるだけ投稿頻度が落ちないように頑張りたいなと思います!


引き続き、よろしくお願いします♪

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