第12話 ガチバトルをするなんてことは、雇用条件には含まれていなかったはずなんですが……。えっ、「等」に含まれてる?「等」って怖すぎ

 女神は俺が構えたのを見て、俺が魔王の配下として戦うつもりなことを確信すると、にやりと笑って、口を開く。


「エルダーアースの魔王。この戦いは、いわば私たちの代理戦争です。ですので、この戦いの勝敗にお互いの生殺与奪の権利をかけるのはどうです? もっとも、自信がないのであれば、ただ純粋な力比べでも構いませんが?」


 女神は自分が戦うわけでもないのに、自信満々にそんな提案をしてきた。


「いいじゃろう。儂は、儂の配下の勝利を信じておる。もしマサトが負ければ、儂のことは好きにするがいい」


 ちょっとまってええええ。それはさすがに責任が重すぎるんですが!


「後で、やっぱりやめるとかは無しですからね」

「魔王に二言はない。なんなら魔法による誓約を交わしてもよいぞ」


 魔王は互いの生殺与奪をこの戦いの結果に委ねることを誓う魔法誓約を女神と取り交わした。これは、誓約を反故にしようとした者は、その瞬間に命を失うという非常に強力な拘束力を持った魔法とのこと。そのため後でやっぱりやめたということはできなくなる。


「私が勝ったら、あなたには想像を絶するほどの地獄の苦しみを存分に味わってもらった上で、魂を粉々に砕いてやりますから、覚悟しておいてくださいね」


 女神がとてもいい笑顔で、そんな恐ろしいことを口にした。


「ふん。おまえの配下が負けた時の、おまえの顔が見ものじゃの」


 魔王も負けじと邪悪な笑みを浮かべた。


 そして、条件が整ったことで、ついに俺とげんによる、魔王対女神の代理戦争が始まろうとしていた。


「マサトよ。奴は女神から何かしらのスキルを与えられておるはずじゃ。油断するでないぞ」


 魔王は神妙な顔つきで、俺に注意を促す。転生者や転移者との戦いは、相手の持つスキル次第では、魔王ですら手こずるらしい。

 言われてみれば、いかに魔王から強力な魔法を使い放題な指輪をもらったところで、魔力無効的なスキルをげんが手にしていたら、俺は無力だ。純粋な肉弾戦になろうものなら、万に一つも俺に勝ち目はない。

 結局のところ、勝敗のカギを握るのは、げんのスキルということになる。


「源の奴は、いったいどんなスキルを女神からもらったんだろうな」

「……まあ、おそらく身体強化的なスキルじゃろう」

「え、魔王様。源のスキルが何かわかるんですか?」

「わからんが、ああいうゴリラみたいな見た目しとる奴は、どうせ身体強化系のスキル持ちと相場が決まっておる」

「それは、さすがに偏見では……」


 俺が源の持つスキルに警戒心を強めつつ、視線を向ける。


「おう真人まさと。もう、作戦会議は終わったのか?」

「作戦会議なんて有意義なものはしていないさ。ただ、おまえがいったいどんなスキルをもらったのか、二人で予想していただけだよ」

「そうか。俺が女神様から授かったスキルは身体強化だぞ」

「いや、いきなり暴露せず、少しは隠せよ。てか、魔王様の偏見が、的中してるし……」


 隠すこともなく、自らの能力が身体強化だとばらした源。スキルを隠しておいた方が戦いのさなかに相手を揺さぶることができて、大きなアドバンテージになると思うんだが、どうやら源はそういった心理戦をするつもりはないらしい。


「やはりか。身体強化などたいしたスキルではない。理不尽に魔法を防がれるようなスキルでもないのじゃ。極大魔法でも放って、さっさと決めてしまうがよい」

「わかりました。……いきなりで悪いが、一発で決めさせてもらうからな」


 俺は源に向かって手をかざし、巨大な火の玉をイメージする。すると、掌の先に魔力が凝縮して集まり、それを火種に大きな火球が突如として出現した。


 おそらくこの一撃で、源は戦闘不能になるだろう。丸焦げになってしまったら、とりあえず回復魔法でもかけて源を治してやるか。


 そんな風に余裕に満ちた思考を展開していた俺に――。


「その火球。確かに当たったらヤバそうだな」

「え……?」


 ――源は背後から、感想を述べてきた。


「おま、いつの間に後ろに回り込んで……!?」


 言い切る前に、源に背中を強かに蹴りつけられ、俺は地面に勢いよく倒れる。当然集中力を切らしたことで、形成途中だった火球は霧散してしまった。


「さすがに、おまえが火球を完成させて放つまで、棒立ちで待ってやったりはしないぞ?」

「たしかに、そりゃそうだよな」


 俺は立ち上がり、少々反省する。源は見た目通りの筋肉馬鹿だが、さすがに多少は頭がまわるようだ。


「ここから俺は本気で真人まさとを攻撃する。今降参するなら痛い思いはしなくて済むが、どうする?」

「ありがたい提案だけど、さすがにもうギブアップは早すぎるだろ」

「まあ、そうだな。流石、俺の幼馴染。でも、実力差を理解したら、ちゃんとギブアップしてくれよ」


 唐突に、源の姿が目の前から消えた。と、同時に視界の外からすさまじい威力の拳を顔面に喰らって、俺は数十メートル吹き飛ばされる。たまたまそこにあった大岩に叩きつけられて、砕けた岩の破片と共に、地面に転がり落ちた。


「が……ごふ……」


 全身を粉々に破壊し尽くされたかのような激痛に襲われ、あらゆる思考が吹き飛ぶ。声を出そうにも口いっぱいに広がる血の味が、それを妨げた。

 俺は辛うじて途絶えそうな意識の中、回復魔法を使う。


「はあ……はあ……死ぬかと、思った」


 回復魔法さえ使えれば、何とか身体的ダメージは完全回復できる。しかし、苦痛によって受けた精神的ダメージまでは回復できていない。今の痛みは軽くトラウマになりそうだ。


「回復魔法か。でもそれは、逆に戦いが長引いちまって、辛いと思うぞ」


 俺が反撃のためにすかさず魔法のイメージをするも、自身のスキルを完全に使いこなしている源の攻撃速度の方が、圧倒的に速かった。


「身体強化ってのは、単純に力が強くなるだけじゃない。脳を強化すれば思考の回転速度は上がるし、目を強化すれば動体視力が飛躍的に伸びる」


 辛うじて発動出来た魔法も、源に軌道を読まれ躱されてしまう。がむしゃらに火球で弾幕を張っても強化された動体視力で全て見切られてしまった。


「身体強化スキルってのは応用力もあるし、ばれてもいくらでも戦いようがある。おまえたちはたいしたことないスキルと言っていたが、俺はそうは思わはい」


 確かに強すぎる。スキルによって素早く動けて理知的なゴリラとか、やばすぎるだろ。俺自身、たいしたことないスキルだと言った魔王に抗議したいくらいだ。


 そして一方的な戦いは続き、もう何度目かわからない、死の淵から回復魔法で蘇った俺は、心が折れかけていた。


 全身血だらけで、錆びた鉄のような酷い臭いが鼻につく。身体のダメージは回復できてもそれ以外は無惨な状況だった。


 ……よくよく考えれば、俺がここまで頑張る必要はあるのか?


 そもそも俺の異世界転生を邪魔したのは魔王だし、俺が負けたところで死ぬのは魔王だよな。

 むしろ地球を滅ぼそうとしている魔王がいなくなれば、全てが丸く収まるのではなかろうか。

 

 それに、この後土下座して頼み込めば、女神だって、もう一度俺にスキルをくれて異世界転生するチャンスをくれるかもしれない。


 そう考えると、俺がこんなに痛い思いをしてまで、死に物狂いで戦い続ける意味ってあるのだろうか。


 そんな風に降参へと心が傾きかけていた俺に――。


「マサト、すまぬ……」


 ――魔王は、可愛らしい顔を歪め、今にも泣きそうな表情で謝ってきた。


「儂が友との戦いを強要したがゆえに、儂への忠義と友への友諠ゆうぎ狭間はざまで葛藤し、負けるわけにもいかず、しかし友を倒すわけにもいかず、そのような様になっておるのじゃろう」

「え……? いや、ちが……」


 魔王には俺がわざと源を倒すのを避けて、やられまくっているように見えていたのか。

 ……残念ながら、ガチで源の奴を全力で燃やすつもりで戦ってますが、源が純粋に強すぎてボコられまくってるだけです。

 しかし、勘違いしたまま、魔王は言葉を続ける。


「……儂は、これ以上配下の者が、マサトが苦しむ姿は見とうない。もし友を倒すのが嫌なら、降参しても構わぬ」

「え、でもそれじゃあ魔王様が……」

「構わぬ。……死ぬのは嫌じゃが、配下を守るためなら、そういう最期も受け入れる」

 

 もしかして俺が降参しても、決着がついた瞬間、約束なんて反故にして、女神陣営を問答無用で消し飛ばすつもりなのだろうかとも思ったが、魔法誓約を交わしている以上そんなことはできないはずだ。……まあ、魔王ならなんだかんだ力業で魔法誓約自体を破壊できそうな気がしないでもないが。


 しかし、魔王の瞳は純粋で、そんな邪悪な考えを秘めているようには思えなかった。どこか覚悟を決めたような表情を浮かべているようにも見える。


 ……まさか、俺が降参したら、本当に魔王は死ぬ気なのか。


 なんでこの魔王は、出会って一日も経っていない俺のことを、それほどまでに心配し、あげく命まで懸けてくれるんだ。


 俺には、思い当たることは何もない。全くの謎だ。 


 もう少しこの魔王と一緒にいたら、その理由がわかるのだろうか。


 やっぱり降参したくなくなってきたな……。どうして魔王が俺なんかに命を懸けてくれるのか気になるし、そもそも、押しのアイドルの可愛らしい顔でそんな悲しい表情を見せられたら、嫌でも笑顔を取り戻してやりたくなってしまうではないか。……中身は魔王だけど。


 でも、降参しないと言っても、このまま馬鹿正直に、正面切って戦っていても源には勝てない。

 仕方ない、奥の手を使うか……。


 俺は覚悟を決めて立ち上がる。そして、俺の意思に応じて黒い指輪がうっすらと鈍く輝きを放ち始めた。


「まだ立つのか。そろそろ、あきらめたらどうだ? もう苦しいのはこりごりじゃないか?」

「そうだな。正直こりごりだ。……だから、一つ源に提案がある」

「提案? 言っておくがどんな条件を提示されようとも、俺が降参することはないぞ?」

「……それが、例えば玲奈とデートさせてやると言っても?」

「なにい⁉⁉ れ、玲奈ちゃんと、で、で、で、デート、だと……‼」


 俺の提案を耳にした源は、激しく動揺した。


====================

第12話を読んでいただきありがとうございます♪


ボコボコにされた真人の奥の手は、

果たして源に通用するのか……?

次回でバトルパートは終了(予定)です。


最近、もろもろ時間が取れずなかなか執筆が出来なかったのですが、今週は時間が取れそうなので、隔日更新は頑張りたいなと思ってます。


ぜひ、次のお話も読んでいただけると嬉しいです。

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