第32話 手加減するには相手の実力をしっかりと知る必要がある。つまりちょうどよく手加減できる人は、相手のことを理解する能力が高いってことですよね?

 ヴァリアール森林は王都エレクトラン東部に位置する広大な森林地帯らしい。実際にすぐ近くまで来てみると、遠くの方に見える山にまでずっと森が続いているようだった。


「魔王様、つけてきている人って、まだいるんですか?」

「王都を出てからはかなり距離を開けて見つからぬようにしているようじゃが、相変わらずこちらを監視しているような動きをしておるの」


 いったい何が目的なのか……。


「今は気にしても仕方がなかろう。それよりも、さっさとジャイアントボアーを討伐して依頼をこなすのが先じゃ」

「確かにそうですね」


 まあ、向こうが何か仕掛けてきたところで、こっちには魔王がいる以上、心配はいらないだろう。


 ヴァリアール森林に足を踏み入れると、木々や植物が発する濃密な緑の匂いが鼻腔に広がる。人が通る道などは整備されておらず、足場は木の根があちこちに張っていてなかなかに歩きづらかった。


「そういえばジャイアントボアーってどんな魔物なんですかね? 魔王様は知ってます?」

「もちろんじゃ。えーと、たしか、四つ足の大きな獣だった気がするのう。あとは大きな鼻と牙を持っておったような……」


 四つ足で大きな鼻と牙って……猪みたいな魔物ってことかな。もしそうなら、猪って確か人の何万倍も嗅覚が強いって聞いたことがあるし、何か臭いでおびき出せたりしないだろか。


「魔王様。ジャイアントボアーをおびき出せるかもしれない、いい作戦があるんですが」

「ほう。見たこともない魔物をおびき出す策を思いつくとは、さすがマサトじゃ。実をいうとジャイアントボアーはそこそこ強いくせに臆病な魔物での。見つけるのは骨が折れるんじゃ」

「いや、まだこれでいけるか確信はないんですけど……」


 俺はひとまず思いついた作戦を魔王に伝えてみる。それは罠を張った個所にジャイアントボアーをおびき寄せて楽々捕まえてしまおうという物だが、一つ問題があるとすれば、俺はジャイアントボアーが好む臭いを知らないということだ。


「ジャイアントボアーが好む臭いか。それなら弱って死にそうにな人間の臭いじゃろ。所詮しょせんは魔物じゃからの」

「なるほど。じゃあ拘束用の罠を張って、弱って死にそうな人間の臭いを漂わせておけば、近づいてきたジャイアントボアーを楽に討伐できそうですね」

「……その作戦、儂は反対じゃ」

「え……何でですか?」


 いい作戦だと思ったんだが、まさか魔王に反対されるとは思わなかった。もしかしてもっといい作戦でもあるのか。


「その作戦で必要な、弱って死にそうな人間の臭いを漂わせられるのは、今この場にマサトしかおらんのじゃが」

「あ……」

「儂は配下が傷つくような策は気が進まぬ」

 

 俺も俺自身が傷つく作戦は嫌だけど……こうしてる間にも、きっと玲奈は一人で不安な気持ちを抱えながら人質になっているのだと思うと、そんなことも言っていられない気がしてきた。


「……魔王様。できるだけ早く玲奈を助けてやりたいんで、今回だけは、たとえ俺が死にかける前提の作戦でも、目を瞑ってもらえませんか?」

「むう。……マサト自身がそれを望むというのであれば、儂は止めぬが」


 魔王は嫌そうな顔をしながらも、俺の作戦を採用してくれた。

 しかし、作戦を実行するにしても一つ問題がある。俺はどうやって弱って死にそうな人間になればいいんだ。


「さすがに自分で自分を傷つけるのは嫌なので、魔王様、うまく手加減して俺のことを弱って死にそうな状態にしてもらえませんか?」

「……それを儂にやらせるのか。……気は進まぬが、仕方ない。じゃが、こんな策を取るのは今回限りじゃぞ」


 魔王は渋々といった様子で頷いた。こんなに嫌そうな表情をしている魔王を見るのは初めてかもしれない。本当に配下が傷つくのは嫌なんだな。


 俺と魔王はひとまず森林の奥まで進み、そこにジャイアントボアーを捕獲するために罠を設置した。こちらは対象が上に乗ると足場が粘着質の液体に変化する魔法を罠として採用した。そして、罠の中心に必要なものを用意する段になる。


「……ほんとにいいんじゃな?」

「ええ、この際、思い切りやっちゃってください!」

「うむ。じゃあ、『全身をズタズタに引き裂くが致命傷を与えず苦しめる拷問魔法』を――」

「ちょっと待ったああああ!」

「……何じゃ?」

「え、そんな魔法しかないんですか? もうちょっと痛くなさそうな魔法はないんですか?」

「そうは言われても、相手を殺さぬように制限をかけておる魔法はこれくらいしか持っておらんのじゃが……相手を百万年燃やす方は、そもそも焼けてしまうから、違う臭いになってしまうし」


 そうだった……。そもそもこの魔王が持っている魔法はろくでもないものしかないんだった。

 でも、その『全身をズタズタに引き裂くが致命傷を与えず苦しめる拷問魔法』って絶対痛そうじゃん。マジで嫌なんだけど……。


 しかし、魔王は本当にこれ以外に俺をちょうどよく瀕死にできる魔法を持ち合わせていないらしい。……なら、仕方ないか。


 ……ここまで身体を張る兄貴を持って、おまえは幸せ者だな玲奈。無事に助けてやった後、少しくらい感謝してくれてもいいんだからな。


「……わかりました。それでいいので、やってください」

「……うむ。安心せよというのも変じゃが、多分マサトは痛みに耐性がないじゃろうから、すぐに気を失うじゃろう。痛いのは一瞬だけじゃ」


 それって、一瞬で意識飛ぶほどの激痛を与えられるってことですよね? むしろ怖くなってきたんですが……。


「あと、一応指輪は外しておけ。『全身をズタズタに引き裂くが致命傷を与えず苦しめる拷問魔法』を使った後、自動で回復魔法が発動してしまったら、またマサトにこの魔法を使わねばならなくなる」

「ひえ……それはさすがに勘弁……。指輪、外しときます」


 死ぬほど痛い思いをするのは、一度きりで十分だ。


 俺が指輪を外し、心の準備を整えて頷くと、魔王は躊躇いがちに『全身をズタズタに引き裂くが致命傷を与えず苦しめる拷問魔法』を放ってきた。


 その瞬間、文字通り全身くまなく皮膚が引き裂かれ、俺は咲き誇る彼岸花のように身体中から鮮血をまき散らす。同時に全身を激痛が駆け巡り、俺の意識は一瞬でこの世界から置き去りされていった――。


====================

【あとがき】

第32話を読んでいただき、ありがとうございます♪


残念ながら魔王様は相手に手心を加えるような魔法は持ち合わせていません( ゚Д゚)

いままで、敵として立ちはだかった者を生かしておく必要がなかったので……


次回は1月31日(水)に投稿予定です。

引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

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