第31話 マニュアルあるじゃんよかったと思ったら、最終更新日が3年前なんですが、そのまま使っても大丈夫ですか?

 冒険者ギルドの1階最奥にある窓口。今は昼時だからか、三つある窓口の内二つは閉ざされている。唯一空いている一番右の窓口へ行き、俺は依頼票を出しながら受付の人に声をかけた。眼鏡をかけた明るい緑髪の真面目そうな女性の職員さんだった。


「すみませーん。この依頼受けたいんですけど」

「はーい。じゃあ、冒険者登録証の確認をさせてくださいね」

「あ、冒険者登録はまだしていないので、併せて登録したいんですが」

「え……。もしかして、初依頼でこの討伐依頼を受けようとしてます?」

「そうですけど……」


 眼鏡の女性職員さんは、驚いたように目を見開くと一言。


「死にますよ?」

「え、そんなヤバい魔物なんですかこれ? このジャイアントボアーって」

「えーと、ヤバい魔物かどうかはわかりません。ただ受付マニュアルの4ページには、駆け出し冒険者がいきなり魔物討伐依頼を受けようとしてきたら、高確率で調子に乗って死ぬ馬鹿なので、事前に死ぬぞと注意喚起するように書いてます」

「あ……そうなんですね」


 ずいぶん失礼なマニュアルだけど、わざわざ書かれているってことは、そういう馬鹿が多かったのかもしれない。


「そもそも、駆け出し冒険者さんは普通、外壁修繕とか、薬草採取みたいな簡単な依頼をこなしていくものなんですけど」

「それって、一回の依頼でどのくらい稼げるものなんですか?」

「多くても銀貨2枚くらいだったと思います」


 駆け出し用だからだと思うが、報酬が安すぎて足りない。


「やっぱり、この依頼にしときます」

「えーと、私の忠告はガン無視ですか?」

「一応、一緒に依頼受けてくれる人が強いので、大丈夫だと思います」

「あ、そうだったんですね。それを早く言ってください。その場合は、えーと……」


 眼鏡の女性職員は再びマニュアルとおぼしき本のページをめくっていく。


「その方がカッパー級以上の冒険者であれば、妥当な依頼となりますね。ちなみにあなたは新規登録者なので、一つ下のランクである青銅ブロンズ級にあたります」


 眼鏡の女性職員さんが、親切にも年季の入ったマニュアルの冒険者の階級が記載されているページを見せてくれた。俺がそのページを眺めると、彼女は書かれている内容を丁寧に説明してくれた。

 どうやらこの世界における冒険者は5段階に階級設定がなされているようだ。下から順にみていくと、青銅ブロンズ級、カッパー級、シルバー級、ゴールド級、白金プラチナ級となっている。ちなみに階級は試験を受けるか特定の依頼を受けると上がるらしいが、詳細についてはこのページには書かれていないようだった。


「たぶん、そのひと強いんで、カッパー級以上はあるかな」


 この世界最強の生物である魔王は、単純な実力だけなら最上位の白金プラチナ級よりもたぶん強いはずだし。


「それなら受注してもらっても構いませんよ。早速、依頼を受けるために冒険者登録しますか?」

「お願いします」


 眼鏡の女性職員さんに渡された紙に、さらっと目を通し、最後に署名をして提出した。ちなみに記載されている事項は単純なもので、依頼を受けるときは冒険者登録証の確認が必要なこととか、依頼中に死んでも自己責任ですよ的なことが書かれていた。


「おや、公用語ではない、見たことの無い字ですね……マニュアルにも載っていません。何て読むのでしょうか?」

「ああ、すみません。それでマサトと読みます」

「そうですか。マサト様……っと」


 俺が漢字で名前を記載したところに、おそらくだけどこの世界の言葉でフリガナを振っているようだった。

 眼鏡の女性職員さんは、俺が書いた登録用紙を裏に持っていくと、1,2分程度で戻ってきた。どうやら手続きはこれで終わりらしく、冒険者登録証を手渡される。


「依頼についても、手続きが完了しましたので、早速向かってください。……あ、それと今回討伐依頼の対象となっているジャイアントボアーの肉は貴重な食材になりますので、お持ちいただければこちらで買い取りもできます。余裕がありましたら、素材を傷つけずに倒すのも良いと思います」

「それはいいことを聞きました。ありがとうございます」


 お金は余分に稼いでおいて損はない。むしろかつかつだとまた、同じミスをやらかしかねないし……できるだけ素材回収も念頭に置いて討伐するか。


 この依頼に対する方針を決めて、早速魔王に依頼の受付と登録が済んだことを伝えようと思ったのだが……。


 掲示板の前で魔王は、二人組の男の冒険者と何やら話をしているようだった。

 一人はレザーアーマーを身に纏い、見た目30歳くらいの中堅どころ風の冒険者。装備は片手剣に盾を持っている。もう一人は服の下にチェインメイルを着込んでいる40歳くらいの冒険者のようだ。体格もよく大きな斧を背にしている。

 魔王の不機嫌そうな表情を見るに、あまりいい話をしているようには思えないけど……これは、魔王が問題を起こさないうちに、割って入っておいたほうがいいか。


「あのー、登録と受付、終わりましたよ」

「おお、マサトよ。ご苦労であった。……儂はこの者と組んでおるのじゃ。ゆえにおまえたちとは組まぬ」


 魔王の言葉を受けて、レザーアーマーの方が俺を一瞥すると、舌打ちをした。


「はあ? こいつと組んでる? こんな見るからに雑魚そうなガキと?」


 ……確かに俺は雑魚だけど、初対面でそこまで言われる筋合いはないんだが。


「そんな青銅ブロンズ級のカスと組むより、オレたちと組んだ方が遥かに儲かる依頼を受けられるぞ? なんせ俺たちはシルバー級の冒険者だからな」


 チェインメイルの方が、俺をこき下ろし、自らの階級を誇示するように勧誘の言葉を並べた。


 ……状況は分かった。どうやら魔王は二人組の男の冒険者から、パーティに加わらないかという勧誘を受けているようだった。いけ好かない感じだが、いずれも銀級の冒険者というくらいだから、それなりに実力はある者たちなのだろう。

 

「さあ、そんなガキとはさっさとパーティ解消して、オレたちと来い」


 レザーアーマ―の男が、魔王の肩を掴む。不用意に自身に触れられたことで、魔王の眉がピクリと跳ねた。……あ、これは怒ってるな。


「魔王様」

「……わかっておる」


 怒りに任せて、目の前の冒険者を消し飛ばさないように小声で注意を促すと、魔王は不本意そうにしながらも頷いた。そして、肩に触れていたレザーアーマーの男の手をはじく。


「……おまえたちとは組まぬと言っておるじゃろうが。他をあたるがよい」


 そのまま歩き出す魔王に置いていかれないように、俺もついていく。

 背後からは、冒険者の男の舌打ちが聞こえてきたが、振り返ることなく無視して、そのまま冒険者ギルドを後にした。


「さっきの人達、なんだったんでしょうね?」

「さあのう。……ただ、話しかけてきた時から、やけに儂の身体を値踏みするように見回してきおったが……まさか、儂が魔王であることに勘づいて、探りを……?」

「……いや、その感じだと、ただのナンパでしょうね」

「なんぱ……?」


 魔王は首をかしげていたが、特段掘り下げる価値のなさそうな話だったので、気を取り直してジャイアントボアーの討伐に神経を集中させることにした。


 俺は歩きながら、依頼票に目を落とす。内容を確認したところ、王都エレクトランの東門から出てすぐ先に見えてくるヴァリアール森林に、今回討伐対象のジャイアントボアーが生息しているらしい。

 ひとまず冒険者ギルドの建物を後にした俺と魔王は、東門に向かって通りを歩いていく。


「……マサト、気づいておるか?」

「え……何にですか?」


 しばらく歩いていると魔王が唐突に問いかけてきた。俺は何のことかわからず首をかしげる。


「わからぬなら、そのまま変に反応せず聞き流せ……儂らはどうやら、冒険者ギルドを出てからずっとつけられておるようじゃ」

「つけられてる……って」


 振り返って確認したくなるが、魔王に振り返るなよと釘を刺される。


「確信はないが、先ほど儂らに絡んできた冒険者たちかもしれん。つけてくる理由はわからんが……ひとまず、ヴァリアール森林に着くまでは気づかぬふりをしておくか。いつ何をしてくるかわからん以上、警戒だけはしておくのじゃ」

「わかりました」


 とはいったものの、殺気を感じて奇襲攻撃を躱すとか絶対無理だから、いざという時は、またしてもやられてから回復する羽目になるんだろうな……。



====================

【あとがき】

第31話を読んでいただき、ありがとうございます♪


結局、土日に一話投稿できなかったのですが、そのかわりに明日も投稿しようと思います。

ということで、次話は1月30日(火)に投稿します。


引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

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