第33話 相手のすごさが実感を持ってわかるということは、自分もそれなりに相手を測る物差し(実力)を持っているということ。……つまり魔王様の実力を見抜けないこいつらは所詮ザ……

 ――とても生暖かい風が、顔を撫でるように吹き抜けていった。その風は、とても心地よ……臭かった。


「――はっ、くさッ!? って、気絶してた! えーと、罠は――」


 眼前には象のように巨大な灰色の猪にしか見えない魔物がいた。口からはよだれをまき散らし、鼻の孔をおっぴろげている。そして、しっかりと足が地面に沈み込んで拘束されていた。


「――うまくいったみたいですね」


 罠に嵌められたことに怒っているのか、興奮した様子の魔物から小刻みに発せられる鼻息があまりにも臭くて、思わず鼻をつまんだ。

 すげえ生ゴミみたいな臭いがする……魔物ってこんなに臭いんか。それともこいつがたまたま?


 さすがに不快な温風を浴び続けるのも精神衛生上よくないので、俺は立ちあがり、魔王が立っている安全地帯へと移動した。


「あれ、そういえば傷が……」

「目覚めたときに傷だらけで痛いと可哀そうじゃから、こやつを捕まえてすぐに回復魔法をかけておいた」

「魔王様優しい……ありがとうございます」


 痛すぎて一瞬で気を失ったからな。もう二度とあんな痛みはごめんだ。


「さて、ではさっさとこのジャイアントボアーを倒して、依頼を片付けてしまうかの」


 魔王がジャイアントボアーを倒そうと、魔法を発動するために指パッチンをする構えを取る。


「あー、魔王様。ちょっと待ってもらってもいいですか?」

「ん。倒さぬのか?」

「いや、倒しますけど。どうやらこの魔物の肉は買い取ってもらえるらしいので、できるだけ肉にダメージを与えないように倒す魔法とかで、やってほしいんですが」

「なるほど、じゃあ燃やすわけにはいかんな!」


 あぶねええええ! 燃やす気だったんかい!


 だいぶ一緒にいるから大体わかってきたが、この魔王、雑に燃やす系の魔法が大変お好きらしい。


「ならばこの間、披露し損ねた『体内にある内臓を魔力で直接捻り潰す魔法』で、ジャイアントボアーの核を潰すかの」


 ああ、ちょっと前に女神にやろうとしてたやつね。


 魔王が対象に向けて、指を軽くパチンと弾く。

 

 と、同時にジャイアントボアーの体内で何かが弾ける音がした。途端に暴れていたジャイアントボアーが糸の切れた人形のように制止して、そのまま大きな音を立てて地面に倒れ伏す。そして、目や鼻や口など、身体の穴という穴から血がしたたり落ちていた。


 グロ……。女神にやらなくて良かったなこれ……。


 確認するまでもなく、ジャイアントボアーは魔王の魔法で内臓ごと核を破壊され、死んだようだった。


「さてと、これで依頼は完了ですね。えーと、依頼票によると、討伐した証拠として、ジャイアントボアーの牙を持って帰る必要があるのか……。これって引っこ抜けるのかな」


 俺は横たわるジャイアントボアーのむき出しの牙に触れてみる。1メートルくらいありそうな大きな牙は、がっしりと歯茎に根付いているようで、引っ張ってみても、微塵も抜ける気配がない。


「どうせ、肉も冒険者ギルドに渡すんじゃろ? ならこのまま持って帰ればいいのではないか」

「これを、ですか? 結構大きいんですけど……」


 何せ小さめの象くらいある巨体だ。こんなものをどうやってエレクトランまで持って帰ればいいのか。


「なに、身体強化魔法を使えば、マサトでも運べるじゃろ」

「そうなんだ。じゃあ、このまま持って帰りますか」

「うむ。……で、あとはこっちをどうするかじゃが……」


 魔王が森の出口の方へと視線を向ける。するとそこには、冒険者ギルドで魔王をナンパしていた二人組の冒険者が立っていた。


「てっきり素人冒険者かと思っていたが、まさかジャイアントボアーを討伐できるなんてな。よっぽど上手い作戦でも考えてきたのか?」


 レザーアーマ―の冒険者の問いかけを魔王は無視して、小声で俺に話しかけてくる。


「こやつら、うっとうしいのう。もういっそ燃やしてしまうか?」

「いや……さすがにさっきナンパしてきたくらいで、殺すのはやりすぎな気がしますけど」

「……おい。なにこっちを無視して、こそこそ話してんだよ!」


 レザーアーマ―の冒険者は、どうやら俺たちの態度が気に食わないらしく、怒鳴り声をあげてきた。仕方がないからかまってあげるか。


「何か用ですか? 俺たちは急いでるんですけど」


 さっさと冒険者ギルドに、このジャイアントボアーを届けて銀貨に換えて、玲奈を迎えに行かなくちゃならない。正直こんな知らないおじさんたちと話している時間はないのだが。


「……置いていきな」

「え……?」

「その、ジャイアントボアーの死体は置いていきな。オレたちが戴く」


 うわ……。こいつら、手柄の横取りのためにつけて来てたのか。クズ野郎どもだな。いやでも、俺たちがこれを倒せるとは思っていなかったような口ぶりだったけど……。


「それとそこの女。おまえは今からオレたちと一緒にこい。……さっきオレたちの誘いを断った報いとして、たっぷり可愛がってやる」


 冒険者二人組は、どちらも嗜虐心に満ちた、悪人面をしていた。

 あ、こっちが本来の目的だったか。


「当然断るが」

「これは強制だ。素直に従わないなら……痛い目を見ることになるぞ? あいにくここには人目もないからな。泣き叫んでも、誰も助けはこねーぞ」

「……ほう」


 魔王がにやりと口の端を釣り上げた。久しぶりに魔王が邪悪な笑みを浮かべたのを見た気がする。


「……マサトよ。こやつらを生かしておいて、儂らに利はあるか?」


 あ、これ、ないって言ったらこの二人の事、殺すかんじですねー。


 まあ、ぶっちゃけこいつらのことはどうでもいいのだが……生かしておけば使い道もないわけではないか。


「多少はあると思います。……そうですね。使い勝手のいい下僕にしてあげたらどうですかね。例えば、このジャイアントボアーの死体を運ばせたり」

「なるほど。……では、進んで頭を垂れたくなる程度に、痛めつけてやろう。……ちょうどよいことに、泣き叫んでも、助けは来ぬらしいからの」


 魔王は一歩前に歩み出ると、冒険者たちに向けて、指をはじく構えを見せた。


====================

【あとがき】

第33話を読んでいただき、ありがとうございます♪


魔王様を最強という設定にしてしまったがゆえに、戦闘シーンがなかなか発生しないのですが、そのうち熱いバトル展開も書きたい……。

とはいえ、この冒険者たちでは……うーん。


次回は今日の夜(希望的観測)か2月1日(木)(こっちになるだろうな)に投稿予定です。

引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る