第48話 能ある鷹は爪を隠すというけれど、隠してる爪なんかないだろうと侮られたら、ちょっとイラっとしますよね。

 二度目のヴァリアール森林へと辿りついた。

 今回は俺と魔王――マキナの他に、テーレなる白金プラチナ級の冒険者も一緒だ。


真人まさとさんたちは、ここに一度来ていると言いましたね。その時はどこら辺まで進んだのですか?」

「具体的にどこら辺ってのはわからないけど、森に入って2~3時間くらいは歩いたかな」

「なるほど。それならおそらく水龍のいる湖までの距離でいえば、5分の1くらいまでは進んでいたかもしれませんね」


 あれで5分の1か。

 そうなると、この依頼は日帰りでは厳しい気がするな。……もしかしたら、森の中で野宿することになるかも。


 ヴァリアール森林は慣れないものからすれば、似たような植生の足高な木々が立ち並び、気を抜くと方向感覚を失ってしまいそうだった。

 そこで道案内は、何度もこの森に訪れていて、湖までの道のりも把握しているというテーレに任せることにする。


 彼は先導しながらも歩きやすい道を選び、時折、魔法を使って地面をならしながら進むので、前回来た時よりも快適に進むことが出来た。


「そういえば、真人さんたちはどういう関係なんですか?」


 目の前で道を塞いでいた枝葉を断ち切りながら、テーレは雑談のような気軽さで尋ねてきた。


「マキナ様はとある地方の貴族令嬢で、俺はその従者だよ」


 俺は、あらかじめマキナと相談して決めておいた内容を答える。


「そうでしたか。僕は国内の貴族ならおよそ把握していますが、差し支えなければ、どちらの家の方なのですか?」

「いや……マキナ様はこの国の貴族じゃないんだ。それにその……」

「あ……なるほど、そうなのですね。それは失礼しました」


 他国の貴族令嬢という、何か事情がありそうな様子をちらつかせたことで、テーレも空気を読んだのか、それ以上は詮索してこなかった。これ以上聞かれるとボロが出るかもしれないので、テーレが察しのいい男でよかった。


 その後は特に会話もなく、前を歩くテーレは迷いなく先へと進んでいたが、不意に足を止める。

 そして、俺たちにも立ち止まるよう、小声でげてきた。


「……ふむ。先ほどからちょろちょろと、魔物がこちらを窺っていたようじゃが……ここにきて、囲まれたようじゃの」

「おや、お気づきだったのですね。真人さんもお気づきでしたか?」

「あ、すまん。俺は全然わからないんだけど……。何? 俺たち今、魔物に囲まれてんの?」

「そのようです。気配から察するに数は……大体30体くらいですか。おそらくゴブリンでしょうね。この森にはゴブリンの集団がいくつかあるようですから、その一つかと」


 いつのまにか俺たちはゴブリンたちの集団が縄張りとしているエリアに、知らずに足を踏み入れてしまったらしい。

 敵からすれば、俺たちは侵入者だ。突然現れた敵の様子を窺いつつ後を追ってきていたのだろう。しばらくして、味方の数がそろったところで仕掛けてきた、といった感じか。


 それにしても、なんで強い奴って、気配を感じて敵の数とかわかるんだろう。いったいどういう原理? 第六感的なものが鋭いんだろうか。


「さて、どうしましょうか。僕が倒してもいいのですが……よろしければ、そちらの実力を見せていただけませんか。……そもそも、この程度の相手に後れを取るようでしたら、水龍退治は難しいですし」


 テーレは剣を抜かずに、こちらに任せられないかと、少し挑発するような言葉遣いで尋ねてきた。

 

 言い分はわかるが、俺には敵のゴブリンが30体もどこに隠れているのか、全く分からないんだよな……。かといって、ゴブリンが潜んでいそうなここら一帯を、とりあえず超火力で吹き飛ばすってのも、さすがにまずいだろうし。

 悩んでいると、俺の服をちょんちょんとマキナが引っ張った。

 

 視線を向けると、上目遣いにこちらを見つめるマキナと目が合った。……何故か少し不機嫌そうな顔つきだ。


「どうしました?」

「……儂がやる。こやつは儂らのこと見くびっとるようで、少々気に障る」


 どうやら、テーレに実力を疑われていることが気に食わないらしく、ゴブリン退治をやってくれるつもりらしい。


 マキナは一歩前に踏み出すと、テーレの要求にこたえる。


「……道案内の礼もかねて、儂が魔物どもの退治は引き受けてやろう」

「そうですか。では実力の程、しかと見させていただきます」

「ちなみにじゃが……おまえは儂らを囲んどる魔物を全て始末するのに、何秒あれば足りるんじゃ?」


 マキナがテーレに問うた瞬間、四方からゴブリンが放ったものと思われる矢が複数、俺たち目掛けて飛んできた。

 テーレはすかさず剣を抜き放ち、尋常ならざる早業で、瞬く間にすべての矢を弾き落とす。

 その卓越した剣技の前にゴブリンの放った矢は、ただの一射さえも、俺たちに届くことはなかった。


「――そうですね。十秒ほどあれば」


 剣を収めながら涼しい顔で答えるテーレ。


「ほう。そうか」


 マキナはその答えを聞き流しながら、テーレの横を通り過ぎて前に歩み出た。そしておもむろに手を胸のあたりまで持ち上げて、指を弾く。

 小気味のいい音が森に響くと同時に、俺たちの周りから、突如無数の火柱が立ち昇り、強烈な熱波と悲痛な断末魔の嵐が巻き起こった。

 吹きすさぶ火の粉と灰の中、マキナは振り返り、口の端を釣り上げる。


「――儂なら一秒あれば、事足りるぞ。……どうじゃ、水龍はやれそうか?」


 テーレは一瞬畏怖のようなものを抱いた表情を浮かべたが、次の瞬間には冷静になり、そして実力を疑っていたことを謝罪した。


「……これほどとは思いませんでした。なるほど、確かに白金級並みの実力はありそうですね」


 テーレと俺は一番近くにできた火柱の燃え後へ歩いていくと、そこに残された黒々とした消炭に視線を向ける。もはや原形をとどめていないほどに、ゴブリンは焼き尽くされていた。

 どうでもいいけど、ゴブリンが視界に入る前にマキナが燃やし尽くしてしまったため、俺は異世界ものの定番であるゴブリンをこの目で拝むことが出来なかった。……ちょっと残念。


 消炭をながら俺とは全く違うことを考えていたらしいテーレは、マキナに視線を向けると、一つ問いかけた。


「……これはなのですか。これほどの魔法はいまだかつて見たことがありませんが……火の系統魔法なのですか?」

「む……? 儂は系統とか、そんなことを考えながらを使ったことなどないから、わからん」

「考えたことがない……? そうですか、それは天才の類ですね」


 テーレに称賛されたマキナはまんざらでもなさそうな顔をしていた。しかし、一瞬テーレの口元が賛辞を贈るには似つかわしくないように、歪んでいたようにも見えたが……気のせいか。


 その後も何度か魔物の襲撃を受けたが、全て魔王が一撃のもと倒すという展開が続き、日が暮れることには、テーレの提案で野宿をすることになった。



====================

【あとがき】

第48話を読んでいただき、ありがとうございます♪


テーレは強いですが、魔王はやはり別格の強さです。

想像よりも強かった魔王に対して、テーレは内心恐れを抱いているかも。


次話は3月21日に投稿予定です。


引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

 


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