第49話 できる奴は、普段からの細かな気配りを忘れないらしい。まあ、それだけ普段から回りが見えていて、気配りできる余裕があるのは、できる奴だけだよ。

 陽が地平線の彼方に沈み、夜の帳がおりるとヴァリアール森林は眠りについたような静けさに包まれた。


「ここら辺で野宿しましょう」


 そういうとテーレは一人で手際よくまきを集めて火を起こした。


「俺、野宿すると思っていなかったから、食べ物とか持ってきてないんだけど」

「じゃから、食い溜めしておけといったんじゃ。……と言いたいところじゃが、儂も魔法をたくさん使ったせいで、お腹が空いてしまったのう」


 無計画組である俺たちは現状の空腹と、何も食べ物持ってきていないことをテーレに伝える。すると、彼はグッとサムズアップした。


「大丈夫です。こんなこともあろうかと道すがら、食べられそうな野草と野鳥の卵を手に入れておきました。簡単な食事ならすぐに作れます」


 いつの間に!

 なんて頼りになる男なんだ……!


 もし俺が女だったら、今ので心が動かされていたかもしれない。


「儂は、野草はらんから卵だけ欲しい」

「おや、真人さん。あなたのご主人様はひょっとして野菜嫌いなのですか?」

「その通りだ」

「なるほど、それは腕が鳴りますね」


 テーレは腕まくりをし、早速、調理を始める。


「……おい、マサトよ。テーレの奴、儂に野草を食わせようと張り切っとらんか?」

「何も持ってきていない哀れな俺たちに食事を恵んでくれるんですから、文句言わずにいただきましょう。ね?」

「……むう。マサトがそういうなら、仕方ないか。……しかし、野草か……食べたくないのう」


 不満そうに頬を膨らませたマキナをなだめてると、テーレがしばらくして料理を仕上げて持って来た。

 それは、ありものを詰め合わせて作った鍋だった。中には野草と、おでんのようにいい色がついた卵が浮かんでいた。そして、先ほどは具材として挙げてなかった何かの肉らしきものまである。


「野菜嫌いのマキナさんには、これだけでは物足りないと思いまして、僕が個人的に持っていた携帯食の肉も入れさせていただきました」

「おまえ、いいやつじゃな……!」

「道中の魔物退治を引き受けてくださった、せめてもの御礼ですよ」


 俺とマキナは、テーレに取り皿とフォークを渡され、早速鍋をつつく。


 ……うまい。


 ダシのきいた寄せ鍋のような味付けで、濃すぎない汁をすすると疲れた身体に染み渡っていく。そんな優しい味がした。

 マキナも、気に入ったのか、目の色を変えて具材をがっついていた。


「この野草、うまいぞ……なんでじゃ」

「しっかりと下処理をして、味を染み込ませるように作りましたから」

「なるほど、それでか。これなら儂でも食べれるぞ。……まあ、肉の方が旨いがな」


 マキナが夢中で食べている傍らで、俺もテーレの作った鍋のうまさに、いちいち驚いていた。


「テーレは強いだけでなく料理もできるんだな」

「ええ、まあ。……昔、弟たちの食事を作っていたので、ある程度の料理なら作れます」

「へー、テーレはすごいんだな」

「……いえ、こんなのたいしたことではありません」


 謙遜か?

 それにしては、あまりそのことには触れてほしくなさそうな、微妙な雰囲気だったので、俺も話すのはやめて食べるのに専念することにした。


 あっという間に鍋は空になり、マキナは満足そうにお腹を擦っている。


「さて、あとは明日に備えて寝るだけですが、火の番を決めましょうか」


 火の番……?

 

 俺が首をかしげると、テーレが夜の見張り番の事ですよと、つけ足して説明してくれた。


「順番にということであれば、先ずは儂がやってもよい」

「では、次が僕で最後が真人さんということにしましょうか」

「いいのか?」

「ええ。僕は問題ありません」


 テーレは率先して二番目の見張り番を引き受けた。今回の場合は三人交代になるので、二番目の人だけが連続して睡眠を取れず、損な役回りなのに……やっぱり、いいやつなのか。


 見張り番が決まったことで、一番目のマキナに任せて、俺とテーレは寝ることにした。テーレは剣を抱きかかえるようにして座ったまま、すぐに眠ってしまった。


「……たまにアニメとかで見るけど、よくそんな恰好で寝れるよな」


 俺は地面から露出している、ちょうどよさげな木の根に上着を被せて枕代わりにし、横になった。

 地面が固すぎて最悪な寝心地だが、座って寝るよりは寝やすいだろうと思い直し、目を閉じる。


○○〇


 寝心地最悪と言っておきながら、案外すぐに寝入ってしまったらしい。


 まだ意識が覚醒しきらない俺は、まどろみの中で肌寒さを感じ、傍らに感じていた温もりを抱きしめる。


 柔らかくて温かい……それに、いい匂い……。


 抱き心地の良さに幸せを感じていると、だんだんと目が覚めてくる。


「ふぅ。よく寝た……あ!」


 そこでハッと思い出す。

 やばい、見張りを交代しないと……!


 木々の狭間から見える夜空はうっすらと白み始めていた。


「しまった、寝過ごした。……今からでも交代しないと、テーレに悪いな」


 俺は起き上がろうとして、ようやく右腕に掛かっている重さに気づく。視線を向けると……。


「マキナ……おまえ……」


 俺の右腕を枕にして、寄り添うようにして、マキナが眠っていた。

 すぅすぅと心地よさそうに寝息を立てている。


「さっき寝ぼけて、何か柔らかくて温かいものを抱きしめていたような気がするけど……マキナだったのか……」


 昨日の宿屋の一件以来、マキナは完全に俺に対して気を許したらしく、今日もまた昨日と同じように、わざわざ俺の傍に寄ってきて、添い寝していた。


 ……相変わらず可愛い寝顔してんなあ。


 思わずに見惚れてしまいそうになるが、すぐに思い直した。今は一刻も早く見張りの交代に行かないと。

 

 俺はゆっくりとマキナの頭が乗っかっている右腕を引き抜くと、起こしてしまわないようにそっと離れた。すると、俺がいなくなったことを感じ取ったのか、マキナの寝顔がわずかに強張る。俺の身体を探すように、小ぶりな手がもぞもぞと動いていた。


 そのまま不安そうに手を彷徨わせているマキナを放置していくのも気が引けてしまい、軽く頭を撫でてやる。すると次第に表情が和らいでいき、再び安心したように規則正しい寝息を立て始めた。


 そういえば小さいころに玲奈れなのことをこうやって、寝かしつけてやってたこともあったなと、妙に懐かしさを感じた。


 俺はマキナが落ち着いたのを見届けると、見張りをしているテーレの元へ向かう。


「スマン、交代が遅くなった」

「ああ、別に気にしなくてもいいですよ。それより寂しがりのご主人様に添い寝をしてあげなくていいのですか?」


 見られていたのか。なんか恥ずかしいな。


「……別に大丈夫だ。というか、見てたなら起こしてくれてもよかったんだけど」

「そんな野暮なことはできませんよ。二人とも、とても気持ちよさそうに寝ていましたので」

「そっか。……何かスマン。とりあえず今からでも交代するよ」

「ありがとうございます。……でも、その前に少しだけ話しませんか?」


 テーレは自分が腰かけるすぐそばに座るよう、俺を促した。


「別にいいけど、睡眠を取らなくて大丈夫なのか?」

「寝られない環境には慣れているので、少しくらい大丈夫ですよ」

「そっか。ならいいけど」


 そういえばテーレは白金級の冒険者だったな。きっと、こういった状況はいくらでも経験してるんだろう。


「それで、何を話すんだ?」


 俺の問いかけに対して、テーレは顎に手をやり、少し考えるような素振りを見せた後、思いもしない話題を振ってきた。


「それでは、お互いの好きなアニメの話とかは、どうでしょうか?」


 ……。


 …………え?



 ====================

【あとがき】

第49話を読んでいただき、ありがとうございます♪


あれ、テーレ……?

という展開になりましたが、この強くて出来る男はいったい何者なんでしょうね。


次話は3月26日(火)に投稿します。


引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪





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