第7話 当たり前の常識だと思っていたことが、実は全く当たり前ではなく非常識だったという罠には気を付けた方がいいですよ

 俺が妹の部屋を追い出された後、魔王も何やら一言二言、玲奈と話をしてから、部屋から出てきた。


「さて、外へ視察に出かけるとするかの」


 どうして好感度を上げたはずの玲奈に蹴り飛ばされたのかを問いただしたい気持ちもあったが、魔王がすたすたと玄関に向かって歩いて行ってしまうので、俺は聞くのをあきらめた。


 どうせこの魔王のことだ。さっきの魔法、失敗したんだろ。で、問い詰められる前にさっさと歩きだした、と。

 そんな風に勝手に納得していたところ、魔王が不意に足を止め、振り返った。


「マサトよ。おまえの視線に不敬な気配を感じたんじゃが……」


 何それもはや背中に目がついてるとかいうレベルじゃないんですが。背後に立った人間の心まで見透かせるんですか。怖いんですけど。


「そ、そんな、とんでもない。魔王様のことは常に尊敬してますとも」

「ならいいが……。ちなみに魔法はおまえの妹にも、ちゃんとかかっておったからな」


 魔王はそれだけ言うと、気を取り直して再び歩き始める。

 

 え、魔法はちゃんとかかっていた……? ってことは、つまり多少好感度が上がろうと、玲奈の俺に対する態度の改善は不可能ということ? 俺、どんだけ嫌われてんの?


 ……今後は玲奈には極力近づかないでおこう。


 家を出ると、視界の端に俺の頭をかち割った花壇が見えた。心なしか少しへりの方が欠けているようにも見える。


「そういえば、俺って一度この世界で死んだんですけど、そうなると周りの人的には、死んだ人間が街中を歩きまわってるっていう風になりませんか?」

「確かに、そうなるのう。では、とりあえず、おまえが死んだという事実をなかったことにしておくかの」

「そんなことが出来るんですか?」

「対象にもよるが、マサト程度ならできそうじゃ」


 俺程度ならって、どういうことだろう……?


「マサトが死んでから、その死を認識した人間の記憶を修正すればよいだけじゃからな。どうせマサトの死など、大して周りに広まっておらんじゃろ」


 まあ、確かに俺の知名度なんて芸能人とかと比べれば、あって無いようなもんだし、こんな小さな事故なんてニュースにもならないだろうし。実際俺が死んだのを知っているのは軽自動車で俺のことを派手に吹き飛ばした大学生数名と、救急車で俺を運んでくれた病院関係者の方々。あとは親族くらいか。


 パチン


 魔王はお馴染みの指パッチンで魔法を行使する。何か魔法陣的なものがばっと広がっていくとか、そういうそれっぽい演出はないのだが、これで俺の死はなかったことになったのだろうか。多少不安である。


「これでいいじゃろ。他に懸念がなければ、さっそく、この世界の人族の生態調査に向かうぞ」


 魔王がワクワクしながら、歩き出そうとしていたので、俺はその手を掴んで、引き留める。


「街に繰り出すのは、ちょっと待ってもらってもいいですか?」

「……やはりか。おまえは何度、儂の出鼻をくじけば気が済むんじゃ。……で、今度はなんじゃ?」

「今の魔王様の姿(スーパーアイドルの姿)は、この世界ではあまりにも有名すぎます。なので、ちょっとばかし帽子を被ったりして顔を見えないようにしていただきたいんですが」

「……なぜ、そんなめんどくさい姿を儂に取らせたのか」


 ……俺の趣味です。


「まあいい。今更別の姿になるのもあれじゃ。とりあえず、被り物と眼鏡がんきょうをすればよいか」

「そうですね」


 魔王は俺のスマホで情報を得て、変装用の帽子と丸眼鏡を魔法によって即興で作って身に着けた。完全に人目を気にして変装した休日のアイドル様がそこにいた。


「これでよいか? もう、待ってもらってもいいですか、は言わんか?」

「ええ、さすがにもう大丈夫そうです。今度こそ街へ出かけましょう」

「うむ!」


 ようやく準備が整ったので、魔王様もご満悦。

 とりあえずこの世界の人々の暮らしと文明レベルが知りたいと言った魔王の希望に沿うため、街中を適当に練り歩いてみて、駅前のショッピングセンターにでも行ってみるかという話になった。

 

 大通りに向かって歩いていると、魔王は道端にあった自動販売機に目を止めた。


「これはなんじゃ?」

「自販機ですよ」

「ジハンキ……? 何をするための物じゃ」

「お金を入れて、欲しい商品のボタンを押せば、商品が出てきます」

「ほう。それは面白い。マサト、やってみよ」


 ええ……。やってみよって、俺がお金出すんですか……。今月の小遣い厳しいのに……。


「……どれが飲んでみたいんですか?」

「む、これらは飲み物なのか。そうじゃな……じゃあこの赤と黒の柄でかっこいいやつ」

「アカ・コーラですね」


 俺は財布から小銭を取り出すと、自販機に投入する。硬貨が投入口の奥でぶつかる音がすると、自販機上の各商品の傍らにあるボタンが光りだした。


「どうせなら、自分で押してみますか?」

「そ、そうじゃな! うーむ。これを押すだけで商品がのう」


 魔王がボタンを恐る恐る押し込むと、小気味よい機械音が鳴り、続いて商品が取り出し口に落ちる音がした。その音に魔王は驚いて肩をびくっと跳ねさせる。


 魔王は何やら警戒している様子だったので、俺は代わりに、購入したアカ・コーラを手に取ると、ふたを開けてから魔王に手渡す。

 

「これが……飲み物じゃと……? この黒いのは柄ではなく、液体そのものの色だったのか」


 あまりにも黒々として、泡立つ液体を目の前に、さすがの魔王も警戒心をむき出しにしていた。


「匂いは……甘そうないい匂いがするの。見た目は、不味そうじゃが」

「まさか、魔王様。たかだか飲み物を前に、びびってらっしゃる?」

「ば、ばかを言うでない。儂はただ興味深い液体じゃと思って、観察しておっただけじゃ!」

「なら、もう観察は十分じゃないですか? 一気に行きましょう。一気に」

「ぬう。……ええい、ままよ」


 魔王は手にしたアカ・コーラを一気にあおった。

 

 そして、盛大に噴き出した。


「ぶふっ……ごっ……な、なんじゃこれは、……口の中で一気に膨らんで」

「だ、大丈夫ですか、魔王様!」

「大丈夫じゃない……。鼻が痛い……。これ、一気に飲むのは無理じゃ」


 まさか魔王ともあろうものが、炭酸を飲むのが下手クソとは。


「炭酸が苦手なら、ゆっくり飲むしかないですね」

「……マサトよ。そういえばおまえ、儂に一気に行けと煽ってなかったか? これは反逆行為か?」


 魔王はむせて涙目になりながら俺を睨んできた。……まずい、魔王が勢いで指パッチンをしそうな構えだ。


「それは誤解です! まさか魔王様が、これほど炭酸が苦手とは知らなくて! とはいえ、配慮が足らず、すいません!」

「むう……。まあ、知らなかったのならしょうがないか。次からは気を付けるんじゃぞ」


 その場で即座に土下座し、全身全霊謝罪することで何とか、燃やされずに済んだ。

 

「しかし、このジハンキとやら、よくできておるの。この狭い中には奴隷が入っておるのか?」

「いえ、人は入ってませんよ。自動ですから」

「なに……⁉ では魔法で動かしておるのか。こんな道端に置いておくにはもったいないほど、複雑な魔法が組まれていそうじゃが」

「魔法なんて、使ってないですよ」

「なに?」

「というか、そもそもこの世界に魔法なんてないですし」

「…………え?」


 魔王が驚愕の表情を浮かべて固まった。


「この世界、魔法ないんか……?」




 え、いまさら……?



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第7話を読んでいただきありがとうございます♪


異世界転生者が発生する原因を探るため、ようやく魔王様は外出します。

しかし、魔王様はまだ外に出てから100メートルくらいしか進んでいません。

自販機に気を取られてしまい、まさかの自販機回になってしまいました(笑)


面白いと思っていただけたら♡応援&☆レビューいただけると、執筆意欲が上がりまくって、作者が覚醒します\(^o^)/


ぜひ、次のお話も読んでいただけると嬉しいです。

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