第8話 最近、物価の上昇が激しいんですが、俺のお小遣いだけ上昇せずに、世の中の流れから置いていかれているのは何故ですか?

 この世界には魔法がない。

 その事実を知った魔王は、信じられないといった表情で俺に問いかけてきた。


「魔法がない、と言ったな? では、なぜ魔法という概念があり、おまえはそれを理解しているのじゃ? 魔法という概念はいったいどこから生まれた?」

「それは、……そういえば何故でなんでしょうね。小説とか創作物で扱われているから、自然と世に浸透しているとかですかね」


 そういえば、魔法って誰も使えないのになんでこんなにも一般的な知識として広まっているんだろうな。今まで気にしたこともなかった。


 何やら魔王が難しい顔をして、顎に手をやり、物思いにふけっている。


 あれ、なんかキャラ違くね?


「……なるほど。まあ、いずれわかることじゃな」

「何がですか?」

「……今はまだよい。それよりも、お腹が空いてきたんじゃが、食べ物が置いてあるジハンキはないのか?」

「ないですね。そのかわり、通りに出れば近くに何件か食事ができる店はありますけど」

「ほう! では、まずそこで腹ごしらえじゃ!」


 魔王は目を輝かせて案内を急かしてくる。よほど腹が減っているのか。先ほど一瞬見せた神妙な雰囲気はどこへやら。


 そして、大通りに出ると、まず目の前に見えてきたのは、ぼう回転寿司のチェーン店だった。


「マサトよ、ここは何が食べられるのじゃ?」

「回転寿司のお店なので、当然メインは寿司ですね」

「すしとは、うまいのか?」

「それはまあ。この国の伝統料理でもありますし。……あ、でも庶民的な料理だから高貴なる魔王様のお口に合わないかもしれないです」


 そういえば、最近、物価上昇の影響なのか値上がりして一皿百円(庶民にやさしい値段)じゃなくなったから、あんまし入りたくないなあ。今月の小遣いは割とピンチだし、どうせ支払いは全部俺だし……。

 しかし、あろうことか魔王は店の看板(今のおすすめのネタがとてもおいしそうに描かれているやつ)をじっと見ながら、うっすらとよだれを垂らしていた。

 いかん、このままだと某回転寿司チェーンに入店することになりかねん。


「もっと別に、おいしい店もありますよ! ほら、少し先にいったところには――」

「この国の伝統料理……そういえば、転生者ども時折ときおり、我が世界にはないような、ユニークな食べ物を発明すると聞く。その起源をここに見ることが出来るやも……」


 魔王がうんうんと、非常にわざとらしく、大仰に頷いている。

 ……そんな起源とか、大層なものは見れませんて。

 

「であれば、この店で提供される料理を食べることは、ひいては異世界転生者が多く出現する謎に迫る一助となるかもしれぬ。そうであるな、マサトよ?」


 魔王が唐突に謎のこじつけ理論を並べて、俺に同意を求めてくる。


 ……ああ、なるほど。どうしてもこの店に入りたいわけね。

 しかし、俺の財布がやめておけと訴えているのも無視はできない……。


 俺がこのまま入店するか否か迷っていると、魔王のお腹のあたりから、きゅるきゅる~と、切ない音が鳴った。


 俺が、はっとして視線を向けると、魔王はほのかに頬をあかく染め、顔をそむけた。そして、お腹を押さえながら、ボソッとつぶやく。「……次の店まで我慢は、無理」


 ……しょうがない。このまま空腹で魔王が機嫌を害してあばれられても厄介だ。


「……とりあえず、この店に入ります?」

「……う、うむ」


 魔王はコクリと小さく頷くと、素直に俺の後に従った。どうやら、それほどまでに空腹が限界のようだった。


 店に入り、店員さんに案内されて座ったのは、4人掛けのボックス席だった。幸い昼時を外していたので、客足はまばらで、落ち着いて食事をできそうな様子だった。


 腹ペコ魔王様は席に着くやいなや――。


「マサトよ。早く食べたいんじゃが!」


 ――などと、のたまわれたが、まずは商品の注文の仕方を教えねばなるまい。


「いいですか、魔王様。回転寿司をたしなむにはルールがあります。この国にはごうってはごうしたがえということわざがありますので、魔王様もちゃんとルールに従ってくださいよ」

「う、うむ。まあ、それは当然のことじゃな」


 素直な魔王様。しかしながら、はやく飯にありつきたいのか、ちらちらと視線はレーンの方へと吸い寄せられている。


「初心者はまず、目の前を流れているお寿司を食べてはいけません」

「なぜじゃ!? 向かいの席に座っておる子どもは、さっきから流れてる商品をいくつも取って食べておるぞ」


 確かにいいペースでお寿司を取っているし、何なら一貫しか乗っていない高い皿とか構わず取っている。


「あの家族は、きっとお金に余裕が……いえ、あの子はああ見えてこの店の常連です。皿を取る手つきに迷いがなく、あれは間違いなく玄人の動きです」

「なるほど。言われてみれば……確かに慣れた手つきじゃ」


 納得したように頷く魔王。

 何事も素直に信じてくれる魔王様はチョロ……素敵です。


「次に初心者はこちらの画面から商品を注文します」


 そう言って俺は、魔王に商品注文用のタッチパネルを見せる。そこにはこの店で提供されている寿司ネタが表示されていた。種類ごとにページが分かれているようだが、今現在は「にぎり」のページが開かれている。マグロやサーモンなどが画面上に表示されていた。

 魔王はタッチパネルを食い入るように見つめる。


「どれもうまそうじゃ」

「欲しい商品を指でタッチして注文すれば、その商品が上のレーンを流れてきて、このテーブルの前で止まります。それを受け取って食べるというのが、一連の流れですね」

「なるほど。それは便利じゃな。じゃあ、まずは……」


 魔王は、はやる気持ちを抑えきれず、早速商品を注文しようとする。しかし俺はそれを遮るように待ったをかけた。

 

「注文するのは、ちょっと待ってもらってもいいですか?」

「……またそれか。お腹が空きすぎて、もう我慢はできんのじゃが」

「大事なことなので。実はもう一つ、初心者はやってはいけないことがあります」

「ふむ」

「それは、最低金額以外の商品を注文することです」

「え……」


 魔王が指を伸ばしていたその先には天然本まぐろ大トロ一貫(370円)が。

 

 ……危ないところだった。

 そんな高級品を目の前で頼まれでもしたら、発狂してしまうところだった。


「これ、頼んじゃダメか……? 一番うまそうなんじゃが」

「駄目ですね。まずは一番安い価格帯の、あっさりしたものから食べていくのがマナーです」

「ぐぬぬ……。じゃが、そういう決まりなら仕方ない」


 無論そんな決まりなんてないが、俺と回転寿司チェーンで寿司を食べるときはこれが絶対のルールとする。……そうでないと財布が持たないし。


 最初は不満げだった魔王も、いくつか寿司を注文して食べてみると、思っていた以上においしかったのか、今では完全に満足げな表情を浮かべている。


「すしとは、これほどうまいものなのか……」


 サーモン(もちろん最低価格のやつ)をつまみ、口に運ぶと、途端に顔をほころばせる魔王。とても幸せそうである。


 魔王は寿司の魅力に取りつかれてしまったのか、次々と注文していっているので、そろそろ最後のルールとして、初心者は10皿以上注文してはいけないと伝えようかと思ったが……、あまりにも幸せそうに寿司を頬張っているものだから、もう少しくらい食べさせてあげようかという気持ちになってきた。……うーん、15皿くらいまでは許容するか。


「そういえば、のどが渇きませんか? 水でも持ってきましょうか?」

「おお、マサトは気が利くのう。頼むのじゃ」


 魔王は食べるのに夢中な様子だったので、俺は離れたところにある冷水コーナーで水を取ってくることにした。


 俺は二人分の水を手に席へと戻る途中、ふと自分たちが座る隣のテーブル席の客に目が留まる。


 若い女性客が、一人で30近く皿を積み上げており、なおも、次の品を注文レーンから二皿まとめて両手で受け取っているところだった。

 

 めっちゃ食うなこの女の人……。


 そう思いながら興味本位でちらっと顔を見てみる。


「って、あれ……? もしかして、女神様?」


 白いレースを随所にあしらったワンピースを着て、まるで一般市民かのように寿司を頬張っていたのは、紛れもなく俺が今朝一度死んだ直後に出会った女神様に違いなかった。


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第8話を読んでいただきありがとうございます♪


少しずつ本筋のお話を進めていきたいなと、冒頭で少し匂わせをしました。

そしてこのお話を書くために、久々(たぶん一年ぶりくらい)に回転寿司を食べに行きましたが、やはりお寿司はおいしいですね(*^▽^*)


面白いと思っていただけたら♡応援&☆レビューいただけると、執筆意欲が上がりまくって、作者が覚醒します\(^o^)/


ぜひ、次のお話も読んでいただけると嬉しいです。


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