第9話 自分にとっては最高の上司でも、誰かにとっては憎しみの対象でしかないこともある。人間関係って難しい。

「ほひゃ。ふぁひゃひゃふぁ……」


 口いっぱいに寿司を頬張りながら、何やらしゃべりかけてきたが、なにを言っているのかさっぱりわからない。

 この女神様は、どこかに女神としての尊厳を落っことしてきてしまったのだろうか。それとも人違いで、元から女神としての尊厳などというものは持ち合わせていない、ただの一般人なのか。


「……とりあえず、口いっぱいに頬張っているお寿司を食べ終えてから喋ってもらっても、いいですか?」


 俺の指摘にハッとした表情で頷くと、女神と思しき女性は、一旦お寿司をもぐもぐと食べることに集中しだす。そして、ようやく飲み込むと改めて俺の方へと向き直った。


「おや、あなたは……」


 なんか既視感なんだが。あなたも何食わぬ顔で失敗したやり取りをなかったことにする系のお方でしたか。……まあ、いいけど。


「その節はどうも」

「いえいえ……って、そうではなくて。何故あなたは無事な姿でこの世界に舞い戻っているのですか。あなたは死んだのですよ?」


 女神様が驚きに満ちた表情で問いかけてくる。


「まあ、いろいろありまして……。ところで女神様こそ、たしか魔王様の魔法で――」

「ストップ!!!! その話はやめてください! ……あの地獄はもう思い出したくないのです」


 手を伸ばして俺の言葉を遮ってきた女神様は、かすかに震えているようだった。魔王の残虐すぎる魔法によって、よほどの地獄を見たのだろう。かわいそうなので、できるだけトラウマはえぐらないように極力配慮しようと心に誓った。


「……ちょっと待ってください。今あなた、魔王様って言いましたよね? どういうことです?」

「どういうことも何も、俺、あの後魔王様の配下になりまして」

「え……?」

「何ならその魔王様も隣の席で寿司食べてますけど」

「え……⁉」


 女神様は恐る恐る座席の背もたれから顔をのぞかせて隣の席の様子を覗う。すると、ちょうど注文して届いていた寿司を食べ終えた魔王と目が合った。


「げえっ魔王⁉」

「む。……おまえは、女神か?」


 露骨にうろたえる様子を見せる女神様に、一方で訝しむような表情を浮かべる魔王。


 おそらく犬猿の仲なのであろう二人が、こんなところで偶然、望まない邂逅を果たしてしまった瞬間だった。


「ど、どういうことですか。何故エルダーアースの魔王がこんなところにいるのです⁉」

「別にいいじゃろ。どこにいようと儂の勝手じゃ。……そんなことより、おまえにはいくつか答えてもらわねばならないことが出来たぞ。こっちの席に来るがよい」

「め、女神である私に命令するつもりですか? 素直に従うとでも?」

「……また、燃やされたいか?」


 魔王が俺と二人きりの時には見せたことの無い、底冷えのするような、無慈悲に細められた目で女神様を射すくめた。殺気のようなものでも放っているのか、女神様がガタガタと震えだす。


「実は先ほどおまえを燃やした炎は、我が魔法の内でも控えめな方でな。……さらなる我が魔法の深淵を、その身で味わってみるか?」

「え、遠慮しておきます。……そちらの席に行きますから、暴力に訴えることはしないでください」


 女神様は涙目になり、降参の意思を示した。


 すっかり忘れていたが、魔王は普通にヤバい存在だった。俺も、いつ魔王の機嫌を損ねて今の女神様のような立場になるかわからないので、あまり魔王をからかい過ぎないよう気を付けないと。


 びくびくしながら女神様は俺たちの席に合流すると、開口一番、魔王は女神様に問いかけた。


「まずはおまえ、儂の獄炎魔法からどうやって逃れた? おまえの力では到底逃れられぬ威力で焼きつくしたはずじゃが」

「……10分ほどで精神が崩壊しかけた私は、恥を忍んでお姉さまに助けを求めました。それで、すぐに助けに来てくれたお姉さまに魔法を解除していただき、助けだしていただきました」

「……女神ともあろうものが、10分で精神崩壊はさすがに早すぎんか。もう少し耐えれんものか」

「……うるさいですよ。私は強いですが、痛みや苦しみにはめっぽう弱いんです」

「まあよい。で、その姉とやらは、この世界に来ておるのか?」

「いいえ。私を助けた後、30分ほど私を説教して、自分の管理する世界にお帰りになりました。……もういいですか。私も自分の席に戻ってお寿司を食べたいのですけれど」

「寿司ならこの席でも食べれるじゃろ」

「え……? そうですか。では遠慮なく」

 

 女神様がタッチパネルを手に取ると、光の速さで寿司を次々に注文していく。

 ……ちょっと待て。この席で注文されたら支払いは俺になるんだが。


「で、ここからが本題の問いじゃ。……なぜ、女神であるおまえが、この世界に現界できておる? これほど文明の成熟した世界なら、とうにおまえらの手を離れておるはずじゃろ」

「手は離れているのですが、この世界には天上との関わりを断つ制限結界が張られてないようですから」

「なんじゃと。……確かに、この世界には制限結界にあたるものの存在が感知できぬ」


 俺が何のことかわからず、頭にはてなを浮かべていると、魔王が軽く補足してくれた。


 なんでも世界はある程度成熟するまで、神々に見守られ、時には関与されながら発展していくが、ある程度世界が成熟していくと、神々の管理から外れるらしい。その際にその世界に対して、以降は神々など天上の存在等が関与できないように制限結界を張って、離別することになる。


 つまり、本来であればこの世界にも制限結界が張られ、神々は直接関与することが出来なくなっているはずなのに、その結界がないと。


 それゆえに、こうして女神様が何食わぬ顔でこの世界に舞い降りてきて、好き放題寿司を堪能することが出来ているというのだ。


「別に私が、お寿司食べたさに制限結界を破壊したわけではありませんからね。なぜこの世界に制限結界が張られていないのかは、私にもわからないのです」

「しかし、この世界は、おまえらの言う管理世界というわけではなかろう?」

「それは、おそらく。管理世界であれば、よその女神である私がこの世界に介入していることに対して、管理者である天上の者から何かしらの反応があるはずですから」

「そうか……」


 女神様の返答を受け、魔王がまたしても、何かを考え込んでいるようだった。


 そんな姿を横目に女神様は、先ほど注文した寿司が届いたらしく、レーンに手を伸ばし、商品を受け取っていた。


「っておいおいおい。ちょっと待てよ、まさかそれは……!?」


 女神様が注文した商品。それはなんと、天然本まぐろ大トロ一貫(370円)だった。


 ……しかも二つ!?


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第9話を読んでいただきありがとうございます♪


久々に魔王様が魔王様をしています。

魔王様は基本的に他者に対しては冷酷です。ただし、身内や部下には甘々な感じです。

お寿司回は次回も続きます。そろそろ微シリアス展開も入れるかもです。


面白いと思っていただけたら♡応援&☆レビューいただけると、執筆意欲が上がりまくって、作者が覚醒します\(^o^)/


ぜひ、次のお話も読んでいただけると嬉しいです。

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