第10話 どうやら俺も女神様とは、敵同士となる星の下に生まれてきてしまったようです。

 ……いかに女神様であろうと、それは許されない。

 天然本まぐろ大トロ一貫(370円)は絶対に駄目だ。


「私はこのお寿司が気に入ったのですが、残念なことに一皿ひとさらに一つしか乗っていなくて物足りないので、いっそ二皿ふたさら単位で頼むようにしてみました。なかなか効率的でスマートな注文の仕方でしょう?」

 

 いや、馬鹿だよ。少なくとも金銭感覚が馬鹿。それとも他人のお会計での注文だから、わざとやったのかこの女神?


 魔王も女神のあまりの暴挙に怒りを覚えたのか、声を荒げる。


「貴様! 二つ頼んだのであれば、一つは儂の分じゃろうが!」


 ……違った。魔王も食べたいだけだったらしい。


「はあ……? 何を言ってるんですか。何故私がエルダーアースの魔王の分まで寿司を注文しきゃいけないんですか。欲しいものは自分で注文してください」

「それは無理じゃ。儂は、寿司屋は初心者だから一番安い皿しか注文できん」

「はい? 何意味の分からないことを。そんなきまりは――」


 まずい。この話の流れだと、俺が魔王に嘘のルールを信じ込ませていたことが女神にばらされる。そうなったらさすがに魔王もブチ切れて今度こそ俺を消し炭に……。


「――ありましたね。そういえば。よく知っていましたねエルダーアースの魔王」

「ふん。当然じゃ。儂は七つの世界を統べる魔王じゃぞ」


 ……あれ、なんで女神は俺の嘘をばらさないんだ。


 得意げな顔で引き続き安い寿司をほおばる魔王。それを完全に馬鹿にした目で見ていた女神は、ちらっと俺に視線を送ってくると、にやりと口の端を釣り上げた。


 ……さてはこの女神、何かたくらんでやがるな。


「初心者には手の届かないメニューではありますが、こういうのもあるんですよ?」


 女神が続いて注文したのは、なんとイチゴパフェ。

 他の注文品とともにテーブルに届くなり、圧倒的存在感を放つそれ(当然300円超え)は、甘い香りを惜しみなく漂わせて、見るものの食指を刺激する。魔王などに至っては、口の端からよだれが……。

 

 女神はスプーンを手にすると、魔王に見せびらかすようにして、イチゴパフェを食べ始める。みずみずしいイチゴをこれでもかというくらい、ゆっくりと口に運んでいた。


「ぐぬぬ。儂も食べたい――ッ」

「私に対するこれまでの非礼を深く謝罪するなら、代わりにあなたの分も注文してあげてもいいですよ? どうします? エルダーアースの魔王」


 俺の作った嘘のルールを悪用して、魔王に仕返しを始める女神。

 一応部下としては、いじめられてる魔王を助けるべきなのだろう。しかし、そうなると、これまで嘘のルールを魔王に強いていたことをバラさなければならないし、怒った魔王が腹いせに高いものを注文しまくって俺が破産するかもしれん。


 ぐぬぬ。なぜ俺まで女神の仕返しに巻き込まれて、追い詰められなきゃならないんだ……。


「マサトよ……。儂はどうすればいいんじゃ……?」


 魔王が葛藤をにじませた切ない顔で見つめてくる。

 とはいえ、俺が代わりに注文してしまったら、そもそもルールは形骸化してしまうし、出費を抑えるという本来の目的は崩壊する。


 女神め……。チート能力はくれなかったくせに(まあそれは、女神の責任ではない気もするが)、あろうことか俺に危害(高額な寿司代の支払いと無駄な葛藤)を与えて来るとは……。


 まてよ。もしかしてこの女神、俺が魔王の部下になったことが気に食わなくて、俺もろとも魔王に嫌がらせをしてきているのでは……?


 俺の方に向いて一瞬ニヤついたのは、魔王だけでなくおまえもやるぞと、宣戦布告してきていたということか。


 そして、魔王の尊厳と俺の財布、二つまとめて破壊しに来たと。


 ……そっか。あんたは俺の敵なんですね。

 それならもう、遠慮する必要ないな。


「……魔王様。もういっそこの女神、やってしまえばいいのでは……。結局この女神が全部悪いですし」


 俺はしれっと、魔王が抱えていたフラストレーションを全て女神になすり付けることにした。


「……確かにそうじゃな。ちょうどイラつきが頂点に達していたところじゃ。そもそもなぜ魔王たる儂が、食べたいものを我慢しなきゃならんのじゃ」


 まあ、それは俺の作った嘘のルールのせいではあるが、最終的には調子に乗って魔王をいじめた女神が全て悪いことにしておこう。


 魔王に仕返しが出来て、満足そうにイチゴパフェをほおばっていた女神は、急なピンチに青ざめる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 私は悪くないです! そもそも、このルールを考えたのは――」

「魔王様見てください。この注文履歴を。そして机に並ぶ品々を。この女神はあろうことか他にも高額な寿司をこんなに頼んでいます。明らかに魔王様への当てつけ。なんと下劣なことでしょう」


 脂がのって照り輝く大トロ。みずみずしいイクラがこぼれんばかりに盛られた軍艦。揚げたての衣が食欲をそそる唐揚げ。その他、明らかに低価格皿とは一線を画す輝きを放つ商品たち。それらはいずれも最高価格を示す漆黒の皿に堂々と鎮座していた。

 魔王はその威容に生唾を飲み込み、多分に嫉妬と怒りを込めた瞳で、女神を睨みつける。


「やはりこやつは諸悪の根源じゃ。儂が頼めない物ばかり頼みよって……」

「そ、それは魔王。あなたが、こちらの席で頼んでいいといったからで――」

「魔王様。もはや女神の戯言は聞くに堪えません。さっさとやってしまいましょう」

「そうじゃな」


 魔王がパチンと指をはじくと、急に視界が反転して、世界が切り替わる。


 辺り一面に広がる赤土の荒野。何もなく、だだっ広いだけの空間。


「ここは……?」

「儂が支配する世界の一つで、生物がほとんど存在しない地域に転移した。ここなら存分に女神を叩きのめせるじゃろ」

「それはいいんですが、いきなり店からいなくなったら無銭飲食で犯罪に……」

「む……心配するでない。女神を断罪したら、元の場所、元に時間に戻れるようにする。儂らがいなくなっていたのは、刹那の間だけじゃ。誰も気づくまい」

「それならよかったです」


 この歳で、財布もお金もちゃんと持ってるのに、あやうく食い逃げ犯になるかと思った。

 俺は安堵して胸を撫でおろす。


 一方、女神はというと、わけもわからず呆然と立ち尽くしていた。しかし、すぐに自身が魔王の空間転移に巻き込まれたことを悟った女神は、魔王に問いかける。


「……本気で、女神である私と、戦うつもりですか?」

「うむ。女神であるおまえを滅ぼせば、当面は異世界転生者も現れんじゃろうからな。いずれにせよ、おまえの死は絶対じゃ」

「先ほどは油断しましたが、本気の私とあなたが戦えば、この星に相当なひずみしょうじるほどの、激闘になりますよ?」

「別におまえごときと戦っても、それほどの激闘になるとは思えんが……」


 魔王はどうも女神の実力はたいしたことはないと考えているようだ。確かに前回は出会い頭に魔法一発で倒しているわけだし。

 しかし、女神は構わず話を続ける。

 

「そこで、一つ提案があります。この星の環境に配慮して、お互いの配下の者同士を代理で戦わせるというのはどうでしょう?」

「配下の者同士じゃと……? なんでそんな面倒なことをしなきゃならんのじゃ」

「我々が直接戦うより戦闘の規模を縮小できるからですよ。それに我々は互いに支配者です。ならばその配下の実力こそ、支配者の格を示すものとなるはず。だってそうでしょう? 優秀な主の元に優秀な配下は従うものですから」

「まあ、言わんとしていることはわかるが、面倒じゃ」

「七つの世界を統べる魔王とか豪語しているくせに、配下の実力に自信がないのですか? ……まあ、無理もありませんよね。かつて、多くの配下に裏切られて反乱を起こされたあなたでは。きっと、まともな配下なんていないのでしょう」


 女神が放った魔王への煽り文句。それはもしかしたら魔王にとっては禁句だったのかもしれない。

 なにせ、魔力とか全くわからない俺ですら、魔王の怒りの感情が乗った魔力らしきものが、激しく表出するのを感じとれてしまったのだから。


 魔王は女神に対して、明らかにブチ切れていた。


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第10話を読んでいただきありがとうございます♪


女神様が盛大に魔王の地雷を踏み抜いたことによって、次回はちょっと真面目な展開になってしまうかもです。


面白いと思っていただけたら♡応援&☆レビューいただけると、執筆意欲が上がりまくって、作者が覚醒します\(^o^)/


ぜひ、次のお話も読んでいただけると嬉しいです。

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