第28話 値段を見ずに買い物すると、支払い時に痛い目を見るので、その場でやっぱりこれ買うのやめますって言うのが恥ずかしい人は気を付けましょう。

 魔王の転移魔法によって、俺たちはエクレール王国の王都エレクトランにやってきた。女神の提案により転移先は、女神がエレクトランに遊びに行く際に使用している外周壁付近に建てられた一軒家の中だった。


 女神が根城にしている割には特段広いわけでもなく、こじんまりとした家だった。部屋の中を見回しても、4人掛けの机と部屋の隅にベッドが備え付けられてだけの簡素なワンルームといった感じだ。……俺の部屋を狭いといった割に女神の部屋も狭いじゃないか。


「さて、ここからどうするかじゃが……今回の異世界転生者はこの国の第一王子じゃ。流石に王宮に出向いて、白昼堂々抹殺、というわけにはいかんじゃろうな」


 王子というくらいだから、普段から護衛はついているだろうし、そもそもスキルをかなり豊富に持っていただろうから、倒すにしても一筋縄ではいかない気がする。


「それに、王宮を攻めるとなると無用な巻き添えが出るかもしれん。できれば、王子が少数の者と外出しているところを狙いたいものじゃ」

「そうなると、情報収集が必要そうですね」

「そうじゃな」


 まずは王都エレクトランを歩き回って、第一王子の主に外出予定に関する情報を入手することが、やるべきことになりそうだ。


「調べごとなら手分けした方が効率的ですよね? ここは二手に分かれてみるのはどうです?」


 女神が珍しく建設的な提案する。


「そうじゃな。五人がまとまって街を歩くよりもそっちの方がよいか。しかしそうなると、分け方じゃが……」


 言わずもがな、俺と魔王、げんと女神に分かれるわけだが、果たして玲奈れなはどっちに入れるべきだろうか。


「私はマキちゃんと一緒に行きたい。もともと、一緒にお出かけする約束だったし」

「む……。そうか、では一緒に行くとしよう」


 まあそうなるよな。それに、玲奈を女神たちと一緒に行かせるのはそこはかとなく不安もあるし、この期に玲奈と女神が仲良くなってしまったら、いろいろと危険な気がする。


 どうやら女神も同じことを考えていたらしく、玲奈が魔王と一緒に行動するといったときにとても残念そうな顔をしていた。


「じゃあ、ひとまず日暮れまでは別行動じゃ。めが……ルーナよ、おまえ東地区にある青龍亭はわかるか?」

「知っていますよ。一階が酒場になっていて、二階が宿になっている店でしょう」

「ならば話が早いの。陽が傾くまで一通り情報を集めたら、そこで落ち合うぞ」

「いいでしょう。わかりました」


 そういえば、このエレクトランの地理に明るいのは、魔王と女神くらいか。

 女神はしょっちゅう遊びに来ているとのことで、エレクトランはもはや庭のようなモノだと豪語しているし、魔王も人族の情勢を調べるために何度か来たことがあるらしい。


 早速情報収集に繰り出す、俺と魔王と玲奈の3人。


 エレクトランは、中世の地中海世界を彷彿とさせる街並みだった。踏みしめた地面は固く、細かな長方形の石材が敷き詰められた石畳で舗装されている。通りに立ち並ぶ勾配の大きい赤茶けた三角屋根の建物は2~3階建ての物が多い。一様に、現代日本ではほとんど見かけないような建築手法がとられているようだ。日干し煉瓦や加工した石材を用いて粘土等で固めて建造されている様は異国情緒を感じさせる。……まあ、異国というか、ここは異世界なんだけどな。


「すごい! なんかイタリアに来たみたい!」


 玲奈は興奮気味にスマホで写真を撮っていた。イタリアみたいと口をついて感想が漏れたのは、おそらく街中に張り巡らされている水路が目に入ってヴェネツィアを連想したからだろう。

 魔王によればこのエレクトランは広大な河の流域近くに建造されており、そこから水を引き、水路を巡らせることで、直径数キロはあろうかという王都の内での物流を、活性化させているのだろうとのことだ。


「魔法を使えるのなら、別に空とか飛んでものを運べばいいんじゃないですか?」

「ここに限らず、人族の都市内では飛行魔法は禁じられておる。それに魔法を使える人族は少ないうえ、飛行魔法を使える者ともなれば、位の高いものばかりじゃ。そんな者らは荷物運びなどせんじゃろ」

「なるほど、そういう事情が……」


 このエルダーアースという世界においては、誰もが魔法を使えるというわけではなく、おおよそ人口の3割程度ということらしい。さらに飛行魔法ともなると、行使できるのは高度な魔法教育を受けることが出来る貴族など、社会的地位が高いものに限られるとのこと。

 魔法文明というのも、思いのほか世知辛いようだ。


「で、第一王子の情報収集じゃが――」


 早速、異世界転生者撲滅のための情報収集を始めようとしたところで、玲奈がお腹のあたりをさすりながら魔王の話を遮る。


「その前に何か食べて行かない? お腹すいちゃった」

「む……確かに言われてみれば、儂も少しお腹が空いてきたのう。何やらいい匂いもしてくるし」


 魔王が視線を向けた先には、何やら露店のようなモノが通りに面して何件か並んでいた。


「あそこで何か買って食べます?」

「うむ、そうしよう!」

「出店……まあいっか」


 玲奈はレストラン的なところに入りたかったようだが、空腹を刺激するおいしそうな匂いには抗えず、渋々ながら出店へ行くことに同意してくれた。

 満場一致のもと、ひとまず腹ごしらえをと、立ち並ぶ出店へと足を運ぶ。


 通りを行き交う人々の中には、出店のあたりで少し足を止め、商品を見ていく者もいるので、人の往来が滞り、ちょっとした人ごみになっていた。

 俺は二人にはぐれないよう注意を促し、先ほどからいい匂いを漂わせている出店を覗き込んでみる。 


「いらっしゃい。今日はジャイアントボアーのいい肉が手に入ったんだ。ひとつどうだい?」


 店の前に立った俺に向かって、店主らしい小太りのおっさんが話しかけてきた。彼が示す先では、ステーキのような大きさの肉が雑に木串にささった状態で、鉄板で焼かれていた。ジュウジュウと肉の焼ける音と共に香ばしい匂いを乗せた煙が立ち上っている。おっさんがこれ見よがしに肉にタレを塗ると、肉から零れ落ちたタレが、これまたジュワッと音を立てて沸騰し、甘辛い食欲をそそる匂いを辺りに充満させた。


 ジャイアントボアーがいったいどんな生き物か知らないけど、この肉はうまそうだな。


「どうします。これ、買いますか――って、もう買う以外に選択肢がなさそうな顔してますね」


 焼けるお肉にくぎ付けの魔王は、目を輝かせ、口の端からよだれを垂らしながら見入っていた。玲奈も焼ける肉以外が視界の入っていない様子。


「すみません。三つもらえますか?」

「はいよ! じゃあすぐ用意しちゃうから、ちょっと待ってな」


 先に二つ出来上がったものをもらったので、魔王と玲奈に手渡す。二人は肉串を受け取るやいなや、ハフハフしながら肉にかぶりついていた。


「何という肉の厚みじゃ。嚙み千切るときの充足感がたまらんの」


 だいぶ野性的な感想をこぼしながらも、魔王は満足そうに肉串を食べ進めている。玲奈も無言ながら、食べ進める勢いが止まらないところを見ると、よほどおいしかったのだろう。二人とも、とても幸せそうな表情である。……俺も早く食べたくなってきた。


「ほい。あんちゃんのもできたよ」

「待ってました!」

「じゃあ、ジャイアントボア―の肉串三つで、銀貨6枚ね」

「はい。……はい?」


 あ、やばい。

 そういえばここ異世界だった。この世界の通貨なんて持ってない。


 実は転移ゲートをくぐった瞬間、有り金も自動で現地のものに変わってるとかないかなと、淡い希望に懸けて財布の中を見てみるも所持金は日本円のままで13,714円入っていた。……さすがにそんな都合のいいことはないか。


 支払いでもたついてる俺に対して、店主のおっさんの表情が徐々に曇り始める。

 やばい……早く何とかしないと……。


====================

【あとがき】

第28話を読んでいただき、ありがとうございます♪


ようやく異世界感のあるところにやってきましたが、いきなり問題発生の予感。

二人がかじってしまった肉串は今更返品できないし、どうにかして代金を払うしかないがどうやって……?


次話は1月24日(水)投稿予定です。

引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

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