第29話 信頼をプレッシャーに感じない時は自分に自信があるから。ちなみに今ちょっとプレッシャーを感じてるんだけど、もしかしてやばい? 


「ちょっと魔王様」


 俺は、肉串をがっつく魔王にこっそり耳打ちする。


「この世界のお金、持ってませんか?」

「もぐもぐ……。そんなもの、この儂が、持っているわけがなかろう」


 マジか、終わったじゃん……。完全に無銭飲食じゃねーか。


「あのー……」

「どうした、あんちゃん?」

「実は今、持ち合わせがなくて……」

「ああん!? 今なんつった?」


 ひいいいいい!?

 

 俺たちが無銭飲食をしたとわかると、店主のおっさんは今までの温和そうな雰囲気とは打って変わって、般若のごとく表情筋が躍動した。


「てめえ、まさか最初から無銭飲食するつもりだったんじゃないだろうな……?」

「そんな! 滅相もありません!」


 俺は全力で土下座した。しかし、店主には土下座されたってこっちには一銭にもなりゃしねんだと、立つように言われた。


「どう落とし前つける気だ? 場合によっちゃ衛兵に引き渡すからな」


 店主が腕組みしながら問いかけてくる。


「衛兵はまずいの……いっそこの男、燃やしてしまうか……?」


 などと小声で魔王は言ってくるが、今回は完全にこちらのやらかしだ。それなのに店主を燃やして解決を図ろうとするのは、さすがに鬼畜過ぎる所業だ。しかも白昼堂々こんな人ごみの中で店主を燃やしたら、それこそ注目を浴びてしまうだろう。

 俺は魔王にそれは駄目だと言ってなだめる。


「すみません。今払えなかった分は、すぐに用意して払いますんで……」

「そのまま逃げる気だろう?」

「そんなことはないです。絶対にお金を持ってきます」

「ほう。ならば、そこの金髪の小娘を担保に置いていきな」

「え……玲奈を……?」

「そうだ。もし、金を持って来ずに逃げるようなら、その小娘を奴隷商に売って金を補填する」

「いや、さすがにそれは……」

「そうじゃ。もし人質が必要というのなら、儂がなる」


 玲奈を一人こんなところに残しては置けないと、魔王が代わりに人質になると言い出した。しかし店主は、魔王を一瞥すると、残念そうにため息をつき、首を振る。


「おまえじゃ胸が小さくて色気がないから、駄目だ」

「……おいマサト。やっぱりこいつ燃やしてもよいか?」

「それはだめ」


 魔王は自分を侮辱したこのおっさんを、消炭にしてやりたい気持ちでいっぱいなのは理解するが、今回は頼むから堪えてくれ。

 

「……ねえ、お兄ちゃん。お金を手に入れる方法に心当たりはあるの?」

「え……そうだな。異世界転生モノの創作物を読み漁った俺なら、この手の世界における金策くらい、すでにいくつか思いついてるけど」

「ふーん。……わかった」

「え……?」

「私がここに残るよ」


 急に何を言い出すんだ。さすがに玲奈一人を残して行けるわけがないだろう。


「おまえ、自分が何言ってるのか、わかってるのか?」

「馬鹿にしないで。……お兄ちゃんとマキちゃんが、ここの代金を持ってきてくれないと、私が奴隷にさせられちゃうって言うんでしょ? それくらいわかって言ってる」

「なら、どうして」

「だって、……お兄ちゃんは絶対にお金、持ってきてくれるでしょ?」

「――ッ」


 玲奈の奴、普段は俺のことなんて、微塵も敬わず散々罵倒していたくせに、なんでこんな時だけ信頼を寄せてくるかな。


「……本当に、いいんだな?」

「うん。元はといえば、私が何か食べたいって言ったからこうなったんだし。……そのかわり、お金持ってこなかったらコロスけど」

「心配すんな。絶対持ってくるから」


 俺は店主に向き直り、要求を飲むことを告げる。


「玲奈を置いていく。……でも、俺たちがお金を持ってくるまで、指一本触れるなよ」

「いいだろう。だがいつまでも待ってはやらん。というか金額も別に大金というわけでもないから、明日の夕刻までには持ってこい。それまでは、小娘の身の安全は保障してやる」

「明日の夕刻……わかった」


 意外と時間が短い……。銀貨6枚がどれほどの価値かわからないが、店主のそれほど高くないという言葉を信じるなら、今日明日あれば稼げるような金額なのだろう……けど、間に合うのか。

 いや、間に合わせるしかない。


「魔王様、行きましょう」

「う、うむ」


 魔王は後ろ髪を引かれるように、玲奈のことを見つめるが、玲奈は大丈夫だからと言って、気丈に笑って見せた。


 玲奈を無事に引き取るためにも、早く銀貨6枚を稼がないと……。


「マサトよ。先ほど金を稼ぐ算段は付いているようなことを言っておったが、本当か?」

「ええ、まあ一応」

「儂に、何かできることはあるか?」

「そうですね……。何か魔王様の持ち物で高価なものを売るというのも一つ案としてあるんですけど」

「それは、できないんじゃ」


 魔王は申し訳なさそうに首を振る。

 魔王の持ち物はほぼ全て魔王城の宝物庫に格納されている。普段は転移魔法を用いて必要なものを取り出すようにしているが、ここで転移魔法を使うことは王都エレクトランを覆う探知魔法に補足されてしまうため、それができない。


「でもそれなら、天界を経由すれば……」

「天界には、管理下にある世界から物を持ち込むことはできんのじゃ」

「そうですか……」


 なら、地球から……と思ったが、こっちの世界で何が銀貨6枚で売れるのかわからないし、試行錯誤する時間はなさそうだ。それならもう、この王都エレクトランで直接稼いだ方が早いだろう。


 俺は次なる金策を魔王に提案する。まあ、元からこっちが大本命の金策なんだけどな。


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【あとがき】

第29話を読んでいただき、ありがとうございます♪


異世界に来て早々にトラブル発生!?

明日の夕方までに銀貨6枚稼がないと玲奈は奴隷商行きに……!

果たして真人と魔王は、無事に玲奈を救うことが出来るのか?


次話は1月26日(金)投稿予定ですが、投稿時間はおそらく19時頃になります。

引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪


 



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