第23話 何事もタイミングは重要なので、気を付けましょう。ちなみにどう気を付ければいいのかはわかりません。

 玲奈れなの準備が終わり、いよいよ異世界へと向かうことになった。


 不慮の事故で死んで転生失敗してからいろいろあったが、こうしていざ異世界に行けるとなると、少し躊躇ためらうような不安な気持ちも生まれてくる。


「どうしたマサトよ。異世界に行くのは不安か?」


 俺の様子に気づいた魔王が気遣うように尋ねてくる。


「まあ、異世界なんて初めてですし、多少は……」

「なに、心配いらん。儂が支配しているエルダーアースは、今は安定していていいところじゃ」


 今は、という言葉にそこはかとなく不安を感じるんだが……まあ、物理的な脅威に関しては、エルダーアースの支配者で圧倒的な強者である魔王と一緒なので、恐れる必要はないと思うけど。


「ねえ、マキちゃん。こっから空港行って飛行機乗って、マキちゃんの故郷に着くにはどれくらいかかる? スマホの充電もつかな」


 ここに約一名海外旅行気分の妹もいるが、特に説明もなしに異世界に放り込んでも大丈夫なものか、それも心配ではある。


「ひこうきとやらが何かは知らんが、儂の転移魔法を使えば3秒でつくから、問題あるまい」

「え、3秒! どういうこと?」

「見ての通りじゃ」


 魔王が指をはじくと、目の前に等身大で楕円形状の鏡のようなものが出現した。ただし鏡面は俺たちの姿を映すことなく白銀に染まっている。


「今回は人数が多いからのう。一人ひとり飛ばすのは面倒じゃからゲートを開いた。ここを潜り抜ければ、エルダーアースの魔王城へと通じておる」


 絶句している玲奈を尻目に、魔王は鏡面を指さし、俺にくぐるように促してくる。

 

 恐る恐る鏡面に手を伸ばしてみると、何かに触れたような感覚はないのだが、指先が沈み込み、接触した部分は水面のようにたゆんで揺れた。


 とりあえず、ぶつかって痛い思いをするとかはなさそうなので、安心した。


「儂がくぐるとこのゲートは消えてしまうから、皆を行かせてから最後に行く。マサトは先に行って待っておるがよい」

「わかりました。じゃあ、先に行ってます」


 俺は、覚悟を決めて鏡面に飛び込んでいく。身体全体がゲートをくぐったかと思ったら、すぐに踏み出した方の足がついた。

 さすがに目を見開いたまま飛び込む勇気はなく、しっかりと目を瞑ったまま転移ゲートを通り抜けてきたので、両足でしっかりと地面を踏みしめ、無事転移ゲートをくぐり抜けたことを確信してから、恐る恐る目を開けてみた。


 視界に映り込んできたのは、魔王城のイメージにぴったりな石造りの広々とした空間だった。ここには陽の光が差し込まず、代わりに壁に一定の間隔で備え付けられた松明の火によってのみ、薄っすらと空間が照らし出されている。


 そして、ひと際目を引くのは部屋の中心にある大きな、どこか見覚えのあるゴリラのような人(?)を象った石像である。源にそっくりだが、まさか、な。もしかしたら石像を作られるほどの英雄に、ゴリラのような人型の魔族でもいたのかもしれない。


 一通り魔王城の様子を見渡したところで、突如、目の前に何者かが現れた。


「貴様、何者だ……?」


 黒い燕尾服をスマートに着こなす中年の執事然とした男だった。一見して人間に見まがうような容姿ではあるが、ここが魔王城であることを考えると、この人はおそらく魔族か何かなんだろう。


「えーと、俺は真人まさとです。一応魔王様の部下で――」

「――何を言っている。魔王様……いや、魔王はもう死んだ! この女神城に魔王の手先を語って侵入するとは、なんという不届き者」

「え、女神城?」

「……どこぞの人族の勢力の者かは知らぬが、情報収集をぬかったな。もはや、魔王は死に、ここは魔王すらしのぐ最強の女神様の勢力圏になったのだ!」


 どうしてこんな状況になっているのかは全く分からないが、とりあえずこの魔族のおっさんが、魔王は死んだと思ってるらしいことだけは分かった。


「あのー魔王様は――」

「問答無用! 侵入者は排除する!」

 

 魔族のおっさんは俺に向かって手をかざすと、強引に話を遮り、即座に攻撃を仕掛けてきた。氷系の魔法の使い手なのか、テニスボールくらいの大きさの氷塊が空中に無数に出現し、そのすべてが俺目掛けて殺到する。


「ぎゃあああああ!!」


 と絶叫しながら逃げようとするものの、俺みたいな一般人の反射神経では当然そのほとんどを躱しきれるはずもなく、ほぼすべての氷塊をこの身に喰らって、全身の骨が粉砕し、内臓が破裂した。


 一瞬で戦闘不能のボロ雑巾となり、血反吐をまき散らしながら地面に倒れ伏す俺。


 しかし、俺には魔王からもらった指輪がある。たとえ、あと5秒ぐらいで死にそうなほどの重傷を負って無様に地面に転がったとしても、回復魔法を発動させれば、すぐさま身体は元通り。何事もなかったかのように立ち上がることが出来る。ただし重症を負った痛みなどは、ばっちり記憶に刻まれて軽くトラウマになるけどな。


「ほう。密偵として女神城に忍び込むだけのことはあるか。我が氷魔法を喰らってもピンピンしているとは」

「心に深い傷は負ったけどな……! というか、いったん俺の話聞いてくんない?」

「敵の言葉など聞く耳待たん。次は最大火力で滅してやろう。……あ、火力といっても私が使うのは氷魔法だがな」

「いちいち補足はいらんけど……」


 魔族のおっさんは、天井に手をかざすと、あっという間に空中に幅数十メートルはあろうかという巨大な氷塊を作り出した。


「今度は回復する間など与えずに、圧倒的な質量で押しつぶしてくれる!」

「さすがに即死したら、この指輪では復活できないよな……」

「へぇ~、ここがマキちゃんの故郷か。なんか思っていたのと違う」

「「え……?」」

 

 今まさに巨大な氷塊が俺に向かって放たれんとしている最中、最悪のタイミングで玲奈が転移ゲートを超えて、小ぶりなスーツケース片手に異世界の地に降り立った。


「む、新たな侵入者か! ならばもろとも死ねい!!」


 魔族のおっさんは巨大な氷塊を、俺と玲奈のふたりを巻き込むような位置取りで射出した。

 しかし、玲奈はそんな危機的状況にも気づかず、ポケットを探り、のんきにスマホを取り出していた。


「あ、お兄ちゃん。今から写真撮るから、映り込まないでよ」

「そんな場合じゃねええええ! 来るタイミング悪すぎだやり直しいいいい!」


 俺は、全速力で玲奈に駆け寄り、勢いそのまま体当たりして転移ゲートの方へ突き飛ばした。兄の突然の奇行に驚愕の表情を浮かべる玲奈を、問答無用で現実世界に送り返す。


 と、ほぼ同時くらいに巨大な氷塊が落ちてきて、俺は背中からグシャッと押し潰されて即死した。


 ――――。


 ―――――――――。



====================

【あとがき】

第23話を読んでいただき、ありがとうございます♪


真人はついに異世界デビューするも、あえなく即死。

ただし、玲奈のことは助けられたっぽいので、兄としては及第点……?


そして、魔王城は女神城へと名を変えており――。

――これ、魔王様が来た時、ブチギレるのでは?


次話は1月12日(金)投稿予定です。

引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

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