第38話 いつか~しよう系の約束は、もはや社交辞令的な何かなので、そのいつかは来ません。だって、お互いスケジュール帳にその予定いれてないし。

※長くなり過ぎたので、後編は①と②に分割しました。 


【ルーナ&源サイドのお話(後編②)】※源之助視点です。


 眼前にある建物は、これまで歩いてきた街道に並んでいたレンガ造りの庶民的な住居等とは全く違う、見る者を圧倒するような存在感を放っていた。まず広い敷地内を囲うように黒くデザイン性に富んだ柵と塀が張り巡らされていて、入り口に佇む白亜のアーチが、相応の身分を持つ者がくぐることを静かに待っているようだった。


「どうしたんですか? 行きますよ」

「こんな金持ちのお屋敷みたいなのが、レストラン?」

「中はもっとすごいんですから、入り口でそんなに驚かないでください」

「お、おう……」


 そんなことを言われたって、俺みたいな一般人は超高級レストランなんて来たことないから、緊張するんだぜ。


 それから芝生の植えられた敷地内へと足を踏み入れ、きれいに石畳で舗装された通路を歩いていく。

 

 レストラン入り口には、執事服をきっちりと着こなした初老の男が立っていて、こちらに話しかけてきた。


「どなたかの紹介状をお持ちですか?」

「アルミエーレ伯爵からの招待状があります」


 ルーナはそう言って懐から取り出した書状のようなものを手渡すと、中身を確認した執事服の男が頷き、扉を開けて、入店を許可してくれた。

 

 中に入ると、店内はそこら辺の大衆食堂とは違い、静謐な雰囲気に包まれた広い空間となっていた。天井に吊るされたシャンデリアにはまだ火が灯っていないが、壁にある大きな窓からは光が差し込み、部屋全体は明るい雰囲気に包まれている。高級感のあふれる四人掛けの机にはすでに多くの客が腰を落ち着けており、食事を楽しんでいた。誰もが洗練された佇まいをしていることから、きっと上流階級の人なのだろう。


「そういえばさっきの紹介状、貴族に知り合いでもいんのか?」

「私は女神ですよ。下界に知り合いなんているわけないじゃないですか。あの紹介状は以前闇市で流れていたのを偶然買っただけです」


 女神様なのに闇市とか行くのか……なかなかワイルドだぜ……。


「そんなことより、どのコースにしましょうか。私としては、このロイヤルコースが一番おいしいので、おすすめですが」


 ルーナがメニュー表を見せてくるが、残念ながら何が書いてあるのか読めなかった。スキルが使えれば頭がよくなって読めるかもしれないけど、今の俺じゃあ、メニュー表に並ぶ文字が、ミミズが踊り狂っているようにしか見えない……。


「俺はこの世界の料理とかよくわからないからルーナに任せる!」

「じゃあ、ロイヤルコースにしましょう」


 そうして頼んだロイヤルコースとやらは、まさに絶品だった。一皿一皿が、その種の料理の究極を極めたような味わいで、おそらく人生で一番うまいものを食べた気がする。ただ、どのメニューも皿の大きさに対して、料理が小さすぎて全然腹は膨れなかったけどな。


「あとはデザート待つばかりですね。――おや?」


 満足そうにお腹を擦っていたルーナは、今しがた店に入ってきた客のことが気になったようで、すぐ近くの席に案内されて、座るまでずっと見続けていた。


「あそこに座った3人組がどうかした?」


 女性二人に男性一人という珍しい組み合わせではあるけど、そんなに見入るほどの何かがあるようには感じない。男の方も大して筋肉がないヒョロい小僧だし。


「あれ……多分、第一王子ですね」

「え……!?」

「まあ、ここは王室御用達ですから、いてもおかしくはありません。気になるので一応何を話しているのか聞いておきますか。……魔王には教えませんが」


 ルーナは俺と話すのをやめて、すぐ近くにいる第一王子一行の話に耳を傾ける。そうしている間に、デザートである季節の果実のアイスが運ばれてきたので、おいしくいただいた。


「……なるほど。これはいいことを聞きました。この情報で魔王を釣って、うまいことやればこの『隷属の腕輪』で……」


 ルーナは第一王子の話を盗み聞きながら、またしても魔王に対する邪悪な企てを思いついたようだった。もはや、料理そっちのけで考え事を始めたので、アイスがわずかに溶け始めている。


 もしかしてアイスいらないのか。だった俺がもらっちゃうか。

 そう思って手を伸ばしたら、その手をルーナに叩かれた。


「……何してるんですか?」

「いや、アイスが溶けちゃうともったいないから、代わりに食べてあげようかと」

「ちゃんと食べるので、余計なことしないでください。……このアイス、大好物なんですから」


 ルーナは考え事を中断して、鮮やかな色合いをしている季節の果実のアイスをほおばった。先ほどまで、邪悪な表情で考え事をしていたとは思えないほどに、幸せそうな顔でアイスを食べていた。


 俺はそんなルーナをかわいいなあと眺めていたら、その視線に気づいたルーナが眉を顰める。


「……なんですかその物欲しそうな顔は。もしかして一口欲しいんですか?」

「いや、別にいいよ。俺も自分の分は食ったし」


 特に興味もなさそうにあっさりと断ると、ルーナは何故かむっとした表情を浮かべた。


「……おやおや、そうですか、そうですか。せっかく私と間接キスをするチャンスだったのに……。残念ですねぇ」


 ルーナはアイスをひとすくいしたスプーンを目の前に見せびらかしながら、にやにやと俺をからかうような笑みを浮かべていた。


「……やっぱ、ほしい」

「ざーんねん。もうあげませんよーだ」


 ルーナは俺の目の前からアイスを引っこめると、そのままぱくっと食べてしまった。


 な、なんてこった…………!

 俺は、間抜けにも人生初の間接キスのチャンスを逃しちまった……。

 身体強化で脳を活性化できてれば、きっとそこまで考えが及んで最初から断ったりなんてしなかっただろうに……無念だ……。


「……そんなに落ち込みますか」

「それはもう……己の馬鹿さ加減に絶望しかない……」

「……や、やっぱり一口、いります?」

「え……! いいのか! いる!」


 俺が身を乗り出さんばかりに喜びをあらわにすると、ルーナはドン引きした表情で身体をわずかばかり後ろに逸らした。

 

「……やっぱりあげません。源之助さんには、そういうのはまだ早い」

「そ、そんな……一度希望を見せてから、また絶望に叩き落すなんてひでえ」

「ふふふ。私はそういう女なんですよ。知らなかったんですか?」


 ……知ってたけど……辛い。いいようにもてあそばれた気分だ……。


 ルーナは結局一人でアイスを食べ尽くしてしまった。そして満足そうに、食器を置く。


「さて、食事も終わりましたし、いい情報も手に入りました。そろそろ出ましょうか」

「……そうっすね」

「……なんですか。拗ねてるんですか。めんどくさいですね」

「だって……」

「私の言葉、ちゃんと聞いてました? って言ったんですよ」

「え……」


 それって、そのうちしてくれるってことか……?


「私のことをちゃんと守ってくれれば、いつかそのうち、そういう機会もある。……かもしれませんよ?」

「マジか! なんか元気が出てきた!」


 すっかり気持ちが回復した俺は、ルーナとともに出入り口へと向かい、食事の精算をする。受付の店員が、俺たちにテーブル番号を聞いてきたので、それに答えると、今回の食事の代金が提示される。


「ロイヤルコース2名様で、金貨6枚です」

「はいはい、6枚ですね……あれ」


 ルーナが懐に手を入れ、もぞもぞと何かを探すように動かしていたが、次第に顔色が青ざめていく。


「どした?」

「……お財布が、ないです」

「え……?」

「噓ですよね……え、どうして……あ!」


 ルーナは何かに思い至ったらしい。


「市場を出るときにぶつかった人……もしかしたら、スリだったかもしれないです」

「マジ!?」


 つまり、今俺たちは無一文で、無銭飲食をしたことに……。


 俺たちの様子がおかしいと思ったのか、精算を担当していた店員が、上司らしい人を呼んでいた。そして、やってきたのは俺に勝ると劣らない巨躯でスキンヘッドのおっさんだった。


「おい……うちで無銭飲食とは、いい度胸だな……!」

「ひい!?」


 強面のおっさんに睨まれて、ルーナはびくっと肩を震わせた。


「む、無銭飲食をするつもりなんてありませんでしたよ……いつの間にか、財布を盗まれていて」

「ああん? そんな戯言を、信じるとでも?」


 さすがにそんなこと信じてもらえないよな。

 するとルーナは何かを思いついたように、強面のおっさんに向き直った。


「お金はないですけど、これがあります」


 そう言ってルーナは『隷属の腕輪』を強面のおっさんに手渡した。


「何だこの汚らしいゴミは?」

「それはゴミなどではありません。なんと、いにしえの時代の伝説的な魔道具なんです。それを誰かの腕にはめると、その人がどんなにすごくて強い人でもたちどころに、抵抗を完全に封じて隷属させることが出来るんです。本来なら金貨100枚はくだらない価値あるものなのですが、今回は特別にここの飲食代と引き換えに差しあげても構いません」


 さっき銅貨5枚で手に入れた腕輪……そんな価値があったのか。


「こんな錆びだらけの汚え鉄クズの輪が、そんな大層な物なわけがないだろうが。馬鹿にしてんじゃねえぞ! こういうのはホラ吹いて無銭飲食しようとした不届き者にこそ、お似合いだ」


 そう言って、強面のおっさんはルーナの右腕を掴むと、わざわざ『隷属の腕輪』を腕にはめて、返却してきた。


「あ……」


 ルーナの腕にはまった瞬間、『隷属の腕輪』は赤黒く輝きだす。そして、腕輪から鎖のような文様が伸びていき、ルーナの全身を侵食していった。


「う……ぐっ……痛い……」

「おい、ルーナ! 大丈夫か!」


 ルーナは苦しそうに顔をゆがませながら、痛みに耐えられず膝をつく。


「おいおい、どうなってんだこりゃ……本当にやばい腕輪だったのか。幸い無銭飲食した女に罰が当たっただけで済んでよかったが……」


 息も絶え絶えに、ようやく痛みが治まったらしいルーナは、強面のおっさんに恨めしそうな視線を向け、抗議の声をあげる。


「よくありませんよ……。なにしてくれてるんですか……。とりあえず、はずしてくださいよこれ」


 ルーナは『隷属の腕輪』がはめられた右腕を強面のおっさんに差し出す。


「……そういえば、これを付けられた奴は、抵抗を完全に封じられて隷属させられるんだったよな?」


 ルーナは右腕を差し出したまま固まった。


「そ、そんなわけないじゃないですか~。こんなのただの汚いおもちゃですよ。なので早く外してください」

「しかも、自分では外せない。……いや、はめた奴にしか外せないみたいだな」


 強面のおっさんがにやりと口の端をあげる。


「ぐ……察しのいい人間は嫌いです」

「よし、決めた。おまえをこのまま奴隷商にうっぱらって、無銭飲食分の代金を補填しよう。見てくれはいいし、何をしても絶対に抵抗できないという特典付きなら、どこかの変態貴族が金貨6枚といわず、もう少しくらい高値で買いとってくれるだろう」

「……ちょっと待ってください。私の知り合いに大金持ちのまお……とある地域の領主がいます。その者に頼めば、金貨6枚なんてすぐにお支払いできます。なので、少しだけ待ってください」

「そんな戯言を……と言いたいところだが、この腕輪も本当のことを言っていたからな。……いいだろう。三日待ってやる。その代わり、三日後までに用意できなかったら、おまえは変態貴族に奴隷として売るからな」


 ええ……。なんかすごく大変なことになってきたんだけど……。


「源之助さん。急いで魔王から金貨6枚、もらってきてください」

「でも、魔王がルーナのために金貨6枚も出してくれるか?」

「私のためと言ったら、もしかしたら見捨てると言うかもしれません。なので、私が第一王子の重要な情報を手に入れていると言ってください。そうすれば金貨6枚くらい、ポンと出すはずです」

「なるほど。わかった! 行ってくる!」


 俺はルーナを助けるために、急いで集合場所の青龍亭へ駆け出した。


====================

【あとがき】

第38話を読んでいただき、ありがとうございます♪


猛烈に長くなってしまいましたすみませんm(_ _)m


とはいえ、これでひとまずルーナ&源サイドのお話は終了です。

この話を聞いて、いったい魔王はどんな反応を示すのか……。


次回は2月15日に投稿します。


引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

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