第21話 女神の企て……って、マジでたいしたことなさそうな企てなんだろうなと思ってしまうのは俺だけ?

「おーい、玲奈れな。入ってもいいか?」

「……何度言ったらわかるの。部屋に入るのは絶対駄目。それに、お兄ちゃんはお呼びじゃないんだけど」


 またしてもドアをわずかに開けて、隙間から俺のことを睨みつける玲奈。


「そのことなんだけど、ちょっと話があってな」

「そのことって、マキちゃんとお出かけ行くって話のこと?」

「そう」


 俺は廊下に控えていた女神に出番だぞと視線を送る。この後始まる残酷な宣告、すなわちお出かけをする約束のドタキャンを伝える役目を引き受けた女神は頷き、入れ替わるようにしてドアの前に立った。そして、玲奈に向けて慈愛に満ちた笑顔で話しかける。


「玲奈さん、初めまして。私は――」

「ちょ、ちょっと待って! 誰この人めちゃくちゃカワイイんですけど! え、日本人……じゃないよね絶対。すっごく透き通るような白い肌に金髪碧眼とか、ヤバすぎ! お人形さんみたい!」


 突如として、興奮気味にまくしたてる玲奈。どうやら女神の見てくれが非常に良かったことで、テンションが上がってしまったようだ。確かに、見た目だけであれば女神と名乗るだけのことはあり、圧倒的に整った容姿をしているから、無理もないが。


「あ、あの、玲奈さん。話……」

「てか、なんで私の名前知ってるの! あ、もしかしてマキちゃんみたいに、あなたもうちにホームステイしに来たってこと? パパかママから私のこと聞いてる感じ? ちょっと待って夏休み中ずっと、こんなカワイイ人と一緒に過ごせるとか激ヤバじゃん。テンション上がってきた!」


 一人で勝手に盛り上がる玲奈の勢いに押されて、女神はアワアワしてしまっている。このままでは女神が話を切り出せそうにないので、いったん玲奈を落ち着かせるために俺が割って入った。


「玲奈、ちょっと落ち着け」

「はあ? ……ちょっとお兄ちゃん邪魔。今は視界に美しいものしか入れたくないんだけど」

「悪かったな。美しくないものが視界に映り込んじまって。それより、この人困ってるだろ」


 俺の指摘を受けて、はっとした表情で、口元を手で押さえる玲奈。女神が少し困ったように愛想笑いを浮かべていたことに、ようやく気づいたらしい。


「う……確かに、私ばっかしゃべりすぎちゃった。その……いきなりごめんなさい」

「い、いえ……」


 玲奈の勢いがようやくと止まったことで、女神は一息ついて胸を撫でおろす。


「……魔王が玲奈さんに苦手意識を持っている理由が、少しわかりました」


 と、女神は俺の耳元でつぶやくように漏らすと、ここに来た要件を告げるため、気を取り直して、再び玲奈に話しかけた。


「さて、玲奈さん。私はあなたに一つお伝えしなければなりません。今日、あなたはまお……マキナさんとお出かけに行く約束をしていますね?」

「はい! もう昨日からすっごく楽しみで、夜も興奮しちゃってなかなか寝付けなくて、ちょっと寝不足気味なくらいで……。実はまだ、着ていく服も迷ってて」


 カラコンの赤い瞳をキラキラと輝かせ、楽しみにする気持ちが溢れ返ったような屈託のない笑顔で、話し始める玲奈。

 その様子は、はたから見ても、遠足前夜の小学生かよとツッコミたくなるくらい浮足立っていた。

 そんな玲奈に対して、女神は冷酷に冷や水を浴びせていく。


「そうですか。でも、残念ですがお出かけは中止になりました」

「え……」


 突然の宣告に、先ほどまでの浮ついていた玲奈の表情から、サーっと波が引いていくように感情の色が抜け落ちていった。


「……ちょっとまって。……どういうこと?」


 無の表情となった玲奈が、俺のことを半眼で睨みつけてくる。……いや、まて。なんで俺が睨まれてるんだ。お出かけのキャンセルを告げたのは女神だろ。


「マキちゃんが自分から私とのお出かけをドタキャンなんてするはずがない……。どうせお兄ちゃんが、口八丁でマキちゃんのことを丸め込んで、私とお出かけするのをやめさせたんだろ……!」

「そ、そんなことしてない! それは冤罪だ!」


 てか、魔王はおまえとの約束なんて普通に忘れてたぞ……って言ってやりたい。でもさすがにそれを言って、玲奈がブチ切れて魔王の元に怒鳴り込んでいったら、またしても魔王にトラウマが刻まれてしまう。


「じゃあなんで、中止なの! 意味わかんない!」

「それは……」


 なんで俺が、玲奈に責められてるんだよ。これじゃ俺が断りに来たようなもんじゃないか。


 俺が恨めし気に女神に視線を送ると、女神は任せてくださいと言わんばかりに豊満な胸の前で拳を握り込み、頷いて見せた。

 なんだ、任せていいのか……?


「玲奈さん、落ち着いて少し話を聞いてください。実はマキナさんがお出かけを中止したのには理由があるんです」

「理由……?」


 そりゃあまあ、異世界に行く用事が出来たからというのが理由といえば理由だけど、さすがにそんなことを玲奈には言うわけにはいかないぞ。いったいこの女神は何と言って玲奈を納得させるつもりなんだ?


「そうです。実はですね、お出かけではなく、玲奈さんをマキナさんの故郷に招待したいということになりまして。それで、お出かけではなく急遽旅行に変更したのです」


 おいいいいいい!! ちょっと待ていきなり何言ってんだこの女神!!!!


「マキちゃんの故郷って、外国に行くってこと?」

「そうです。外国(異世界)旅行です!」

「行きたい!!」


 俺は二人して盛り上がっているところ、強引に女神の肩を引き寄せて耳打ちする。


「おい何言ってんだ女神。玲奈を異世界に連れていくなんて無理だぞ」

「別にいいではありませんか。それにこの子は、いい抑止力になりそうですし」

「抑止力……?」

「……こっちの話です。それに安心してください。異世界へ連れて行くとしても、この私と魔王がいるのです。危険はありません」

「まあ、女神はともかく、魔王様がいれば、危険はなさそうだけど」


 一人で留守番させておくのもちょっと心配だし、それならいっそ玲奈も異世界に連れて行ってしまうのもありか……?

 というか、女神の勝手な提案に乗り気になっている玲奈に、やっぱりうそぴょん何て言ったら、今度こそブチ切れられて、俺が血祭りに上げられかねない。もはや、後には引けないか……。


 しかし、玲奈は何にも事情を知らないんだよな。それに、魔王になんと言って説明するか……。


 異世界へ行く気満々で嬉しそうにはしゃぐ玲奈を尻目に、俺は深いため息をついた。



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第21話を読んでいただきありがとうございます♪


女神の企て? そんなもんどうせたいしたことないだろ。

などとタカをくくっていた真人は、女神のまさかの提案にしてやられちゃいました。


玲奈とのお出かけを断りに行ったはずが、まさかの玲奈の異世界同行が決まってしまったことを知った魔王がいったいどんな反応をするのか……?


次話も引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

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