第44話 勘違いは日常茶飯事……なんなら、勘違いしてたのにそのまま上手くいくことすらある。

「なるほど……そうきたか」


 目の前の横穴は、明らかに一人用の部屋(?)であり、ここを二人で使うのは正気の沙汰ではないだろう。


 それを、俺と魔王が今から使うのか……?


 魔王に視線を向けると、案の定、横穴を見ながら言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。


「魔王様……さすがにこれは部屋と呼べるようなものではありませんし、……別の部屋を借り直しますか?」

「……しかし、それでは先ほど支払った銀貨は無駄になってしまうのじゃろ?」

「確かに、返金はしないって言ってましたから、無駄になりますね」


 まあ、たったの銀貨2枚だけど。


「むむむ……」


 魔王は身を屈めると、横穴を覗き込んだ。明らかに一人用の部屋ではあるものの、畳の短辺くらいの幅はありそうなので、物理的に二人で入ること自体はできそうだった。


「かなり窮屈じゃが……二人で入るのも、無理ではないか」

「無理ではないですけど、キツキツですよ」


 何なら二人の間に物理的な距離はほぼ無く、密着することになる。

 俺としてはめちゃくちゃ可愛い見た目をした美少女が(中身は魔王だけど)ゼロ距離で添い寝してくれることについては、むしろ望むところではあるけれど。


 しかし魔王は、難しい顔をして考え込んでいた。

 やはり、男とゼロ距離で密着するような空間に入ることは、いくら魔王とて躊躇してしまうものなのだろう。


 うーん、美少女との添い寝は捨てがたいが、これで魔王の機嫌が悪くなっても面倒だし、この部屋を使うのはやめておいた方が無難かな。

 

「嫌なら、やっぱり部屋を替えますか?」

「嫌じゃない……少し、不安なだけじゃ」

「不安?」

「この距離感……マサトに襲われないか……いや、すまぬ。これまでマサトは儂に何度も助言をしてくれたし、女神との戦いでも儂のために命を懸けてくれたんじゃ……マサトはそんなことするはずないのう」

「え、ええ……もちろんですとも」

「そうか……」


 あわよくばラッキースケベくらいは期待してるけど、俺の方から積極的に襲うなんてまさか……。というか、そんなことしたら絶対俺の事、燃やすよね?


 魔王はなおも迷ったような表情を浮かべていたが、部屋と俺を交互に見た後、何かを決心したように頷いた。


「儂は……マサトを信じる」

「えーと、じゃあ、とりあえず部屋に入ります?」

「うん……」


 魔王はゆっくりと姿勢を下げて、部屋へと入っていった。俺もそのあとに続く。


 中に入ってみると、多少の圧迫感はあったモノの、やはり二人で横になると、ぴったりと言っていいほどの部屋の幅だった。そして……。


「魔王様……」

「うむ」

「やっぱり狭いですね」

「……そうじゃな」


 二人して仰向けに寝転んだところ、肩から腕にかけて互いに押し合う形となった。そして……どうでもいいけど魔王の二の腕、めちゃくちゃ柔らかい。

 

 触れてることを意識してしまうと、変な気分になりそうだった。俺は、慌てて魔王に背を向けるように壁の方へ身体を傾ける。


「マサト……?」

「せ、狭いので、こうした方がまだ広く部屋を使えるんで……」

「……そうか。気遣わせてしまって、すまぬ」

「いえ、自分のためでもありますから」


 それっきり、魔王との間には会話が無くなった。

 

 ……。

 …………。


 微妙な距離感のせいで、話しかけづらい。

 思えば、俺と魔王の距離感ってよくわからないんだよな。


 一応上司と部下という立場ではあるものの、バイト先の店長と店員みたいな上下関係の感じとも違うし、かといって友達でもない。

 それなりに親しく接することはできるようになってきた気はするが、それでも一線を越えて踏み込むことはできずにいる。

 

 正直、これ以上仲良くなってもいいものかという疑念が、いつも付きまとっているのは確かだ。


 魔王は異世界転生者を無くすために地球を滅ぼそうとしていた。俺はそれを防ぐために、魔王の傍にいる。……まあ、始まりは異世界転生に失敗した俺が、魔王に殺されないために、命乞い目的で配下に加わったようなもんだが。


 そして、場合によっては今後、俺と魔王が決別する道もありえる。

 魔王が地球を破壊すると言い出したら、俺は、やっぱり魔王と戦うことになるだろうし。


 一度死んで、もはや地球人と言っていいのかわからない状況ではある。それでも本心の所では、故郷は守らないとな―という、最低限の意識は一応あるのだ。家族も妹もいるし。


 だからこそ、あまり心理的に魔王との距離を近づけてしまうと、いざという時に負担になる。


 ……難しい問題だ。

 魔王ともっと仲良くなるべきか、あるいはあまり距離感を近くしないよう気を付けるべきか。 

 考えてもどちらが正しいのか、まだはっきりと答えを出せない。


 しばらくは、今のままの距離感で様子見るしかないか。


 答えの出ないことで悩むのはこれくらいにして、俺はさっさと眠ってしまおうと、目を瞑る。


 …………。


 ……ぎゅっ。


 ふと、背中一面に、何やら柔らかくて暖かな感触が……。

 そして、首筋にはさらさらとした、くすぐったいものが触れた。


 え……?

 なにこれ。

 どういうこと……?


 魔王が背中にくっついてきた……?


「あの、魔王様……?」


 どういうつもりかと問いかけたつもりだが、返事はない。

 ただ、背中越しに魔王の、少し緊張したような息遣いが聞こえる。


 ??????


 訳が分からないんだが、どういう状況? もしかして魔王、寝ぼけてる?


 しかし、背中をぎゅっと握り締められて引っ張られる服の感覚的には、絶対に起きているように感じられるけど。


 しかし、魔王は問いかけに対しても、何も返してくれなかった。

 これってもしかして、俺が何かを察して、アクションを起こさないといけない奴か?


 このまま背中に密着されてると、気が散って眠れないどころか、変な気分になりそう。


 ……いや、まてよ。


 もしかして、そういうことなのか?


 俺はてっきりこの狭い空間で、魔王は俺に襲われないか本気で心配していると思っていたんだが……それにしても、全く微塵もそういう気を起こす素振りすら見せないのは、逆に相手に対して失礼ということもあるのか……?


 確かに魔王は、めちゃくちゃかわいい見た目をしている。俺が頼み込んで推しのアイドルの姿になってもらったわけだから当然だけど。


 そんな美少女とこれほど狭い空間で二人きりなのに、微塵も手を出す雰囲気すら出さないというのは、それはそれでまずいのか。


 だから、わざわざ俺にその気を起こさせようと、魔王の方から密着してきたということ……?


 ……。


 ……わからない。


 今までこういうシチュエーションになったことがないから、女の子(中身は魔王)に対して、どう接したら正解かわからない。


 しかし、据え膳食わぬは男の恥ともいうし、俺の推測がもし当たっていたら?

 魔王にここまでされたのにスルーしてしまうと、逆に魔王を不用意に傷つけることになって、関係が悪化する可能性もある。


 ……やるしかない。


 俺は心を決め、身体の向きを変えると、魔王と向き合う形になる。

 すると魔王は俺の胸元にうずまるような位置取りになり、不安そうな顔で俺のことを上目遣いに見上げてきた。


 ……かわいい。


 見た目だけは文句なしに可愛いのだ。というか、その不安そうな表情は何なの。これは正解なの。……わからない。


 わからない以上は、とりあえずこのまま続行という判断を下し、俺は魔王の背中の方へと片手を伸ばす。腕が触れた瞬間、魔王は肩をビクっと跳ねさせたが、そのままの流れで優しく抱き寄せると、魔王は安心したように身体を委ねてきた。


 え……。


 腕の中に収まった魔王をちらりと見ると、少しうれしそうに頬を朱くしていた。


 ええ……!?


 そうなるの……?

 ということは、やっぱり手を出す方が正解だったってことなのか?


 そして、まさか身を委ねてくると思わなかったので、余計に魔王と密着してしまった俺は、ドキドキが止まらない。


 魔王もまんざらでもないような表情してるし、もしかしてこのまま、キスとかも……?


 俺がじっと魔王を見つめていると、俺の視線に気づいたのか、魔王も顔を上げてきた。その表情には、もう先ほどまでの不安そうな色は見えなかった。


 これは……いくしかないやつ!


 本能的にそう思って、顔を近づけようとした瞬間、


「マサト……ありがとう」


 魔王は微笑むと、何故か感謝の言葉を口にした。


 ……あれ?


「正直に言うと儂は、マサトのことを、信じ切れずにいたんじゃ……。また、部下に裏切られるのではないかと……」

「え……?」

「儂は今、魔力を制限しておるし、これほど近い距離ならば、指輪の力を使ってマサトは儂を殺すことができる。でもマサトはそうするどころか、不安を抱いてる儂のことを察して、安心させようと、抱きしめてくれた」


 あぶねえ。

 この魔王、普通に俺の裏切りを警戒していただけだったのか……!

 ……変に手を出さなくて良かった。


 そういえばこの魔王、女神との戦いのときに確か、多くの部下に裏切られて反乱を起こされたとか言われてたっけ。

 それで、俺にも裏切られるんじゃないかと、いつも心のどこかで不安に思っていたってことか。

 

「儂は今後、マサトのことを配下として信頼する。もう二度と裏切りを疑ったりはせぬ」

「そ、そうですか。それは、ありがとうございます」


 危うくやらかしかけたが、結果的にうまくいったようで何よりだった。

 


====================

【あとがき】

第44話を読んでいただき、ありがとうございます♪

またまた投稿が遅くなってしまいすみません……💦


※3月7日に誤字脱字等の修正をしました。


次回は3月8日に投稿する予定です。


引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

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