第43話 あまりにも安すぎると、むしろ不安になるので、お得感は消え失せてしまいます。。

 玲奈れなが働いている店――肉魂にくだましい本店――には、従業員用の宿舎もあるということで、玲奈はそこを借りて泊まり込みで働くつもりらしい。そこまでしなくていいと思ったが、なんでも、店で仲良くなった女の子といろいろ話したりしたいそうだ。


「じゃあ、俺たちは行くけど、無理はすんなよ?」

「……お兄ちゃんにだけは、言われたくないんですけど」

「まあ、それもそうか」


 玲奈に見送られて店を出た俺たちは、ひとまず冒険者ギルドへと向かった。

 夜ということもあって、ギルド内は冒険者たちで大いににぎわっていた。飲食ができるスペースでは一日の疲れを忘れるように各所で酒盛りが繰り広げられている。話に聞く金曜日夜の居酒屋ってこんな感じなんだろうな。俺も酒が飲めるようになったら居酒屋に行ってみたいなと思った。……一緒に行けるような友達、源くらいしかいないけど。


「おや、マサトの兄貴じゃないっすか~」


 呼ばれた声にふと視線を向けると、昼間手下に加えた(本意ではないが)デッコスとボコールが、焼き魚の切り身のようなツマミを肴に、顔を真っ赤にしながら、麦酒をあおっていた。


「おまえら、酒飲み過ぎじゃないか?」

「こうやって一日の疲れとか嫌なこととか忘れるんすよ~。それが冒険者ってものですぜ」


 デッコスが、兄貴も一杯どうですかと誘ってきたが、俺はまだ酒を飲める年齢じゃないので断った。


「そんなことより頼んでいた情報は、何か得られたか?」

「へ……? …………? ……ああ、今日は特に情報はないっすね~」


 ……こいつ、情報収集するの忘れてなかったか? 今の反応、絶対忘れてたよな?


 どうやら魔王も同じことを思ったらしく、一歩前に出てきて二人のこと見下ろす。


「おまえら、サボっていたのではあるまいな……?」


 サボりというワードに若干敏感になっている魔王が問うと、二人は一瞬で酔いがさめたように青ざめる。


「そ、そんなことはないっすよ。ちゃんと情報収集してますって……ボコールが」


 デッコスは今の今までちびちびと無口に酒をあおっていた、大柄の相方に視線をやる。


「……知り合い数人に聞き込みしたが、最近そのような者がこのギルドに現れたことはないと……言っていましたな」


 あまりしゃべっているとこを見ていないボコールという男だったが、しっかりと聞き込みとか、やれる男だったらしい。


「まあ、そんなすぐに見つかるわけないか。これからも引き続き頼むよ」

「了解しやした!」


 とても威勢のいい返事をしたデッコスだが、おまえは情報収集してないよな……。


 まあ、こいつらには引き続き頑張ってもらうとして、ちょうどいいので別のことを聞いてみるか。


「ちなみに別件なんけど、手早く大金を稼げる仕事とか知らない?」

「え? ……どうしたんすかマサトの兄貴。昼間ジャイアントボアーでそれなりに稼いだじゃないっすか」

「まあちょっとね。で、なんか知らない? できれば金貨単位で報酬が出る仕事がいいんだけど」


 デッコスは少し考えるように額に手を当てる。そして、あまりお勧めはしないけど、と前置きをして話始める。


「闘技場にエントリーしてみたら、いいんじゃないっすか?」

「闘技場?」


 デッコスの話によると、このエレクトランには市民向けの催しとして、闘技場が開かれている。奴隷から希望する一般人まで幅広く参加できるそれは、対人、対魔物で競い合い、時には殺し合う戦いの場を見世物として行う興行のようだ。俺の世界で言う、ローマのコロッセオみたいなものかもしれない。


「それに参加すると、大金が手に入るのか?」

「それはもう。上手くいけば一日で金貨を稼ぐことも夢じゃないっすよ。……危険ですけど」


 危険なのか。それはちょっと選択肢に入れたくないな。


「魔法は使ってもよいのか?」


 と、魔王が尋ねるも、デッコスは首を振る。 


「魔法は禁止です。魔法使っちゃったら見せ物になりやせんからね」

「じゃあ、儂やマサトは無理じゃな」

「となると、俺の出番だな!」


 これまで黙って話を聞いていた源が、ふいに声をあげた。


「……そちらのゴリラのような人は、マサトの兄貴のご友人か何かで?」

「ああ。ちなみに俺よりも強いよ」


 そういえば、魔法が禁止でも源はスキルでの身体強化だから問題ないか。


 デッコスに訊いてみると、魔力に頼らない技であれば、別に問題ないとのことだった。そもそもこの世界には、魔力以外の力を使えるものはそういないので、めったな場所でない限り、誰も気にも留めないようだ。


「ますます俺向きじゃないか! 要は肉体同士のぶつかり合いがメインってことだろ」

「そうだな。ここは源に任せるわ。……デッコス。こいつが闘技場に参加できるように案内してやってくれ」

「了解しやした」


 源はこのままでデッコスたちから、闘技場について詳しく話を聞くことになり、席についた。一応宿代を少し渡していったん別行動になる。


「さて、魔王様。俺たちはどうしますか?」

「うーむ。どうやら、今日のギルドでの依頼受付は終わってるようじゃのう」


 魔王の視線の先には、鉄網のようなもので閉ざされたギルドの受付窓口があった。さすがに夜も遅くなれば、ギルドの職員さんも終業しているようだった。昼間お世話になった職員のレジーナさんが残業せずに帰れているようで、何となくホッとしたが、俺たちにとっては残念でもある。


「……いったん宿で休んで、明日にでもよさげな依頼がないか見に来ましょうか」

「そうじゃな」


 俺と魔王は冒険者ギルドを出て隣の宿屋、青龍亭へと向かった。


 先に部屋を取っておくということをしなかったので、改めて受付で部屋を借りる。


「あのー、二人で泊まりたいんですけど、部屋空いてますか?」


 俺がカウンターで番をしているらしい、恰幅のいいおじさんに話しかける。


「あー二人でね。それなら、銀貨20枚からいろいろ部屋があるけど、どれくらいの広さがいいとかあるかい?」

「銀貨20枚……結構高いな」


 俺は傍らで完全に部屋取りを任せきっている魔王に小声で確認を取る。


「銀貨20枚は高すぎますよね?」

「うむ、そうじゃな。別に寝るだけなんじゃ。安くて狭い部屋にしてはどうかの」

「そうですね」


 軽く魔王と相談した結果、できるだけ出費を抑えるためにこの宿で一番安い部屋を借りることにした。


「この宿で、一番安い部屋っていくらですか?」

「ん? 二人用ならさっき言った通り銀貨20枚だよ」

「一人用の部屋でも構いません。この店で一番安い部屋を借りたいんですが」

「一人用で一番安い部屋って……まさか、あの部屋の事かい?」


 あの部屋? 何やら店番のおじさんの言い方が気になるが……もしかして事故物件ならぬ、事故部屋みたいなのがあるのか。


「まあ、わざわざ二人でそこに泊まるモノ好きがいないわけじゃないけどなあ……。一度借りたら、部屋を変えるにしてもお金は返さないけど、それでもいいなら、この店で一番安い部屋を貸すよ」


 嫌にもったいぶるが、そんなにヤバい部屋なのか……?

 でも、二人で借りる人もいなくないということは、事故部屋だとしても肝試しみたいな感じで借りてる人もいるってことだよな?

 まあ、こっちには魔王がいるし、何が出てこようと危険はないはず……。


「ええ、構いません。その部屋で大丈夫です」

「……はいよ。それじゃあ、銀貨2枚な」

「安っ!?」


 思わず声が漏れてしまった。

 さっき二人用の部屋の最低価格が銀貨20枚って言ってたよな?

 10分の1まで価格が下がるって、どれだけヤバい部屋なんだよ。ちょっと怖いんだけど……。


 俺が銀貨2枚支払うと、店番のおじさんは部屋番号が書かれた板を渡してきた。そして、該当の部屋は3階の一番奥にあると案内される。


 鍵じゃなくて板なのか。もしかして鍵のかからない部屋ってことなのか。


「それと、その部屋は壁が薄いから、あんまり大きな声は出さないようにしてくれな」

「わかりました」


 たとえどんなに恐ろしいお化けが出てこようと、悲鳴を上げるなということか。まあ、お化けを怖がるような年齢ではないし、魔王に至っては、史上最強の存在だ。お化け程度で叫ぶことはないだろう。


 俺は魔王とともに案内された3階の奥へと通路を進んでいく。


「いったいどんな部屋なんですかね」

「どうせ、ボロくて狭いとか、そんなところじゃろ」

「それだけならいいですけど……」


 もちろん、それだけとはいかなかった。

 何なら、予想の斜め上をいく部屋が、目の前にはあった。


「いや、これ……もはや、とはいわないだろ……」


 狭い、横穴がいくつか並んでいた。


 この世界でこれをなんというのか知らないが、現実世界風に言い表すとするなら、ボロっちいカプセルホテルだった。


====================

【あとがき】

第43話を読んでいただき、ありがとうございます♪


投稿が遅くなってしまいすみません💦


次回は3月5日に投稿する予定です。


引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

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