第45話 以前軽い気持ちでやったことが、後に大きな影響を与える事って意外とある。

 朝、目を覚ますと俺は、胸元で安心しきった表情で眠る魔王を抱きしめていた。

 意識が覚醒していくにしたがって、触れているところから魔王の柔らかさと温もりが伝わってくるのを感じた。そして、すぅー、すぅー、と安らかな寝息が聞こえてくる。

 俺は慌てて抱きしめていた手を離し、ぼんやりと揺蕩たゆたう記憶を辿った。


「……えーと、そういえば昨日の夜、あれから――」


 魔王からの信頼を獲得した結果、魔王はそのまま俺にその身をゆだねてきた。胸元にぎゅっと、しがみつかれていたので、無理に引き離すわけにもいかず……そうこうしているうちに、安心しきった表情で眠ってしまった魔王につられて、俺もいつの間にか寝てしまったらしい。


 それにしても、この魔王、無防備過ぎないか……?


 警戒心のかけらも感じられない、緩みきった寝顔。

 ぽかぽかと熱を持った身体に、穏やかな息遣い。


 それらは、魔王が熟睡していることを示していた。


 昨日魔王自身も言っていたが、確かに今俺が裏切って襲い掛かれば、こんなに油断しきった魔王なら倒せるかもしれない。

 

 ――もう二度と裏切りを疑ったりはせぬ。


 その言葉以降、魔王は完全に安心しきった様子で、俺に対しては全く警戒心という物を抱かなくなったようだ。

 そんな魔王の様子にふと、これまで考えもしなかった思考が湧き上がってくる。

 

 ……俺は今、どうするべきだ。


 もともとは、魔王に殺されかけていたのを何とか回避するために配下に加わった。そして、魔王が異世界転生者を撲滅させるために地球を滅ぼそうとしたから、俺はそれを止めるために魔王の信頼を得て、魔王が地球を破壊するという選択肢を取らないように誘導してきた。


 でも、ここで魔王を殺すことが出来たら……?


 そうなれば、俺の目的はすべて果たされる。

 わざわざ、魔王の配下として、これ以上苦労する必要もない。

 正直、このエルダーアースに現れる異世界転生者なんて、俺にとってはどうでもいいことだ。


 いろいろ考えたが、やはりこの場、このタイミングで、油断しきった魔王を始末するのが、最善な手段に思えてきた。


 その考えを否定する材料も特にない。


 ……無いよな。ここで魔王を倒してしまった方が、絶対いいよな。


 その方が、俺自身とっても、地球を守るという意味においても……。


 俺は迷いながらも、胸元に寄り添う魔王の背中に手を這わせる。ゆっくりと、その手は無防備な魔王の背中の中心部へ至る。手のひらに、トクン、トクンと小さな鼓動が微かに伝わってきた。――おそらくここに、魔王の心臓がある。

 

 ここを、魔法で破壊すれば、魔王は――。


「……むにゃ」

「――!!」

「……んっ…………ましゃ、と…………にく……」


 …………。


「……なんだよ。寝言か……」


 一瞬、魔王が俺のほのかな叛意に気づいて目を覚ましたかと思ったが、どうやらそうではなかったようだ。

 寝ぼけた魔王は、むにゃむにゃと寝言をつぶやきながら、俺の胸の辺りに頬をすり寄せてきた。

 結果、今まで以上に密着する形となる。

 

 そのせいで、魔王の心臓の音をてのひらで感じられなくなった。

 感じる余裕がない。それどころか自分自身の心臓がものすごい勢いで高鳴っていた。それは魔王の寝言に驚いたのと、それから……。


「……か、かわいい」


 俺にすり寄る魔王は、庇護欲を掻き立てられるような、愛らしい寝顔をしていた。思わず顔が熱くなる。自分の心臓が激しく脈打つ音が、直に鼓膜を叩くように響いてくる。


 ……いくら中身が魔王って言ったって……これは、反則だ。


 出会ったばかりの頃に、軽い気持ちで魔王に推しのアイドルの姿になってもらった。どうせ一緒にいなければならないなら、せめて自分好みの姿になってほしいという欲に塗れた思い付きだったのだが……それが今、完全に裏目に出てしまった。


 もしあの時、魔王に邪悪で可愛げのないゴリラみたいな人間になるように頼んでいれば、今この場で魔王を倒すことを躊躇したりはしなかっただろう。


 ここで魔王を倒し、全てを終わりにできていたかもしれない。


 しかし、今俺に寄り添っているのは、外見上は、めちゃくちゃ好みの見た目をしている可愛い女の子なのだ。


 ……これは、無理。


 しかも、もし俺が今魔王を裏切って倒したら、きっと魔王はめちゃくちゃ絶望するだろう。

 やっとの思いで信じることが出来た部下に、即座に裏切られたら……きっと、泣く。


 推しのアイドル、アイルたんの顔で泣かれてしまう。


 ……それは、無理。


 許容できない。


 できるわけがない。


 アイルたんを泣かせるなんて、俺にできるわけ……!


 そんな俺の葛藤など知る由もない魔王は、さらに寝ぼけて、俺の背中に手を回してきた。もはや起きているのではないかと疑うほど絶妙なタイミングで、俺の心を折りに来た。


 むぎゅっと、抱きつかれたことで感じる魔王の小さな身体。

 温もり。柔らかさ。息遣い。

 そして……信頼。


 それらすべてを、今この場で、この手で断つなんて、俺にはできない。

 

 しかも見た目がアイルたん。


 なおさら無理。


 俺はため息を吐くと、魔王の肩を優しく揺する。


「……んにゃ?」

「魔王様、朝ですよ」

「……むう。そうか……もう朝か……」


 魔王は身体を起こして、眠気を追い出そうと目をこすり、緩みきっていた顔を引き締める。


「あ……。その……昨日はすまんかった。儂らしくもなく……」


 魔王は、昨夜のことを思い出したらしく、バツが悪そうに顔を背けた。


「別にいいですよ。なんか、しおらしい魔王様が思いのほか可愛かったので」

「なっ……か、かわ……!? な、何を言ってるんじゃ。儂はマサトの主君じゃぞ! その言動はさすがに、不敬すぎんか……!」

「でも、魔王様が可愛すぎたので、俺は一層の忠誠を誓いましたよ?」

「なに……! じゃ、じゃあ、まあ、よいか……」

「魔王様も俺のことを、信頼してくれてるんですよね?」

「う、うむ……。その……一番、信頼しとる」


 魔王は恥ずかしそうに顔を朱くして、俯いた。


 ……なんだろう。一晩で急に魔王が以前よりも可愛く見えだしたんだけど……。

 もしかして、気づかないうちに好感度を上げる魔法とか使われてたりして。


 それにしても、一番ってことは俺、魔王城にいた魔王軍一の知将イグニスよりも信頼されてんのか。


 逆に言えば、魔王はこれまで、そこまで信頼できる部下がいなかったってことになるのか。一般的な魔王のイメージとはかけ離れているくらい部下に甘い……もとい優しいくせに、それでも魔王自身は部下を信頼しきれずにいたのか。


 ルーナが言っていた、魔王は以前、多くの配下に裏切られて反乱を起こされたって話が余計に気になってきたな。

 無事救出することが出来たら、ルーナにこっそり聞いてみるか。


「マサト……?」

「ああ、ちょっと考え事をしてました。それよりどうしますか? さっそく冒険者ギルドにでも行きますか?」

「そうじゃのう。よい依頼を見つけて金貨を稼がねばならんからのう」

「そうですね。じゃあ、行きましょうか」


 俺は先に狭い部屋を出る。そのあとに続いて、狭くて出づらそうに部屋から顔をのぞかせた魔王に、手を差し伸べた。


 魔王は嬉しそうにほほ笑むと、ためらいなく俺の手を取った。

 

====================

【あとがき】

第45話を読んでいただき、ありがとうございます♪


真人と魔王の関係性はここを境に少し変わっていきます。


次回は3月12日に投稿する予定です。


引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る