第17話 魔王城でのひと騒動

【エルダーアースの魔王城】


 魔王城の玉座の間。

 日課の掃除をしていたイグニスの目の前で、魔王の玉座が突如まばゆい光りに包まれたかと思えば、次の瞬間にはゴリラと見まがうようなゴツイ大男が鎮座していた。イグニスは驚きながらも警戒心をあらわにし、不審な生物に対して構えを取る。


「何が起きた……。貴様、何者だ……?」

「俺は剛田ごうだ源之助げんのすけだ」

「普通に喋った……!」

「いや、驚くことか……人間なんだから普通喋るだろ」

「なに。貴様、人間だと?」

「そうだよ。あんたもそうだろ?」


 源之助の目に映る男は、魔王軍にしては珍しく見た目が完全に人間に見えるタイプの魔族だった。黒い燕尾服をスマートに着こなす中年の執事然としたイグニスを、何も知らない地球人が初見で魔族だと看破するのは至難の業だろう。


「そんなわけがあるか。ここをどこだと思っている。私は魔王様の右腕にして、魔王軍参謀総長のイグニスだ。……して、ゴウダとやら、そこは魔王様の玉座と知っての狼藉か?」


 イグニスが、殺気混じりの視線を源之助に向ける。


「え……?」


 源之助は自らが腰かけていたちょっと座り心地の良い椅子が、まさか魔王の玉座だとは知らなかった。転移した瞬間になぜか座っていたのだから、知らなくて当然だが。


「それは、悪かった。いまどくよ」

「どけばいいというものではない。そもそも貴様、どうやってこの魔王城に侵入した?」


 イグニスの問いに源之助はありのままの現状を話す。


「別に、この場所には来たくて来たわけじゃなくて、女神様に転移させられた場所が、ここだったとしか」

「なに! 貴様、女神の使徒だったのか! ……待てよ。ということは、魔王様は……」


 イグニスはここで魔王軍参謀たる持ち前の思考力を発揮し、盛大に勘違いを犯す。魔王が先ほど女神の元へと転移してから、しばらくって、戻ってきたのは魔王ではなく、女神の手によって送り込まれた異世界からの転移者。つまり、その事実が意味することは……。


「まさか、あの魔王様が女神に負けたというのか……。そして女神からの報復として魔王城へ異世界からの転移者が送り込まれた……?」


(どうする……? あの魔王様ですら、女神には勝てなかったとなると、私が戦ったところで、勝ち目はないに等しい……)


 イグニスは悩む。目の前のゴリラと見紛う筋骨隆々な人間にしても、単騎で魔王城の本丸に現れたということは相当に腕が立つのだろう。もしかしたら、異世界からの転移者にありがちな恐るべき未知のスキルを持っているのかもしれない。


(ここは、無駄に抵抗せず、降伏するが吉か……。魔王様もお亡くなりになったことだし)


 イグニスは熟慮の末、源之助に対して構えを解き、膝を折る。


「この魔王城に残る残存勢力は、このイグニスの元、全て降伏いたします。なにとぞ寛大な処置をお願い申し上げる」

「ん、降伏……?」


 源之助から見れば、転移直後に玉座に座って怒られるようなことをしたのは自分の方なのに、いきなり頭を下げられて困惑しかない。しかし、イグニスは源之助の言葉を待っているのか、その場で頭を下げたまま動かない。


「まあよくわからんけど、これからは仲良くするということで」

「ははっ! 寛大なお言葉に感謝いたします! もしよろしければ、魔王城についてはこのイグニスに引き続きお任せいただければ、混乱なく治めさせていただきますが」

「そっか。じゃあ、頼む」

「承知いたしました」


 思いのほか、寛容な者でよかったと胸を撫でおろすイグニス。これで、魔王城の支配権は失わずに済んだので、ひとまず安心だろう。


 そこへ間の悪いことに、魔王の配下で血気盛んな魔族の若者がやってきた。浅黒い肌に引き締まった肉体。そして頭の左右に黒く曲がった鋭い角が生えている。


「イグニス様。本日の人族の都への偵察の件ですが……む、そこにいるのは人族! イグニス様何をされているのです。人族に玉座の間まで侵入されたとあっては、魔王様に怒られてしまいます! 即刻排除しなくては!」

「ま、まてバロス! こいつは!」

「そこを動くな人間! 我が必殺の紅蓮拳で消し炭にしてやる!」


 イグニスの制止を聞かず、バロスは燃え盛る拳を振りかぶり、源之助に迫る。しかし、


「遅いな」

「なに!?」


 源之助はバロスの紅蓮の拳を事もなげに躱すと、スキルで強化した拳をバロスの腹に叩きこむ。


「ぐぼふ……っ」


 衝撃波を生み出すほどの源之助の一撃によって、バロスの身体はくの字をさらに潰したほどに折れ曲がって吹き飛び、激しく壁に叩きつけられた。そして、崩れた瓦礫とともに床に落下する。

 ボロボロになって無惨に横たわるバロスは屍のごとく微動だにしない。しかし、耳を澄ますと、かすかに呼吸音が聞こえているので、かろうじて死んではいないようだった。


 源之助は問答無用で襲ってきたバロスに対して、とっさに身体強化のスキルをフルで使ってみた。すると動体視力が跳ね上がってバロスの攻撃が止まって見えた。そして、難なく攻撃を躱すと、そのままフル強化した拳をカウンターとして叩きこむことで、魔王軍でも名うての戦士であるバロスを一撃のもとに倒してしまったのだ。


 そして、女神からもらっているスキルが、まさか身体強化だとは思わないイグニスは、源之助が素の身体能力のみで魔王軍の戦士を一撃で倒したと勘違いした。


(な、なんという戦闘力だ……。これに未知のスキルまで使われたら、絶対に勝ち目はない。やはり私の判断は間違っていなかった……!)


 イグニスは、バロスが一撃で敗れ去ったことにより、完全に戦意を失った。


 そして一連の様子を天界から見ていた女神は仰天する。


「あのゴリ……いえ、源之助さん、強すぎませんか。身体強化ってこんなに強いスキルでしたっけ……。それにしても、もう一人の魔族の方は何故戦いもせずに源之助さんに頭を垂れているのでしょう」


 映像でしか見えていない女神は、魔王城で起こっている事態に困惑する。ただ、たいして期待していなかった源之助が想定以上に強かったことについては嬉しい誤算だった。


「これなら魔王に対して、いい嫌がらせになりそうですね♪」


 女神は魔王の襲撃から今までずっと最悪な気分だったが、源之助のおかげで少しは気が晴れたので、いろいろ頑張った自分へのご褒美に、地球に寿司を食べに行くことにした。


「そういえば、最近新しい期間限定のお寿司が登場したんですよね。早速食べに行っておかないと」


 この時はまだ、寿司屋で偶然魔王と再会し、酷い目に合うとは知らず、女神は、お寿司のことで頭がいっぱいだった。


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第17話を読んでいただきありがとうございます♪


源之助は、真人と戦う前に実は魔王城を一人で制圧していたり……

勘違いしてあっさり降伏してしまった参謀のイグニスは、

あとで魔王になんて言われるのやら……


ぜひ、次のお話も読んでいただけると嬉しいです。

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