第36話 いいことを思いついた時って、何故かテンションが上がって成功する前提でどんどん思考が進んでいくんですよね。なお……

 【ルーナ&源サイドのお話(前編)】※源之助視点です。


 魔王や真人まさとと別れて、第一王子の情報を集めることになった俺と女神様は、レンガ造りの街並みを、街路に沿って歩いていた。しばらく道なりに進んでいたが、特に行き先が決まっていないことを思い出して女神様に話しかける。


「えーと、女神様。これからどうするんすか?」

「……ルーナ、と呼んでください。少なくともこの街にいるうちは、この間のデートの時と同じような感じで接してくれますか。人の目がありますし」

「……わかった。それでルーナ。第一王子の情報を得られそうな場所に心当たりはあるのか?」

「え……? ないですよ、そんなもの」

「は……? でもその割には迷いなく歩いているように見えたが……てっきり行く当てがあるのかと」

「はぁ……源之助さん。なんで私が魔王たちと別行動を提案したと思っているんですか」

「手分けして情報を集めるためだろ?」

「適当にサボるためですよ?」

「え……?」


 想定外のルーナの答えに、脳みそが一瞬フリーズする。


「第一王子の情報収集なんて、真面目にやったって私には何のメリットもないじゃないですか。仮に有用な情報を得たとしても魔王なんかには絶対に教えてやらないですし……。そんなことに無駄な時間を費やすくらいだったら、適当に遊びまわっていた方がまだマシという物です」

「でも、夕方に落ち合ったところで成果を聞かれたらどうするんだ?」

「そんなの適当に土下座でもして、なんの成果も得られませんでしたって、謝っておけばいいんじゃないですか? 源之助さんが」

「俺が土下座して謝るのかよ……」

「私が土下座なんかしたら、調子に乗った魔王がそのまま私の頭を踏みつけて、グリグリしてくるかもしれないじゃないですか」


 そんなことをするのは、どちらかといえばあなたの方では……。


「それで私の麗しの御顔に傷がつきでもしたら、世界の損失は計り知れませんよ? なので、踏まれて顔面を潰されてもあまり影響のない源之助さんの方が、土下座謝罪は適任なんです」

「えぇ……」


 踏まれて顔面を潰されるのは、俺も嫌なんだが。


「何なら源之助さんを踏み潰すことで、多少なりとも魔王が溜飲を下げるのであれば、私の安全のためには必要な犠牲といえます」


 部下をスケープゴートにすることを微塵もためらわない。これほどド屑な女神様もそういないだろう。


「そうと決まれば、源之助さん。情報収集なんてやめて、今度はこのエレクトランで、二度目のデートを楽しみましょう♪ よかったですね~。私のような最上級の女性とまたデートが出来ますよ?」


 ルーナはニマニマと俺をからかうような笑顔を向けてきた。どうせ、私が笑顔を向ければ、このゴリラは自分の扱いに対する不満なんてすぐに忘れるだろうとでも思っていそうな顔をしている。……まあ、その通りなんだけどよ。


 そして、ルーナは俺の表情が軟化したのを見て、思惑おもわくが見事にはまったことを確信したのか、不意に近寄ってきてとどめを刺しに来た。


 上目遣いに俺を見つめ、そっと手を取り、握り締めてくる。

 女性特有の柔らかな感触と仄かな熱が掌に伝わってきた瞬間、俺の顔面は一気に紅潮した。


 く……。どんなにド屑で俺のことを肉壁としか思っていない駄目な女神様でも、か、かわいいから、許してしまう……すまん、真人。今回は役に立てそうにない。


 秒で陥落した俺は、第一王子の情報収集をあっさりと放棄して、デートを楽しむことにした。


 エレクトランにはいくつかの場所で、広場を活用した市場が開かれていた。エレクトランで営業している店が出張店舗として、出店を出していることもあるが、多くは外から交易にやってきた商人が、商品を直売する場所としても利用されている。そのため、市場には珍しいものが多く集まり、それを求める人もまた、たくさん集まっていた。


「たまに来るんですけど、市場には変わったものが置いてあって、見て回るのも楽しいんですよ♪」


 ルーナは楽しそうに出店をいくつか見て回る。俺はそんなルーナについて回って、ルーナが興味を示した奇妙な品々を一緒に見ては適当な感想を言う。そんな、くだらないけれども楽しい時間を過ごすことになった。


「おや、これは……」


 ルーナは白髭の老人が汚い絨毯の上に品を並べて商売している店の、とある商品に興味を惹かれて足を止めた。


「ちょ、源之助さん。見てくださいよこれ……」

「何だこれ……サビ付いた腕輪……?」


 お世辞にも綺麗とは言えないブレスレット。こんなのがルーナの趣味なのだろうかと目を疑ったが、どうやらアクセサリーとして見ているわけではなさそうだった。

 店主らしき老人には聞こえない声でそっと、俺に耳打ちするルーナ。

 

「一見錆びた鉄くずにしか見えませんが、これはいにしえの時代の魔道具、『隷属の腕輪』です。簡単に言うと、これを着けられた者は、使用者への絶対服従を強制される魔法にかかってしまいます」

「それは、すごいな」

「せっかくなので、買っておきましょう」

「そんなすごいものなら、高いんじゃないか……?」


 ルーナはしーっ、と俺に対して指を立ててから、ぼんやりと虚空を見つめている白髭の老人に話しかけた。


「あのー、おじいちゃま? このボロくて何の役にも立ちそうにない鉄くずは、いくらで売っているんですか?」

「……むお。それは……えーと、いくらじゃったかのう……」

「あ、何かうっすらと、銅貨5枚と書いてますけれど」

「むお……そうじゃったか……? むむう……そうじゃった気もするのう。じゃあ、銅貨5枚じゃ」

「はい。これで」


 ルーナは懐から取り出した袋から銅貨を5枚取り出す。そして白髭の老人に支払いを済ませ、錆びた『隷属の腕輪』を受け取った。


 店から離れたところで俺は、気になっていたことをルーナに聞いてみた。


「もしかして、あのじいさん、その腕輪の価値をわかっていなかったんじゃないのか?」

「そうかもしれないですね」

「まあ、銅貨5枚がどんな価値か知らないけど、絶対安いもんな。そんな値段で売っていたってことは、そう言うことか」

「別に、これの値段はどこにも書いてませんでしたよ」

「え……?」

「あのおじいちゃまは、すごくぼけーっとしてましたよね。なので、適当に銅貨5枚と書いてあると言ったら信じてくれたので、そのまま安値で買わせてもらっちゃいました」

「マジか……」


 姑息すぎるというか……それって犯罪じゃ……。


「……なんですかその目は。あのおじいちゃまが、最終的には自分で銅貨5枚と言ったのです。私は悪くありません」

「まあ、たしかに……」

「むしろ、私の機転を賞賛すべきですよ。こうしてレアな魔道具が破格の安値で手に入ったのですから」


 ルーナは豊満な胸を張って、どや顔で『隷属の腕輪』を目の前に掲げた。人の多いところでそんなことをするものだから、急いで歩いていた通行人とぶつかってしまい、危うく『隷属の腕輪』を取り落としそうになる。


「あ、危ないところでした……。せっかく手に入れたのですから、落っことして無くしてしまわないようにしないといけませんね」

「そうだな。ここだと人が多すぎるから別の場所に行くか」


 俺はルーナの手を引いて、市場を後にした。


「ちなみになんでそんなもの買ったんだ? もしかしてそれを俺に……?」

「源之助さんはこんなの使わなくても、すでに私の魅力に陥落して隷属してるじゃないですか。……これは隙をみて魔王に使うんですよ」


 なるほど、そういうことか。


「でもそんなの、魔王に効くのか?」

「効きますよ。今の魔王は私と同様、エレクトランの者たちに不審がられないように魔力を極限まで押さえていますから。そのせいで装着の瞬間に魔力による抵抗はできないでしょう。そして一度嵌めてしまえば、これは魔力も強制的に使えなくする力があるので、詰みです。いくら魔王でも自力ではどうにもならないでしょう」


 それが本当なら、ついにルーナが魔王に勝つ日が来るかもしれない。


「隷属さえさせられれば、忌々しい生殺与奪の権利を放棄させることが出来ます。そうすれば、あとは散々こき使った後で、魔王を適当に自害させれば、私の完全勝利です」


 いつになく生き生きとした笑顔を浮かべて、ルーナは『隷属の腕輪』を握りしめていた。

 

 果たして、あの魔王相手に、そんなにうまくいくだろうかと不安はあるものの、嬉しそうにしているルーナに水を差すのも気が引けたので、生暖かい目で見守ることにした。


 ……また、その企てが失敗したら俺が体張るんだろうな……。


 その後、勝手にテンションが上がってしまったルーナは、魔王勝利を祈願して、おいしいものを食べたいと言い出した。

 あいにくこの世界には詳しくないので、ひとまずルーナが行きたいと言った高級な料亭へと向かうことになった。



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【あとがき】

第36話を読んでいただき、ありがとうございます♪


女神は市場で新たなおもちゃを見つけて、くだらない策を企てます。

果たして、そんなにうまくいくのでしょうか……。


【ルーナ&源サイドのお話(後編)】へ続きます。


次回は2月8日に投稿予定です。

引き続き、お読みいただけると嬉しいです♪

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