第48話

 「スズランの毒の致死性については、明確な結論はまだ出てないんですよ。ただそれでもその症状は分かってる。嘔吐、頭痛、めまいからの心不全やら心臓麻痺。そこから死ぬ場合もある。花も葉も茎も根も有毒物質で、花瓶の水を誤って飲んで死んだケースもある。それはみなさん知っているようだ。そんな中でも、花粉が強い毒性があるのは知っていましたか?」

 「ええそれは・・・」

 緑子は部長を見て言った。

 この辺りも部長の語りで既知の事実だったのだろう。

 当然、その知識は桜子もあったはずだ。


 「あなたは、花瓶の水を台所で水差しに移した。そして花瓶には改めて水を入れ、そして窓際に飾った。それはいつものお世話の時間のできごとです。違いますか?」

 「違いません。」

 「そのとき、あなたは花瓶をテーブルに置きましたか?」

 「いいえ、置いてません。」

 「だと思った。あなたは几帳面な人だ。そのとき水をこぼしたり、花を落としたり、そんなことはしませんよね。」

 「まぁ。」

 「だけど、テーブルの下にはスズランの花が落ちていて、おそらく花瓶の水だと思われる水溶液がこぼれた跡があった。」

 陽介は西園寺に同意を求め、西園寺は頷いた。


 「ところで、いつも水を用意するとのことですが、その水差しとかコップは緑川先輩が片付けるんですか?」

 「え?いえ。私が片付けます。」

 「だったら夜中は、テーブルかベッドサイドか、どこか飲んだところで放置、だったんですね。」

 「そうですね。」


 「須東さん、延命先輩。あなた方二人はテーブルの上の水差しとかコップを見ましたか?少なくともドッキリの時の映像には、テーブルの上には何もなかったはずですが。」


 二人は必死に思い出そうとし、そして、首を横に振った。

 緑子が水を用意してから、桜子の部屋に入ったのはこの二人のみ。そのあたりは、何度も確認している。そして、二人ともがテーブルには何もなかったと思う、と答える以上は、すでに片付けられていたのだろう。

 普段片付けなどしない桜子が行ったのか、それとも別人か?


 「別人で、その人が片付けた、その可能性はゼロとは言えません。でも限りなく低いでしょう。だったら単純。コップを片付けたのは緑川先輩です。」

 何が言いたいのか、怪訝な表情が深まる。だが歯牙にも掛けず、陽介は続けた。


 「あくまで妄想です。緑川先輩はいつものように水差しからコップに水を入れ、それを飲み、しばらくして違和感に気づいたんじゃないでしょうか。スズラン毒の症状が出ていないか、とね。もしそうなら、それをやったのは品川先輩だろう、そう思った先輩は、窓際の花瓶からスズランの花を千切ってコップか水差しに投入した。花粉が毒性が高いと知っていたからです。」


 「そして、さらにいくばくかの水をあおり、証拠隠滅のため、水差しとコップを洗った。もしこの毒で自分が死んだら、その疑いは品川先輩に行く。きっとそれを避けたかった。コップの水をテーブルでこぼしながらも、なんとかそれらを片付け、必死にベッドに向かったのかもしれません。」


 「テーブルの下の絨毯からはスズランの毒が検出されました。ドライフラワーとなっていたものと同じ個体だということも分かってます。そして、花瓶の水をこぼしただけでは含まれないだろう量の花粉も検出されました。そこから導き出した、これが僕の妄想です。」


 静寂が訪れた。

 今までで最高の重苦しい雰囲気が場を占める。


 「なぜ?なぜあの子がそんなことを?わざわざ花を、花粉を追加した水を飲んだりしたの。」

 悲鳴のような桜子の母の声。


 「それが自分の罰とでも思ったのでしょうか。それとも品川先輩を守ろうとしたのでしょうか。品川先輩の願いを叶えようとしたのでしょうか。それは分かりません。ただ、これが真実ならば、死をもたらした直接の要因は本人の行動だということになる。品川先輩は原因じゃない。」

 陽介はつぶやくように言った。



 「先生は、やっぱり天才です。霧隠才庫じゃなくても、緑川桜子でも天才です。あの耽美の世界。先生は自分の命をかけたんでしょう?致死性がある致死量不明の毒物を自ら摂取する。先生の耽美の世界そのものです。これは究極の愛の形。死ぬか生きるか、大事な人に許されるか許されないか。先生は賭けたんだとと思います。先生は愛していたんですね。品川先輩を自分の命を賭けてまで許してほしいと愛していたんですね。先生・・・せんせい・・・」


 ワァ、と須東が泣き出した。


 涙が涙を誘い、気づくとあちこちからすすり泣く声がする。


 須東の言葉が正しいのか陽介には分からない。

 耽美がどうとか、究極の愛とか、そんなのは分からない。

 だがこれはエゴだ。

 自分の命をベットしての許されるかどうかの賭け?

 自分には、到底理解できないな、そう陽介は思うのだった。

 

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