第43話
「なっ!君は、僕が才能がないと言われたから逆上して彼女を殺したというのか?自分の作品と同じスズラン毒で!」
鬼の形相で怒鳴る部長。
だが、陽介は静かに首を振った。
「いいえ。そもそも僕は部長さんが才能があるかないかなんて知らないです。季刊誌は何冊かお借りして読みましたが、特に誰が突出しているとかいう感想は持てなかったです。まぁ、読みにくいのはいくつかありましたけど。」
「へ?」
「だから部長さんが才能がないと言われて逆上して殺そうとした、という可能性がないわけじゃない。そうは思いますが、あくまでそれは可能性です。可能性だけで言うならば、ここにいる部の方、ほとんどが可能性があるんじゃないですか?結構、作品に対しても、人格に対しても攻撃が強かったって聞いてますし。」
そう言って、部員達を見る。
気まずそうに顔を背けたり下を向いたりする者や、反発する視線をよこす者。まさかそんな、と、仲間達を見回す者。
「正直言うと、動機もたくさんの人が持ってるし、毒を彼女の部屋に用意するなら誰でもできた。そうですよね?彼女の部屋は鍵もかかっていないってのは、みんな知っていたんでしょ?」
さらに気まずい顔をする部員達。
このワンフロアー貸し切りにされた15階は、オートロックは解除されている。
固定の桜子、部長、緑子用の3部屋以外は、毎回部屋割りが行われる。
もちろん在室中は中からは鍵を掛けられるが、そうしない限りどの部屋も出入り自由。貴重品なんかは持ち込まないよう申し合わせていたため、盗難なども起こったことがなかったらしい。
これはあくまでクラブとしての合宿ということで、お互いの資料は融通し合うことが奨励されており、誰がどんな資料を持っているかも含めて、各部屋をあさりに行けるようにした、ということからの措置だ。いやなら合宿に参加しなくてもいい。自宅で作品を仕上げてもクラブとしては問題ない。
みんなで資料を融通し合ったり、その場で意見を交換したり、また、頑張って書いてる中で自分も負けないように書く。そういった取り組みが合宿なり部室での執筆の利点だ、そのためのクラブだ、というのが、この部のポリシーであった。
そんなわけで、中にいる人間が中から閉めなければ誰でも自由に出入りできる。
寝るときや、誰にも邪魔されずに一人で書きたくなったときには、与えられた部屋にこもって鍵を閉める。
誰がきてもウェルカムなら在室中でも鍵を閉めない。
そういう点ではかなり自由な合宿だと言える。
各人の移動に関しても、常に誰かが廊下にいる程度では、誰も気にしない。
どの部屋の辺りに誰がいても、不自然ではないわけだ。
そして、緑川桜子。彼女は一人で大きな部屋を使っていたが、その世話を隣室の緑子がするというのもあり、鍵をかけたことはない。
どの部屋も自由に出入りできる、という建前は、この部屋においては発揮されず、勝手に出入りしていたのは緑子ぐらいであり、それを真似してお世話をしようとした須東をはじめとした心酔者たちは、ことごとく桜子に注意を受けた、という前例がいくつもあったにせよ、この部屋がいつも鍵がかかっていない、というのは、皆の知るところであったのだ。
それに、無断でさえなければ、緑子に限らずこの部屋への出入りは他の部屋よりも多いぐらいだったのだ。
突然の桜子からの呼び出し。
そこに拒否の二文字はなかったのだから。
だから、陽介の「鍵がかかっていないというのはみんな知っていた」という発言は、肯定するしかない。
そして、それが意味することは、ここにいる誰もが、先ほど部長に掛けられた疑惑を掛けられ得るということ。質や量の多寡はあれど、誰もがみんな、何らかの嘲笑を、桜子から受けていたのは事実なのだから。
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