第42話
数日後週末。
西園寺によって集められたのは、部長をはじめとした主立った部員。そして、緑川桜子の両親。
陽介はあやめを伴って、ホテル15階へとやってきた。
「田宮君。何やら不穏な話を聞いたんだが?僕が殺人犯だと疑われているんだって?」
指定の時間に表れた陽介たちに、先に集まっていたその他の者達。
陽介の顔を見るやいなや、部長がそんな風に不機嫌そうな口を開いた。
「だから違うと言っただろ。あんたが怪しいと言ったのは俺だ。なんせスズラン毒の大家だしな」
その質問に答えたのは、しかし、西園寺だった。
すでに何らかの話をしたのだろう。
不安そうに、周囲を伺う部員達の表情が硬い。
「スズランの毒の話はしました。心不全、と死因が記されたなら、それを引き起こす可能性のあるものとして、この部屋にあったことに気づいてたので。僕らがここに来た日も飾られてましたよね。」
部員を見渡しながら聞く。
ところどころ頷く顔が見えた。
ふむ、とその様子を見て頷いた陽介は、視線を緑川桜子の両親、そしてその隣に立つ品川緑子へと向ける。
「たしか、お宅の庭にも咲いていましたね。仏壇にも飾られていたし、おなじ花を使った花束が、ここの花瓶にも活けられていました。」
これに対し、母親と緑子が頷く。
「桜子さんはお庭の花を活けることにこだわっていました。お花屋さんの花は切られて時間が立っているのでみずみずしさに欠けるからご自分にふさわしくない、そんなふうにおっしゃって、お庭の花を活けるようにと。」
陽介はそれを聞いて頷く。
「花束の中にスズランが入っていましたが、毒性があることは?」
「はい知っています。部長から何度も聞かされました。」
「そうそう。スズランを活けるたびに部長その話をするもんね。もうミミタコだっつうの。」
緑子の話を聞いて、部員の一人が同意を示した。何人かがそうだそうだ、と言っているようなので、スズランに致死性の毒がある、というのは、かなりの人数の部員が知っていたのだろう。
「でもさ、緑川は気にしてなかったよな。むしろ、かわいい花に毒がある、って耽美だって、積極的に花束に入れるように言ってなかったか?」
「よねぇ。きれいなバラにはとげがあるって言うのはケバケバしい感じけど、可憐なスズランに毒があるというのは耽美だ、ってよくわかんないこと言ってたわ。」
「そうそう。彼女の話ってよくわかんないの多かったよね。まぁ、ヨイショするのにそうですねぇとか私も言ってたけどさ。」
「それをなんでも受け入れる品川先輩ってほんと神様仏様女神様って感じですよねぇ。」
部員が、そんな風にワイワイと言い始めた。
「静粛に。まったく君たちは。霧隠先生のご両親がいらっしゃる前だ。口を慎み給え!」
それを部長が一喝した。
静かになった一同を満足げに見渡し、ゆっくりと陽介の方を向く。
「ご覧の通り、我が部ではスズランで死ぬというのは常識でね。それを使ったトリックを中学生の僕が書いたことは、まぁ、それなりのことだ、という小さな自負はあるがね。だからと言って、この僕が実践して、彼女にスズランの毒を飲ませ、殺したというのは暴論ではないかな。これでも彼女のために尽くしたつもりだよ。才能を愛する身としては、彼女の執筆をサポートすることを誇りに思うことはあっても、逆恨みで殺害なんて無粋な真似はするはずもない。」
「でも、彼女の作品を出版する出版社の方に、自分の作品を売り込んでいたんですよね。」
「それは、小さなチャンスでも、チャンスは無駄にできないからだ。いかに才能があったって、チャンスがなければ無駄だからね。幸運の女神は前髪だけ。目の前に転がっているチャンスはなんとしてもつかむ、それが僕の生き方だ。」
「そのチャンスは、ものにできましたか?」
「む・・・それはまだ分からん。大体出版社の人間に君は会ったことはあるか?彼らはいつも多忙だ。仕事に追われている。その隙間時間で読んでもらえばいい、僕はそう言って渡しているんだ。彼らにいい作家を探し出す義務はあるが、既存の仕事を放り出していいほどの義務ではない。僕は、我が我がとせっつくような下品な人間ではないんだよ。」
「つまりまだ読まれてない、と。」
「ああそのはずだ。見る目のある人間に渡っていないんだろうね。だがそれは仕方がない。自分のできる行動は起こしてる。見る人が見れば、オファーがあるはず。今は待ちの段階だ。」
「でも、その行動を才能ある霧隠先生にやめろと言われたんですよね?それって編集さんとかからそれとなくお願いされたんじゃないですか?」
「なっ。そんなわけないだろ!」
「才能があると思っている人が、その才能を否定されたらショックですよね。その事実に才能がない現実を恨むか、才能がないと言った他者の言動を恨むか。それは人それぞれだと思います。ただ、あなたをよく知る人は、あなたが後者じゃないか、そう思って、心配したんだと思いますよ。ねぇ、西園寺先輩?」
陽介の言葉に西園寺は大きく頷いた。
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