第44話

 「ところで、霧隠才庫という人なんですが、みなさんは不思議じゃなかったですか?季刊誌の緑川桜子、この方との作風があまりにも違いすぎて。」

 みんなの戸惑いの中、唐突に陽介はそんな風に話した。

 部員達は、頷きつつも、天才だから、等々の言葉がチラチラと漏れる。


 「先生は天才です。本当は季刊誌みたいなのが書きたいけれど、今の商業誌ではあの芸術性が理解されないでしょう?売れる形、と考えて、猿飛佐助とかの話を書いたんです。それができるってのも先生の才能故でしょ?」

 須東が鼻息荒く主張する。

 それに同意する者も多いようだ。

 だが何人かは、気まずそうな顔をしている。

 なるほど、と、そんな彼らを見て、陽介は一人頷いた。


 「天才、ですか。そうかもしれません。ですが、僕は違う可能性を見いだしました。すなわち、、です。」


 ザワザワザワ・・・


 一気に雰囲気が変わる。


 そんなことあるはずないだろう、と言いきる者。

 そんな気はしていたけど・・・、そんな風にためらう者。

 ただだんまりを決め込む者。


 「ゴーストライターってこと?そんなはずないでしょう?だいたい、元々はWEBで書いてて、そこからオファーが来たんです。売れるかどうかわかんないのに、ゴーストで書く意味ないじゃない。」

 須東がさらに言う。


 確かに元々は異なるペンネームGreenRiverBabyの名で書いていたところ、オファーを受けたのだという。そのまんま緑川。Babyの名は、かわいい子等々英語の意味で、ということらしい。少なくとも本名で書いていた季刊誌で、そういう風にファンに思われて、すぐに霧隠才庫が緑川桜子だとバレてしまった。

 作品の乖離も、彼女の説明でなぜか納得されて、ニーズを見る目もある、と、業界でも注目を浴びた、という解説を訳知り顔の自称評論家が行っているのは、少しネットをあされば出てくることだ。



 「僕は、そもそもがGreenRiverBabyというのが緑川先輩じゃないんでは、って思ったんですよ。だって、そんなわかりやすい名前、つけますか?」

 自分の名やニックネームなんかをもじる人は多いし、緑川がGreenRiverというのも、まぁ、おかしくはないだろう。

 だけど、作品を読むと違和感があった。

 なんというか、この作者は、日本語というのに造詣が深いように思う。同様に歴史にも深い愛情を感じる。なんせよく調べているのだ。教科書レベルではない知識が、作者にはあった。

 そして知った上でそれとなくもう一段階ひねる、特にダブルミーニング、つまり二つの意味を一つの言葉に乗せるのが好き、そんな風に感じたのだった。


 この作品が世に出たのは本人が中学生のときだ。

 その時点でそれだけの知識があったのだろう。

 ニーズを読む力?

 それだけで、これだけの知識を元に書ける物だろうか?

 これが書ける人は、やはり歴史や文字にそれなりの愛情がいるのでは、と陽介は思ったのだ。

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