第8話
数日後の放課後。
陽介は、あやめ、荒川部長、果鱗とともに、再び文芸部の部室にいた。
相変わらずメイド服姿の少女。名を品川緑子。高2で、桜子と同じあやめの同級生だという。
本年のコンクール用台本を同級生でもある桜子にあやめが頼んだことを知っている彼女が、部長に代わって前回も応対してくれたらしい。
そこに同席するのは文芸部部長、鶴野大志、高3。
映像でもみ手をしていた人だ、と思ったものの、今は毅然と、いや憮然としている。その白い燕尾服とスカイブルーの蝶ネクタイが、クール、というよりは神経質そうに見せているようだ。
そしてもう一人。
黄色いドレスの須東奈緒。陽介と同じ1年生だが、どうやら去年転入してきたらしい。霧隠才庫に憧れ、編入試験を受けて転校までしてきたというのだから、その行動力は筋金入りだろう。
にしては、ちょっと暗い感じがする?
エピソードと、彼女の表情のギャップに、陽介は首をかしげたのだった。
この3人以外にも文芸部には部員はいる。
そもそも緑川桜子の影響は大きく、幽霊部員のような者も合わせると80名はいるのだそうだ。ただ、積極的に活動している者になると約20名。その中にこの3人は当然含まれていた。
「僕としては、品川に後任を任せたいんだがね、どうしてもと須東が言うものだから。」
鶴野文芸部部長が、黒縁めがねをクイッと上げながら、そんな風に言う。
どうやら、運劇部に提供する脚本を誰が書くか、部内でもめているらしい。
部長曰く品川の実力は緑川桜子と比べても遜色なく、クオリティを求めるなら彼女、そもそも緑川との関係も近しく、彼女の書こうとしていたものがどのようなものか、ある程度把握しているはずだ、という。
だが、彼女は、自分が書くなら、大正ロマンの普通の恋愛ものを書きたい、と譲らない。
一方、須東。
正直センスがあるかは疑問である、などと、部長は本人の前ではっきり言う。
だが本人曰く、
「耽美の世界を緑川先輩は望んでいたんです。品川先輩が耽美を好きじゃ無いのは知っています。ううん。そもそも耽美を理解していないじゃないですか。本当に緑川先輩を理解して跡を継げるのは私です。」
だそうだ。
大正ロマンも耽美だと思うが、と陽介は密かに思ったが、須東曰く、業界では、耽美といえばBLなのだという。いったいどこの業界やら。
「どうする田宮?」
須東の熱烈なプレゼンを完全に引きながら聞いた荒川演劇部部長は、あやめに話を振った。
そもそも脚本の話を取り付けてきたのもあやめなら、舞台で主役を務めるのも彼女だ。
「うーん。ようちゃん、どう思う?」
「え?僕?」
突然陽介は振られて、びっくりする。
そもそも彼は演劇部員ですら無い。そんなこと、答えようがないではないか。
「ようちゃんならどっちの台本でやりたい?」
そんな、トップ女優の言葉に、文芸部の3人が視線を向ける。
おとなしそうなこの少年が、彼女の相手役なのか、と、値踏みするかのような視線が向けられた。
「ふふ。ようちゃんはね、なかなかの才能があるはずなのよ。なんたって私の従兄弟だし、ほら分かるでしょ?」
同席していた陽介以外の人間がなるほど、と、頷く。
何がなるほど?と陽介はいぶかしんだ。
陽介は知らなかったが、ここ清真学園演劇部には40年ほど前、黄金期、と言われた時代があった。そして、あやめを迎えて3年ちょっと。今は、あの黄金期の再来、と言われているのだ。
前回の黄金期、それを支えた5人の人物。そのうちの二人を親に持つ田宮あやめが、その再来をもたらした故に、その期待に満ちた目は陽介にも注がれる。その5人のうちの別の二人が、あやめの従兄弟である彼の両親である、それは、文芸部にとっても演劇部にとっても周知の事実であったのだから。
かつての黄金期。
文芸部の脚本と、優れた演者により、8年連続全国大会出場および優勝の記録は未だ覆ってはいない。
その再来を目指して、あやめがやっと高校に進学した去年。
実は去年も人気WEB作家霧隠才庫とのタッグは実現し、コンクールにおいて、火を噴いた。
久々の全国大会優勝。
今年もそれを目指しての、再依頼。
が、その脚本家の突然の死。
文芸部にとってもコンクール用脚本の執筆は、晴れの舞台だ。
昨今はWEB小説がメインの活動になってきているとはいえ、脚本家や他の媒体への憧れがあるものだって少なくない。第一、脚本が評価されれば、文芸部の評価も上がる。前回の黄金期のときと同じように。
ちなみに・・・
40年ほど前になるその黄金期の5人。
最初の年代のあやめの父
この清真学園というのは、伝統ある私学校である。
各界の名士がOB・OGに名を連ね、当時人気脚本家であった某卒業生が、文化祭に出演する田宮優を見初めてテレビに出した、というのが事の発端であったのだという。ちなみにその脚本家の息子が当時文芸部のエース。
彼の妹とともに、黄金期の演劇部を支えた文芸部、という構図があった、というのも、この後輩たちの知るところである。
などという説明を、そこにいる先輩方から陽介は受けるのだった。
両親や叔父叔母の学生時代の話なぞ初耳の陽介。
興味深く聞きながらも、(僕は演劇部にも文芸部にも入るつもりは無いんだが)と、そっと思うのだった。
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