第9話

 あやめが陽介に何かクラブ活動をした方がいい、とアドバイスをするのは、常のことだった。

 あやめは、この天才である従兄弟が、普通の日本の高校生の経験をしたいと申し出たときに、それは喜んだのだ。

 1つしか違わないのに、妙に大人びている言動に比して、常に一人小さい子として扱われていたからか、なんとなく幼い感じもする従兄弟。

 人に主張をすることなく、どこか遠くを見つめている様子は、あやめを不安にもさせていた。

 彼の観察眼や、様々な事象をいろんな角度から観察・分析する、その力は役者にだって向いている。そうあやめは思っていたし、できるだけ彼の学生生活を彩る役に立ちたいと考えていたこともあって、演劇部への勧誘ができれば、これ幸い、と、この機を利用しようとしているのはご愛敬である。もっとも、どんなクラブに入ろうと、力一杯応援するつもりではあったが。


 そんな生暖かい、というよりは、積極的なあやめの視線を気にしつつ、そもそも自分がここに同席する理由としては、最低入部を思案中、ぐらいの態度でいるべきだろう、そう思った陽介は、

「ハハ、まだ入部は決めてないんですけれどね。」

などと曖昧な返事をする。


 「だったら、脚本を見て入部を決めなさいよ。うん。よくよく見ればあんたかわいい顔しているじゃない。いいわ。いいわよ。耽美心に火がつくわ。大きな波に翻弄され、陵辱に耐える坊や。ああ、創作意欲が燃えるじゃない!」

 何を思ったのか、そんな陽介を見て立ち上がり、突如そんな雄叫びを上げる須東。

 ドン引きする陽介の手をガシッとつかむと、

 「あの伝説の田宮おとうと・麗香様の子供なんでしょ。才能はバッチリのはずよ。ええ。演劇部に入って時代を変えましょう。私の脚本でともに新時代を創るのよ!」

 「いや、その、アハハハ・・・」


 「ちょっと、離しなさいよ。ようちゃんがかわいいのは認めるけど、なれなれしく触らないでくれる?」


 そんな須東の手を強引に引き剥がし、あやめがその胸に陽介を抱きかかえた。

 背も高くスタイルのいいあやめに、残念ながら小柄な陽介はすっぽりと包まれてしまう。

 「あやめ姉ちゃん、苦しいって。」

 そんなあやめの腕をタップしながら、そっと腕の中から抜けた陽介は、須東に向かって言った。

 「えっと、須東さん、だったよね?熱心に口説いてくれるのはうれしいけど、さっきも言ったように僕はまだ入部を決めていないんだ。それに脚本だって須東さんが書くって決まったわけじゃないんでしょ?むしろ部長さんの話じゃ、品川先輩の方が実力があるけど、須東さんは自薦ってことだよね。演劇部はコンクールのための脚本が欲しい。ってことは、実力がある方に書いてもらった方がいいかもしれない。もちろん熱意がある方がいいものが書けるかもしれないけど、品川先輩、そのところどうなんですか?」


 え、私?

 口の中で、メイド服の少女が静かに微笑んだ。

 メイド服を着ているだけあって控えめな人だな、と、思う。

 「そうですね。私は書くことが好きです。それに自分なりに小説の世界に真摯に取り組みたいって思います。もちろん脚本でも、ですが。ただ、須東ちゃんの言い分も確かです。私はBLが嫌い、とまではいかないけど、わざわざ同性の恋愛にする必要性がその世界にあるのか、ということをまず考えます。私も耽美は好きなんですが、それは何もBL世界に限ったものでは無く、むしろ、その退廃的な昏い空気感があるなら、そちらを耽美、と感じます。江戸川乱歩やなんかの世界観、と言いますか。でもこれは桜子様の耽美とは異なる、というのは須東ちゃんの言うとおりなんです。」

 なんというか、控えめと言うよりは、しっかりと芯を持った人だったようだ、と、陽介は思った。

 それにしても、同級生を桜子様、と様づけか?


 「僕の耽美って言葉の感覚は先輩の方が近いようです。それにしても『桜子様』ですか?同級生なのに様付けなんですね?」

 「・・・彼女は、私の雇い人でもありますので。」

 「雇い人?」

 「はい。私は緑川家にメイドとして雇われております。」

 「よ、ようちゃん。そのことは、人様の家庭の事情だから、ね?」

 何かを知っていそうなあやめに肘をつつかれて、陽介は口を閉じた。


 「すみません、関係ないことを。ところで、脚本なんですが・・・」

 「脚本を書きたい、という気持ちは、もちろんあります。ですが、できれば現代物ではなく、大正時代を舞台にした、男女の恋愛ものを、と考えているんです。」

 「そうなんですね。あやめ姉ちゃん。そういのもありなの?そのBLじゃなくても、ってことなんだけど・・・」

 「別にBLの必要はないわよ。去年は戦国ものでBL要素が強いものだったけど、私は男役をやったのよね。それが受けたから、BLでもいいけど、ぐらいの感じかな?」

 「あれはお耽美でしたねぇ。まぁ、ちょっと理屈っぽかったけど。でもその方がコンクールとかにはいいんでしょ?私はちょっと苦手かなぁ。けどけど任されたら頑張りますよ。」

 「そうなんだ。」

 「ええ。コンクールはただ面白いだけじゃダメ。そこに言いたいこと、っていうか、思想?そんなのがある方が勝てるのよ。去年は、戦国時代で、本当は戦いたくないけど超強い武将織田信長が私、悩みつつも魔王なんてニックネームをつけられるの。それを支える森蘭丸っていうお小姓さんの、主従を超えた愛?えっとね、戦争反対とジェンダー問題を美しく激しく描いたって評価されて優勝したのよ。時代考証も素晴らしいって褒められたわ。」

 「へぇ。」

 BLといいつつも、実は硬派なのかもしれないな、舞台に上げられるものだし、と、陽介は思う。

 それにしても、そんな考証までするようには思えなかったな、と、先ほどチラッと見た季刊誌を思い出す。

 従姉妹や同級生女子のいる手前、真剣に読めなかったし、すぐギブアップしたけど、そこに載せられていた小説はお世辞にも、深さは感じなかった。なんていうか、直接的に卑猥だ、とでも言おうか・・・


 陽介がそんな風に思考している間、部長同士でも話し合いが進められていた。

 とりあえず、二人とも書いてもらって、演劇部で採用を決めればいい、ということになる。


 「でも、時間的には大丈夫かい?」

 荒川演劇部部長が問う。

 「ああ。合宿場を使っていいってことになってるんだ、緑川さんのご厚意でね。」

 「ご厚意?」

 「緑川さんの持っているホテルのワンフロアーを、文芸部として年間契約で貸していただいているんだ。締め切りがある人とか、そのヘルプはいつでも使っていいことになってる。霧隠先生が亡くなってキャンセルされるかと思ったんだけど、今年いっぱいは使っていいって言ってくれてね。まぁ、人が亡くなった部屋だし、ほとぼりが冷めるまで貸しにくいってのもあるみたいだけどね。」

 「人が亡くなった部屋?」

 「彼女は合宿中、ホテルの彼女の部屋で亡くなったんだ。」

 鶴野文芸部部長のその言葉に、演劇部関係者は息をのみ、文芸部の面々は、思い詰めるように頭を垂れた。

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