第36話

 その夜遅く、延命は自宅に帰されたという。

 もちろん、全くの無罪というわけにはいかないが、少なくとも逃亡のおそれはなかろう、と判断されたようだ。


 そんなことのあった翌日、とある人物から、陽介は使われていない教室に呼び出された。

 始業前の時間。

 指定された場所へと、陽介は一人向かう。


 「やあ、よく来たね。殺人犯かもしれないのに怖くなかったのかい?」

 朝の教室は薄暗く、その浅黒い顔の中の白目と白い歯だけが、やたらと目を引く。


 「おはようございます、西園寺先輩。先輩は候補から外れていますから、全然平気でしたよ。」

 「へぇ。・・・その候補、延命は?」

 「もちろん、外れてます。」


 明らかにほっとしたような表情をする西園寺。

 そのようすに、いい人だなぁと陽介は思い、クスリとした。


 「お、おい。言っとくが俺と延命はそんな関係じゃないぞ。」

 「分かってますよ。でも友人として大事なんでしょ?だからそんなに心配していたんですよね。」

 「お、おう。」

 「でも、そんな大事な友人の中に、ひょっとしたら犯人がいるかもしれない。ってところでしょうか。」

 「・・・・ああ。」

 「だから、あんなことをしたんですよね、先輩は?」

 「あんなこと?」

 「ベッドにドライフラワーを飾らせたの、先輩だって聞きました。」

 「・・・・」


 現場に関係して違和感を感じたことがいくつかあった。

 その一つが、ドライフラワーだ。

 非常識だ、と、須東も言っていたが、なぜその日飾られていた花をわざわざドライフラワーにしてまで残したかったのか?

 花を飾るなら、彼女の好きな花を毎日活ければ良い。

 そもそも、花瓶には生の花が飾られてあったのだ。

 定番の位置だ、というリビングの窓際には、実際、自宅の仏壇前と同じ花が飾られていた。

 どう考えても彼女は枯れた、というのはちょっと違うかもしれないが、ドライフラワーよりも生花を好んでいただろう。

 彼女の好きな花を部屋に飾るのが、緑子の日課だったと聞いている。



 陽介は考えた。

 あの状況でわざわざ理屈をつけて、当日の花を保存したわけ。

 そして、気づいたのだ。

 ドッキリのときの映像にはあって、警察の検分の際には無くなっていた物。

 ソファテーブルの下に転がっていた花びらだ。

 いや、実際は花がガクのところからポロリと落ちているように見えた。

 花びらと言うよりは花そのもの。

 あの特徴的な花はミュゲ、スズランだ。


 「まるで見てきたように言う。そう延命が言っていたが、本当だな。なんで、ドライフラワーが気になった?関係者でもないのに。」

 「やはり何かあるんですか?」

 「まぁな。で、なんでだ?」

 「先輩、花を片付けたでしょう?スズランの花がテーブルの下に落ちてましたよね?」

 「・・・はぁ。それで、昨日の話か。」

 「ええ、気になったので分析しました。」

 「絨毯から出たと言っていたな。コンバラトキシンやコンバロシド。スズランの毒として有名だ。」

 「ええ、実際には他にも数種、毒が含まれています。緑川先輩は、それを飲まされたんですかね?」

 「俺が飲ませたのかもしれないぞ。」

 「だったらドライフラワーの件が謎すぎます。スズランの毒の話は有名だ。子供が誤って花瓶の水を飲んで死んだ、なんて事件もありますしね。あれは、誰かに『スズランの毒で殺したんじゃないのか?』って問いかけるための物だったんじゃないですか?」

 「・・・・はぁ。そんなことまでお見通しか。」

 「違和感がありました。違和感って何か不自然だってことですから。不自然が自然になる解を求めたら、そんな推理ができただけです。」


 「・・・俺が、『スズランの毒で殺したぞ。』っていうメッセージとして残した、そうは捉えなかったのか?」

 「・・・はじめはその可能性もある、そう思いました。犯人のメッセージか、犯人に対するメッセージか。いずれも可能性はあると思ってましたから。それに、なにより西園寺先輩は体格が立派ですし。」

 「緑川を持ち上げるのは俺でも苦労したけどな。火事場の馬鹿力だったかもなぁ。もう一度やれって言ってもできる気がしないよ。でもなぁ・・・。なぁ、あれは本当なのか?須東が殺したと思った延命が工作したって話。どう考えても延命の方が緑川よりも体重は軽いぞ。」

 「ええ。ですが、それなりに筋肉ついてるように見えましたよ。」

 「中学まではバレエをやってたんだ。踊る方のな。母親が先生してたからってさ。背が低いのはそのせいだってよく言ってたよ。」

 「ハハハ。あまり小さいときに筋肉をつけ過ぎちゃうと、背が伸びないって言いますからね。でも、それならリフトとかで女の人を持ち上げたりもしてたのかな?どちらにしても、西園寺先輩がお風呂から救出したときとは違いますよ。ベッドに寝てたっていうんだから、それなりの高さがあります。重心の問題で、高いところのものは小さい力で持ち上げられますから。」

 「なるほどな。」


 ひとしきり頷いた西園寺は、改めて陽介を見た。


 「で、結局誰が犯人だと思ってるんだ?」 

 

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