第37話
誰が緑川桜子を殺したか。
問う西園寺の目は、探るようで、だが期待と懇願も含まれているようで、その語調の割には人の感情を刺激するものだった。
だが、陽介は顔色一つ変えず、静かに「さぁ。」と言った。
「さぁ。いくつかの推論はできても確実性がないので、まだ言える段階ではないですね。そもそもピースが足りない、そう思っています。」
そう言うと、ジッと西園寺の目を見る。
(あなたは何か知っているんじゃありませんか?)
その目がそう言っているように、西園寺には感じた。
「ピース、ときたか。そりゃそうだよな。何が知りたい?」
「教えてくれるんですか?」
「・・・そうだな。・・・だが・・・」
西園寺は迷うそぶりを見せた。
西園寺照政。高校2年生。
亡くなった緑川桜子との出会いは中学生の頃。
清真学園は中高大とあるが、いずれも自主性を重んじる校風である。
とは言っても、中学生には1つの課題が与えられている。すなわち、どこかのクラブに所属するように、と。
ただ、これは複数所属でもかまわないし、入部退部は自由である旨が校則にも謳われていた。自分の好きなものや特技を見つけ育むことが、人生を豊かにする、そういう指導方針の下、少なくとも義務教育である中学生の内はどこか1つ以上のクラブに所属し、そういうものを見つけることが推奨されているのだ。
そうはいっても、学校に縛られたくない人間も少なくない。
幽霊部員に対して寛容なクラブが、そういう者たちからは好まれた。
残念ながら、文芸部はそういう者の受け入れ先の1つとして認知されていたのだ。少なくとも霧隠才庫のデビューまでは。
西園寺もそういう学生の1人として、中学に入ると文芸部に所属した。いやそのつもりだった。
だが、入部届を出しにクラブを訪れたとき、桜子の目にとまってしまう。
小学時代リトルリーグに入って野球少年だった西園寺は、こんがり日に焼けていて、筋肉質だ。背も同学年の中では当時から高かった。
文芸部の部員というのは、どちらかというと小さい頃からインドア派。少なくともいわゆるガチ勢、本気で部活をやる者は色白で筋肉とはほど遠い見た目のものがほとんど。
そんな中、現れた西園寺が目を引いたのは想像に難くないだろう。
とはいえ、西園寺はこの学校の野球部に失望し、帰宅部でいいや、と思っていたところの、入部である。当然、幽霊部員、ときめていたのだったが・・・
「そこのあなた。私たちと一緒に励みませんこと?」
いかにもお嬢様然とした少女に声をかけられた。
何人もの男女が、取り巻き然と少女の背後に陣取っている。
「いや、俺は・・・」
「そうね、けんちゃん。彼のお世話はあなたに任せるわ。」
けんちゃん、と呼ばれた、小学生か?という容姿の少年。
延命賢吾との、それが最初の出会いだった。
西園寺は後で知ったのだが、その取り巻き然とした者達というのは、本当に取り巻きで、彼女は、どうやら大きな企業の創業者一族の一人娘らしい。
鉄道会社を中心として、ホテルに百貨店、不動産なんかを手広く展開するその企業は、この学校にも多大な貢献をしている。また、関連企業は数知れず、子会社孫会社等々は言うに及ばない。
そういった会社の幹部の子が多くこの学校にも入っているのだという。
もともと、金持ち学校としても有名なこの学校である。
社長や企業の役員の子が生徒の大多数を占めている。
忖度、ではないが、親からお嬢様と懇意にするように言い含められたり期待を寄せられている子供達が自然と、取り巻きとして、同じクラブに入部したらしい。
そもそもが、もっと幼い頃から、パーティーだなんだで顔見知りも多かったというのも、理由の1つだろう。
そんなこんなで、普段よりも文芸部の所属は増えている。
そんな中、西園寺はその中心人物たるお嬢様の目にとまってしまった。
以降、本人の思惑とは関係なく、毎日クラブ活動へ行こうと、延命に誘われる日々が、訪れたのだった。
西園寺は、だが、意外に文章を書く楽しさに目覚めていく。
最初は、お嬢様に押しつけられた文芸部の参加だったが、その指導をした延命とともに、気がつくとガチ勢、すなわち文章を書くために入部している部員、として認知されていった。
中学時代からの、この学年のガチ勢は、今も部の中心として残っていた。
すなわち、緑川桜子、延命賢吾、西園寺照政、品川緑子の4人である。
気がつくと、学校では、この4人が常に一緒に行動するのがあたりまえになっていたのだ。
「だからこそ」、そう西園寺は語る。
「だからこそ、緑川桜子が殺されても仕方がないって思うし、その手段としてスズラン毒を用いてもおかしくない、と思っている。」
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