第35話

 苦虫をかみつぶしたような顔っていうのはああいう顔を言うのだろうな、そんなことを思いながら、佐井と名乗ったその警察の責任者の顔を思い出しつつ帰宅した陽介達。

 名は体を表すなんていうが、佐井とは言い得て妙だ、なんてあやめがうれしそうに言うが、これを肯定してもいいものだろうか、と、陽介は少し困った顔をした。


 「まったく、ようちゃんは真面目ねぇ。は悪口じゃないわよ。さいってかわいいじゃん。これを悪口だって言うのはさいに失礼でしょ?あの人はかもしかのようだ、て言ったら褒めてて、さいのようだは褒め言葉じゃないってのは、絶対にさいを差別してます。」

 そんな、変な言い訳?をするあやめに、(でもかもしかって足は太いよな)などと思っているのだから、なんとも似たものいとこである。



 「で、さあ、ファスナーなんだけど、あれどういうこと?」

 帰宅して、当然のように陽介の部屋にやってきたあやめは、間髪を入れずに聞いてきた。しょうもないことをしゃべっていたのは、これが聞きたいけれどさすがに外で殺人事件の話もない、という、一応の常識があってのことだろう。

 グイグイと目を輝かせて圧をかけるあやめに、陽介はやれやれ、と肩をすくめた。


 「あの日、酔って部屋に帰ったのは間違いないでしょ?須東さんの話でははっきりしないけど、ベッドで寝てたってことは、その時点でまだドレスだったと思うんだ。もしくは品川先輩が用意していた寝間着かもしれないけど。この辺聞いたけどあいまいだったんだよね。だから、彼女はしっかりと被害者の全身を見たわけじゃないと思ったし、犯罪とは関係ないって思ったんだ。」

 「どういうこと?」

 「もし彼女が殺したり、隠蔽したりしてたとしたら、当然全身を見てるよね。だから何らかの答えを出すと思うんだ。ドレスか寝間着かってね。本当のことを言うかもしれないし、あえて逆を言うかもしれないし。そこはわかんないけど、覚えてない、わからない、は、答えとして避けると思うんだよね。見てない、ならまだ分かるけどさ。」

 「そう、かなぁ?」

 「そりゃ、絶対とは言えないけどさ。あやふやな答えを言って怪しいと思われるよりも、当たり障りのない質問にはできるだけ答えておこうって心理が働くと思うよ。」

 「ふうん。そういうもの?も、それはいいや。で、なんでファスナー?」

 「ハハ、あやめ姉ちゃんはせっかちだね。えっとね、緑川先輩って服を脱いだら脱ぎっぱなしだったわけ。誰かが片付けない限りはソファだかどこかに投げ捨ててるでしょ?それこそ品川先輩が片付けに入らない限り。」

 「まぁ、そうね。」

 「で、品川先輩が入ったのではないことは、ファスナーが半分空いてたことで分かる。まぁ、品川先輩が半開きで止めて自分じゃないってミスリードしたかったならわかんないけどね。」

 「んー。」


 「まぁミスリードって線も含めて、それならば一つ確実なことがある。緑川先輩は、風呂に入ったんじゃない。誰かが脱がせて風呂に入れたんだ。ここから僕は、これをやったのは少なくとも男だろうって思った。もちろんアスリートの女性なら可能かもだけど、ここにいたのは全員文芸部。正直、力がありそうな人は一人もいなかった。品川先輩も含めてね。服を脱がせるだけなら女の人でもできるだろうけど、意識がない人間を運ぶのは大変だよ。男だってなかなかに難しい。そんなこともあって、一番強そうな西園寺先輩をはじめは怪しんだんだけどね。」

 「はじめは?」

 「うん。あの人いろいろ怪しいし。」

 「どういうこと?」

 「んー。そうだね、隠したいのかさらしたいのかわかんない。ビデオと一緒だね。」

 「分かるように言いなさいよ。」

 「じゃあヒント。あの人は、現場からあるものを持ち去り、あるものをわざわざ持ってきた。」

 「?だから、もったいぶらずに教えなさいって。」

 「うーん。でも推測段階で言うのも、ねぇ。じゃあ、ヒントを上げるよ。はいこれ。」


 陽介はあやめに3枚の写真を渡した。

 1枚はドッキリ時のビデオの切り抜きで、リビングにあるソファテーブルの写真。

 1枚は同じアングルで映っていた、警察の取り調べ時の切り抜き。

 1枚は初めてベッドルームに行った時に陽介がスマホで撮影していた、ベッドに置かれたドライフラワーの写真。


 そうして、写真を持ったあやめを、陽介は部屋から強引に追い出したのだった。

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