第34話

 「ドレス?」

 誰かが聞いた。

 「ええ。緑川先輩のドレス、寝起きドッキリをしに入った映像にも映ってたでしょ?クローゼットの中に。」


 仕事着、として、文章を書いたりするときには、この部では極力コスプレ、もとい正装をするというのが推奨されていた。これは、緑川桜子の敬愛する漫画家だかなんかが、ドレスを着て仕事をすると緊張感があっていい作品ができる、と、公言していたのを真似したから、らしい。

 亡くなったその日も、当然着用していたが、寝るときや風呂に入るとき、くつろぐときは当然、ドレスを脱ぐことになる。


 いくつものビデオを見せてもらった陽介だったが、脱いだ服は2つのパターンでそこに存在した。

 すなわち、開けられたクローゼットに吊るすか、ソファの背に掛けられるか。

 これは部員ならなんとなくみんなが知っていることだったが、桜子は服を脱ぐと無造作にソファなどの背にかける。その放置された服は適宜緑子が片付ける。

 特にしわになりやすいドレスは、きちんとハンガーに掛け、衣類用の消臭剤をまぶした上でクローゼットにかける。乾燥させるためにクローゼットの扉は開けたままにして、風を通させることも忘れない。

 何度も文芸部を訪れてみんなと話をし、聞き知った日常である。


 「あのビデオにはハンガーに掛けられたドレスが、扉の開いたクローゼットに入っている様子が映っていました。西園寺先輩。その違和感にあなたも気づいたんですよね。」

 「・・・ああ。」

 「撮ってるときには違和感の原因までは気づかなかったんじゃないですか。気づいたのは、警察が来たとき、かな?」

 「いや、その前だ。最初に消防とか警察を呼んでいる間、ベッドで寝かせたり4人で緑川のことを見ていたんだ。そのとき部長が先に気づいたんだと思う。俺はその視線を追って、気づいた。」

 「へえ。鶴野部長、そうなんですか?」

 「なんのこと?・・・いや、そうだな。ごまかす方が疑われそうだ。そうさ。ファスナーだろ?品川ならファスナーをきちんと閉める。なのにあのときのドレスはファスナーが半分開いていた。、ピンときたね。」

 「警察が来たときに、なぜそのことを二人は言わなかったんですか?」

 「動転していたんだよ。霧隠先生が殺されたかもしれない、そのことで応対ができる余裕なんてなかったさ。」

 「フン、よく言う。あんた慌てて緑川の親に連絡取ったよな。そのときに、飲酒の末の事故の可能性が高い、単なる突然死ですませられないか?その方が本人の名誉のためにもいい。そう進言していたよな。」

 「それは・・・それは、部を思ってのことだ。合宿で飲酒をしていたことがバレたら、活動休止、悪けりゃ廃部だ。それを阻止したいと思ったからだ。」

 「へぇ。俺はてっきり自分のやったことがバレないようにって工作したかと思ったよ。」

 「どういう意味だ?」

 「さあな。」

 部長と西園寺が険悪な様子になる。


 「まあまあまあ、君たち。その辺りのことも詳しく聞きたいのだけど、今日のところはいったんお開きにしようか。後ほど個別に話を聞かせてもらうよ。とりあえずは延命君。君はもう一度我々に正直に話してくれるかな?知ってることを全部、ね。」

 延命は頷く。


 他の部員は、警察官に促されるまま、連絡先を伝えて帰っていく。

 残されたのは、当日質問を受けた4人と緑川の両親。そして陽介とあやめ。


 警察官達も延命を連れて去って行こうとした。

 と、そのとき。

 責任者らしいずっと話をしていた警察官が振り向いた。


 「そうそう、田宮君だったか。君はいろいろと調べたとか言ってたよね。探偵ごっこのつもりかもしれないが、あんまりかき回さないでくれるとありがたいね。いや。少年達には警察がちゃんと正義の組織だと知ってもらいたいしなぁ。今回はたまたまいろいろ考慮した上で、ちょっと簡易に済ませてしまった。真実も大切だが、いろいろな人の将来、というか、若者の未来にとって、そっちが大事だと思ったからね。だが、こうなったからには、真実を追究するつもりだ。上がなんか言うかもしれんが可能な限りの調査をしよう。ところで、まさかとは思うが、まだこちらの知らない情報を持っていたり、はしないよな。」


 誠実、なんだろうか。

 言い訳、なんだろうか。

 だがすくなくとも、聞く耳は持っているのだろう。

 そう思った陽介は言った。


 「後、僕が知っているのは、霧隠才庫と緑川桜子は作風だけじゃなくて、根本が違いすぎるなぁ、と思えることと、あと一つ。そこのソファのテーブルの下の絨毯を分析したら、コンバラトキシンやコンバロシドが発見されました。まぁ、あっても不思議ではないものではありますが、ね。」

 「コン・・・なんだって。

 「有名な毒ですよ、知りません?」

 「毒だって?!」

 「必要ならその分析データもお渡しします。」

 「あたりまえだ!」


 陽介は小さく微笑んで、頷いたのだった。

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