第39話

 鶴野部長。

 部長と言いつつも、最近では季刊誌に辛うじて寄稿する程度で、ほとんど作家霧隠才庫のマネージャーと化している。

 だが、本人は、何らかの形で有名な作家か脚本家になりたいらしい。

 できれば、推理作家になりたいのだ、という彼の作品は、推理小説ばかりだという。

 推理小説の賞を取り、それがドラマ化される。

 ゆくゆくは2時間ドラマの原作家として、誰でもが知る作家になりたいというのが、彼の夢。


 スズランの花、で、だからピンときた、とは、西園寺の談だ。

 なんでも、中学の時に季刊誌に初めて書いたのが、その名も『鈴蘭の恋(こひ)』。

 漢字を用いたり、恋にわざわざ「こひ」などと仮名を振るあたりが、特殊な年代特有の病いを感じさせるが、彼の夢想はその頃と何ら変わっていない、のだと西園寺は分析する。

 有能な自分が認められるために、今は裏方に徹する、それが彼のやり方だ、そうも西園寺は言った。


 「スズランに毒があり、飾っていた花瓶の水を飲んで死んだ人もいる、というのは、その小説に出てくるんだ。スズランは緑川のお気に入りの花だ。基本、名前にある桜が一番で、同じように白や薄いピンクの花を好んで、飾らせていた。あんな派手な奴だったが、本人は自分がそういう花のように、清楚でしとやかである、と信じていたしな。」

 「それは・・・なんていうか、ハハハ。」

 「これが冗談でも何でもないところがあいつのすごいところだ。で、部長はよくからかって、あなたはスズランのようだ、と言っていた。あの形が可憐で、質素でいながら形を崩さない。芯が通っている、と表向きは褒めていたけどな。緑川以外は、スズランが根も茎も葉も花も、それこそ花粉ですら毒を含む華やかで危ない花だ、と当てこすっているんだ、と分かっていたけどな。といっても、部長は毒花が好きだ、と言っていたから、そんな緑川も好きで、だからあんなマネージャーという名のしもべに徹していたんだと思うけどな。」



 「部長さん、緑川先輩のことが好きだった、ってことですか。」

 「ああ。だと思うぞ。叱責すら喜んでんじゃねえか、って噂されてた。だけど、春休みにちょっと洒落にならないことがあってな。」

 「洒落にならないこと?」

 「ああ。いつもみたいに延命を着せ替えてた時だったな。そこに部長が現れて、出版用の手こいれのことで話しに来たんだ。なんだったら自分がやろうか、と言ってな。そうしたら、あいつ、小馬鹿にして鼻で笑ったんだ。『あんたみたいな無能に任せられるわけないじゃない。そうだ。あんた自分の作品、あちこちに売り込んでいるんだって?ちょっとやめてよね。みんな迷惑してるってさ。才能もないのに私の名前でそんなことされたら、すっごい迷惑なのよ。二度とやらないで。ううん。二度と小説も書かないほうがいいんじゃない?季刊誌もあんたのせいで質が落ちるんだからさ、ねぇみんな?』そんな風に言って、集まっていた奴らと笑い者にしたんだ。さすがにあのときはひどい顔だったな、って延命たちとも話してたんだが。」

 「殺意を抱いていたとしてもおかしくない、と?」

 「少なくとも俺は、可能性があると思っちまった。スズランの花が一瞬人の頭みたいに見えてギョッとしたってこともあるがな。」

 「それで、延命先輩か部長さんのどちらかが、殺人犯なんじゃないかって思ったんですか?」

 「まぁ、そうだ。」



 動機、は皆にある、か。

 そして怪しい動きをした、延命、鶴野。

 だが、延命は違う、と見ていい。

 須東と思い、死体遺棄の工作のみを行った。それで間違いないだろう。

 そこからも、わかること。

 延命が入った時点で、緑川桜子は死んでいた。ベッドで寝るように。


 だったら、いつ死んだ?

 そしてその死因はスズランの毒、なのか?


 陽介は、絨毯についていたスズランの毒が、あのドライフラワーのスズランと同じDNAの形である、もしくは極めて近い組成だ、ということを確認していた。

 そもそもアメリカへ行ったのは、これを調べるためだった。

 絨毯にスズランが落ちていたのは間違いない。

 だからといって、そこから残骸が見つかるかは不明だ。

 水溶液がこぼれて気化していれば可能性はあるかもしれない。

 そう思い、絨毯を少し削って持って行った。ドライフラワーの花一輪とともに。


 とはいえ、そんなものを分析することができるのは、世界広しと言えども、彼だけだろう。陽介は、すぐに、アメリカで研究三昧の友人を思い出した。


 トーマス・ウッズ。

 確か、陽介が大学時代に30歳のバースデーパーティを開いた記憶がある。


 彼はその実力がすごすぎて、の検証ができる。ということで、アカデミア界では異端だ。

 本人はそんなことは気にしていないが、再現できない実験は認められないため、万年研究生の地位から脱出できないのが、大学首脳陣の頭を長年悩ませているところだ。

 何度も言うが、本人は研究さえできればいいのであって、予算が出るなら研究生の方が教授よりもずっと自分の研究にかかり切れるのでうれしい、と公言してはばからないのだった。



 そんな神の手を持つ研究者が、絨毯に付着したものとドライフラワーのスズランの成分は同一または極めて近似である、と結論を出した。

 おそらくは水溶液がこぼれたのであろう。

 だからといってその水溶液を緑川が口にしたかどうかは分からない。

 すでに遺体がない以上、検証は不可能だろう。


 陽介はそんな風に考えを巡らすのだった。

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