第19話
「あの、緑川さんのこと、聞いてもいいですか?」
衝撃の事実を知った二人だったが、そもそもここに来たのはあの日のできごとをもう少し知りたいと思った好奇心、もとい、緑川桜子の無念を晴らすため。
頼りの従兄弟はふらっといなくなってしまったが、その原因はこの件であるはず、と信じたあやめは、少しでもあの日のデータを集めようと、ここ、文芸部の合宿所を頻繁に訪れていた。
最初は、脚本を書く人たちのイメージ作りに協力をしていた彼女だったが、期日を間近に迎え、今は、資料片手にパソコンに向かう者がほとんど。
この脚本コンペに参加しない者も部長をはじめとしてそこそこの人数がいるため、桜子の部屋を借りて、雑談という名の聞き取りをさせてもらうことにしたのだった。
「ああ。君たちはそれについて知りたくてきてるんだろう。」
鶴野部長が言う。
面倒がっているのを隠そうともしていないが、それは仕方がないだろう。
彼の心情など気づいていない、そんな風に大女優あやめは、屈託のない笑みを浮かべて、「やっぱ、分かります?」などと答えた。
「はぁ、君がしつこいのは分かった。いや、分かってたよ。荒川から聞いてね。役についても、うるさいぐらい質問や意見を言うから、演出は大変だ、って話だが。」
「いい物を作るには、表現の前に理解と共有が大事だと思ってるので。それに、緑川さんに捧げる芝居にするのなら、彼女の死を乗り越える必要があると思います。それには真実を知ることが一助になると思いませんか。」
詭弁である。
新しい脚本と、桜子の死に、関係はない。
だが、それをまるで真実であるかのようにこの場にいる者大半に感じさせたのは、彼女の女優力のたまものか。
集まった人々の目に協力しようというような思いが点るのを、部長は忌々しく思ったようだが、それに異を唱えはしなかった。
反対がないようだ、と感じたあやめは、早速時系列から聞いていく。
いろんな話が出て煩雑ではあったが、それをまとめると以下の通りだ。
まず、通常合宿所では19時に夕食である。
毎日1年生によって、必要な人数分用意される。
基本的には前日までに、部のSNSにある出席表に記入するのだが、この人数が参考にされるらしい。ちなみに、この出席表は合宿所に泊まる人数を把握し部屋割りを行うためのものであり、固定の3人以外は毎日変わることになっていた。
食事は日によって、ケータリングだったり自炊だったり。
個人の持ち込みもOKであるが、同じ部の学生がともに泊まるのだ。結局毎日宴会のようになる。
そもそも緑川桜子が宴会好きで、彼女が参加するのに宴会に参加しないで許されるのは品川緑子ぐらいであったらしい。
ちなみにこういう合宿が始まった初期には品川緑子も参加して、自分は食べずに桜子のサーヴに徹していたらしい。その際、食わず嫌いやマナーの指摘、特に飲酒についての発言が気に入らない桜子に
「一緒に食べないなら宴会に出ずに一人で食べなさい。」
と皿を投げつけられたらしい。
その後、当時の部長の命令で、緑子は一人部屋で食べるようになり、今に至る、ということのようだった。
その日、ゴールデンウィーク中にあるその日は、満室だったという。
2人部屋で約40人が参加していた。
部員は女子が多く、男女は別部屋になるため、出席表は早い者勝ちで埋まっていくらしい。それでも個室の3人は別枠ではあったが。
当日。
その日も19時から食事が始まった。
その日はピザ屋から運んだ食事で、いつものように1回目の皿に桜子の分をサーヴすると、緑子は自分の分も同じように皿に盛り、自室へと行ったのだという。
緑子のように何人かは食事を自室に運び込んだらしい。
昔と違って、桜子も最近は同席を強要することは減っていた。というよりも、お気に入りさえ侍らせていたらいい、という感じで、むしろ気に入らないと思ったら退席を促すことも多く、執筆目的で部にいるような者は、早々に自室での飲食や、仲の良い少人数での部屋での飲食を行うようになっていたらしい。
ということで約半数が宴会に参加していたと思う、そう、彼、彼女たちは言った。
その後は、一人、二人と、抜けていく。
20時20分頃。
桜子の部屋に緑子が向かうのが日常。
ちなみにこのフロアーの各部屋はキーがかけられていない。
誰でも出入りできるようになっており、セキュリティ的に問題があると思われなくもないが、ここは桜子の独壇場。彼女の意に染まぬ戯れがあれば、部どころか簡単に退学になるであろうと恐れられており、彼女が「面倒だから全部鍵はなしね。」と初日に言ったことが、ずっと守られているらしい。
ちなみに別フロアーからここの階に出入りすれば警報が鳴り警備員が駆けつけることになる。ここに出入りできるのは、清真学園の学生証があるものだけである。
この緑子の訪問は、桜子の寝支度のためで、パジャマを用意したり、飲んで帰ってくる桜子のために水差しに水を入れて冷やしたり、湯船にお湯を溜めたりするのだという。
とはいえ、湯船にお湯を張るのは、この時間に桜子が帰っている場合のみだったらしい。というのも、戻ってきた時間が遅く冷めてしまったことがあり、そのことに切れた桜子が、不在時のお湯張りは不要、と怒鳴ったからだとか。
いずれにしても、この桜子の部屋を訪れる時間は正確で、彼女が部屋を出たのを確認して、慌てて部屋に戻る者もいるのだとか。
ホテルの仕様上、真ん中に直線の廊下が走っているため、開け放された共有スペースの扉から、かすかに奥の方で移動するのが見えるため、その日も彼女の遠景を確認した誰かが、「もうすぐ8時半だ。」と言いつつ、さらに人数を減らしたらしい。
21時少し前。
残る者もそろそろ10人を切った頃。
その日の話題は演劇部の脚本の話で持ちきりだったらしい。
桜子は脚本を現代ものにするつもりだったのだが、緑子が大正時代を推しているのだ、などど少々不機嫌だったそうだ。
なんだかんだで緑子の意見をよく聞くな、と、いう話になり、緑子のファンとアンチが主張し合う、文芸部のこの時間ではよくある光景が展開。
こういうときになると、桜子はよく中座する。
その日も、
「疲れたから部屋で休むわ。その話し終わったら呼んで。」
などといいながら、自室に戻ったのが21時少し前だったという話だった。
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