第18話
その夜。
自身の父を通して、叔父へと連絡を取ってもらったあやめだったが、さらに1日後、陽介の消息をしることができた。
「陽介はどうやらアメリカにいるようだ。」
「え?どういうこと?」
「なんか大学の友達のところに会いに行ってるらしい。頼み事があるとかでな。」
「じゃあなんで電話にも出ないのよ。」
「麗香ちゃんの話しだと、中身を変えてるらしい。SIMなんとかっていうのを替えてるとか言ってたな。まぁ、あの子の場合は出席日数も実質関係ない。昔っから一つに集中すると他が見えなくなるからね。天才故の病気みたいなもんだ。あんまり怒ってやるなよ。」
「う、うん・・・」
あやめの父によると、陽介は合宿所に行ったその夜、父から与えられている家族用のクレジットカードで飛行機を予約、翌日早朝の便でアメリカへ発ったことが、クレジットの履歴で分かったのだという。
そこで、アメリカ用の電話をかけると連絡が取れたのだそうだ。
アメリカで汎用性の高いSIMに差し替えるのは常のことで、こちらの電話しか知らないあやめたちが連絡を取れない、など、考えもしていなかったらしい。
あやめは、彼が無事だと聞いてほっとするとともに、そのフットワークといい、SIMの差し替えが普通のような生活を送っていることといい、そんなことをいとも簡単に行う従兄弟が、やはり何かが自分とは違うのだろうか、と、もやもやした気持ちになるのだった。
結局、その週は陽介が帰国することはなかった。
連絡すらもよこさない陽介に、内心いらいらしつつも、あやめは通常の学生生活を送っていた。
演劇部としての練習とともに、時折は文芸部へも顔を出す。
そうして、多くの脚本家と好みやできること、他の配役について、等々、問われるままに語ったり、話し合ったり。
試験前1週間はまもなくのため、日々日々、空気は緊張していくようだ。
「だから、僕、いや俺は違うんだって。こんな顔でも、好きなのは男じゃない。当たり前だろ!」
ある日、あやめが果鱗を伴って合宿所へ行くと、そんな大声が聞こえてきた。
二人顔を見合わせて、共有スペースへと小走りで向かうと、そこでは延命と須東が何やらもめているようだ。
「どうしました?」
顔なじみになった少女に、あやめが問う。
「ああ、田宮さんいらっしゃい。いやね、須東ちゃんがしつこく延命君と西園寺君をくっつけようとするから、ね。」
と、他の文芸部も話に加わってきた。
「あの二人が本当に恋人だ、って信じてるのはあの子ぐらいだからね。もともと緑川さんが見目がいいからあなたたちカップリングなさい、とか言って、自分の作品のネタにしたのが始まりだもの。」
「え、そうなんですか?」
「そうそう。あの二人も気の毒よねぇ。緑川桜子名義のBL、えっぐいから。」
「そうよねぇ。あの身持ちの堅い猿飛佐助の反動だ、なんて言う人もいるぐらい。ほんと、おんなじ人が書いてるとは思えない鬼畜度だもん。天才って突き抜けてるっていうか、ねぇ。」
「やっぱり有名になる人って、普通の神経じゃないのよ。」
こそこそと内情を次々に教えてくれる文芸部員に、ちよっぴりイラッとするあやめ。あなたたちだって、彼女が生きているときはずっと持ち上げてたのに、死んだ途端陰口じゃ、緑川さんも浮かばれないわ。
それにしても、人前でやる大げんかにしては、ちょっとねぇ・・・
「延命はわざとだよ。」
自分の思考に陥っていたあやめの頭上から突然そんな声がした。
見上げると西園寺が立っている。
「西園寺君。」
「あいつあんな外見で、結構硬派なんだ。だけど、緑川の小説のせいでそんな目で見て、わざわざ俺とあいつを見るためにこの部に入った奴もいるしな。男同士なんて何か面白いのか知らんが、小説のモデルがいるからと、何かを書くでもなく入部してるやつがいる。そんな奴らへの牽制でもあるんだ、あれは。」
「うーん。僕としてはそれなりに広告塔になってくれるとありがたいんだがね。あ、いらっしゃい田宮さん実川さん。」
そんな西園寺の後から現れたのは部長の鶴野だった。
「商売カップリングだって言いふらすから、部員が半減だよ。」
「どうせお荷物が減っただけでしょ。」
「部費の調達は部員の頭数なんだよ~。」
部長の話を聞いて、フン、と西園寺は鼻をならす。
「好きな女が自分のことをゲイだって喜んでいる姿を見て平気でいられるあんたは物書き失格じゃないか?」
「痛いところをついてくるねぇ。たしかに創造性については君らに負けるが、マネージメント力がないと読者はつかないんだよ。」
「フン。」
部長と西園寺の話しに目を丸くする演劇部二人だったが、西園寺の言葉に引っかかりを覚え、思わず口を挟んだ。
「え?延命先輩って好きな女子がいるんですか?」
「その好きな子ってもしかして・・・」
「ああそうさ。延命は須東のことが好きらしいってのは見れば分かるさ。」
衝撃の事実に演劇部の二人は顔を見合わせたのだった。
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