第17話

 週明け昼休み。


 「あれ、ようちゃんは?」

 今日も下級生の教室にやってきた田宮あやめは、後輩の実川果鱗を捕まえて聞いた。

 「え?田宮君お休みですよ。知らなかったんですか?」

 「ええ。昨日から電話も出ないし、どうしたんだろう。」

 「あれ?なんか一緒に文芸部の合宿に行くって言ってませんでした?」

 「あれは一昨日。夕方別れて、そのまま・・・って、あの子何してるんだろう。」

 そう言いながら、電話をするあやめ。

 しかし、やはり出ないのか、少し怒った顔で電話を切る。


 「あの、先輩?寮にもいないんですか?」

 「それはまだ。男子寮だし面倒よねぇ。」

 「誰か男子にお願いして見てもらいます?」

 「んー。放課後までに連絡取れなきゃ、考えてみるわ。」



 その放課後。

 結局、学校にも連絡がなく、演劇部部長を連れ出して、陽介の寮へと訪れたあやめと果鱗。

 管理人にも訳を言って、部屋へと入れてもらう。


 決して広いとは言えない部屋。

 だが、勉強用の机に本棚、ベッドにクローゼットぐらいは揃っている。

 一人部屋で清潔感はあるし、学生寮としては十分なものだろう。

 が。


 「何にもないわねぇ。」

 「でも本棚はいっぱいですよ。」

 「てか、全部英語の本ばかりじゃないか。」

 「英語だけじゃなくて、ドイツ語も多いみたいですよ。あの子、天才だから。」

 「あぁ、IQ160。」

 「そうなのか?」

 「ええまぁ。アメリカで大学も卒業してるんですよね、13歳で。なんか籍は残ってるとかなんとかよく分からないですけど。」

 「それは・・・すごいな。」

 「すごいんです、うちの子。でもこのもぬけの殻ってどういうことよ。」

  いらだつあやめに、果鱗と荒川は、なだめつつも、本当に何もないな、と部屋を見渡す。


 あるのは、本棚の中の外国語の難しそうな本と、クローゼットに制服、そして机にかけられた制鞄。少量の衣類程度か。

 パソコンすらも、そこにはなかったのだ。


 「どうする?警察に届けるか?」

 あやめの様子に、部長が聞く。

 「ううん。あの子のことだから、大事ないとは思います。あんまり私物ももたない子だし、パソコンがないのが気になるくらい。でも、パソコンはうちに来るときも持ってくるから、逆に自分で何か思いついて遠出してるんじゃないかって思います。」

 「そっか。じゃあ、しばらく様子見か?でもあんまり長く不明なら、警察に届けることも考えないとな。」

 「分かってます。おじさん、ようちゃんのお父さんに心当たりがないか聞いてみます。あんまり心配はかけたくなかったんだけど。」

 「いや。早く連絡とるべきだよ。とりあえず今日のところは帰ろう。僕が文芸部にも心当たりがないか聞いておこう。最後に行ったことが分かってるのはあそこの合宿所なんだろ?」

 あやめが小さく頷く。

 「田宮君大丈夫かなぁ。その・・・文芸部の緑川先輩の件で動いていたんですよね?その、病死じゃないかもって。」

 果鱗が申し訳なさそうにそう言った。


 文芸部のことを見に行って、その日のうちに消息を絶った陽介。

 合宿所で、事故だの事件だの、と口にしていたのをあやめは見ていた。

 もしあれが殺人で、犯人に連れ去られたのだとしたら、そんな嫌な憶測をあやめもしないではなかった。

 あの子は聡い。

 何かあってもその頭で切り抜けられるはず。


 実際、その才能を巡って、彼が怪しげな組織に連れ去られたことは1度や2度ではなかった。日本でいればそんなことは考えもしないが、一歩海外に行けば、天才の子供は需要がある。詳しいことは子供のあやめにまでは教えられなかったが、陽介が何度かさらわれたり、さらわれそうになったりしたのだという話しは聞いていて、時にはSPがついたりもするのだという。

 あんな一見のほほんとしたおっとりした子だけど、普通の子とは違う経験をたくさんしている。

 だから、こんなことぐらいで騒ぎ立てることじゃない・・・

 あやめは自身にそう言い聞かせ、平静を保っていたのだが、果鱗の言葉にぐっときてしまい、うっすらと目に涙が浮かぶ。


 「あ、ごめんなさい。先輩泣かないで。」

 「私こそごめん。大丈夫よ。あの子あれで修羅場も慣れてるしね。友達とこに遊びに行ってた、とか言ってけろっと帰ってきそうだもの。そうしたら無断外泊と無断欠席で、たっぷり叱ってやるんだから。そのときはりんちゃんも一緒にお願いね。」

 「はい。」


 その日は、彼がいないことだけを確認し、それぞれ帰宅したのだった。

 

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