第46話
「でもどうして、あなたの作品が緑川先輩のものになったんですか?」
陽介は、静かに質問した。
「それについては、俺が言うよ。」
静から首を横に振るだけの緑子を庇うように、西園寺が一歩前に出た。
「僕も。」
そのとなりに延命が並ぶ。
二人は、互いに目配せし、西園寺が口を開いた。
「霧隠才庫の書籍化が実現するまで、文芸部って幽霊部員をやりたい人の受け入れ先で、活動もほとんどしてなかったんだ。有志が季刊誌を書くぐらいで。」
「だけど、僕たち、つまり僕と緑川、品川、西園寺の4人は、一緒にWEB小説を書こう、ってなって、互いにフォローし合いつつ、評価も入れたりしてたんだ。これは僕らが始めたってわけじゃなくて、当時の部長とか先輩達がやってたことなんだけどね。」
「部内で相互フォローしたりして、評価もしたり。ランキングが出ると誰が上だとか下だとか、俺もそれではまったがあるな。」
「互いに評価入れるから、ランキングも全体的に上がるし、楽しかったんだけど、そんな中、GreenRiverBaby宛に書籍化の打診メッセージが届いたんだ。4人で机を合わせて部室で書いてたときで、品川が『え?』って言って、それでみんなで集まって、本物か?とか、むちゃくちゃ盛り上がったんだけど・・・」
二人は、緑子に目を向けた。
彼女はうつむいて、その表情は分からない。
「嘘かほんとか。ためらってる品川に、あいつやりやがったんだ。書籍化の打診があるので出版社に正確なプロフィールを送りたい。そんなメッセージに、緑川は自分のプロフィールを入れて、返信しやがった。」
「GreenRiverBabyですと返信してきた人が緑川という人物なら誰もおかしいなんて思わなかったんだろうね。そのあとは、緑川がメールでやりとりしてたんだと思う。僕らがどうなったのか知ったときは書籍の発売が決まった後だった。」
二人の話に動揺が走る。
「それは、本当か?」
ひときわ大声で聞いたのは、桜子の父だった。
緑子の両肩をつかみ、激しく揺らしながら、怒ったように言う。
「言いなさい。本当なのか?」
小さく緑子が頷いたのだろう。肩から手を離した父は目を手で覆って「なんてことを。」と小さくつぶやいた。
「なんで言わなかったんだ。」
嘆く緑川の父と、声を出して泣く母。
「緑子。なんで、なんでだ?それは違うだろう?たとえどんな関係だとしても、人の成果を取り上げて自分の物にするなど、そんなばかなこと・・・なんで言わなかった。拒否しなかったんだ?」
緑子は、小さく微笑んだ。
「おじさまが、私を桜子さんと同じように大切にしてくれているのは分かっています。でも私にはご恩があるんです。緑川家はもともと私の両親の上司で、言ってみれば私は家来の娘。それなのにご子息と同じように扱ってもらうなんて、忘我の大恩です。だから私は緑川の家のお力になる。そう生きるとお世話になると決まったときに決めました。私が書いた物がお嬢様のお役に立つなら、それはそれで本望だ、そう思ったから・・・」
戦国時代や武士が好きなのは、根っからなのか。
こんな時代錯誤の考え方が、彼女の中心にあるのならこういう判断もやむなし、だったのだろうか。そもそも、当時中学生。思い込みの激しい年齢でもあるし、自分が役に立たねば、という思いの強かった時代でもあったのだろう。
当然、延命や西園寺は批判したようだ。
霧隠才庫は品川緑子だ。なんで平気で自分のものにする?と。
だが、本人2人が納得していること、それを見せつけられ、霧隠才庫は緑子であることは秘密にする、ということを最終的には容認したのだった。
とはいえ、プロの作家になれば、イベントなどに呼ばれたり、マスコミのオファーがあったりもする。その際、内容についての説明やら、その背景に話が及ぶことも多い。そこで自然にその答えは緑子が対応できるように、と、桜子はシャイで無口な深窓の令嬢というキャラを作り出した。すなわち、質問に対しては、桜子が緑子に耳打ちし、緑子がそれを代わりに口に出す、という形で応対をしたのだ。
これが受けてしまった。
その容姿と態度で、一気にバズってしまった霧隠才庫という存在。
書籍化といっても、1冊で終わりだろう、そう思って軽い気持ちで自分の名で返信した桜子だったが、一気に人気作家になってしまったのだ。
霧隠才庫のその他の作品が、各種出版社からオファーされる。
そうして、美人でお金持ちの少女作家は誕生したのだった。
こうした話が、延命・西園寺両名から、とつとつと語られる。
部員の中には薄々感じていた者もいたのだろう。
やっぱり、というささやきも少なくない。
霧隠才庫に憧れて入部した者たちは、「嘘?!」と驚きを隠せない。
桜子の両親は、何度も緑子に頭を下げる。
そんなカオスな状況の中、陽介は言った。
「霧隠才庫を緑川先輩にあげてもかまわない、そう思っていたのに、どうしてでしょう?なぜ、毒の水を用意したのですか?」
再び、周囲がぎょっとしたのだった。
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