第45話
「霧隠才庫、ていうペンネームですよね。これ、なぜ『こ』に『庫』の字を使ったんでしょう?」
ざわつく皆に、また、陽介は質問を投げかける。
「女の人だから『こ』にしたんだろ?霧隠才蔵をもじっただけだよな。」
うんうん、と、皆が頷く。
忍者の話だから有名な忍者をもじったペンネームを考えた。女の人だから「こ」をつけた。だけど「子」だとつまらないから「庫」にした。
そんな話が口々に出てくる。
「でも『こ』という漢字ならいろいろありますよね。個、弧、小、故・・・湖なんてどうですか?耽美じゃないですか?」
陽介はいろんな字を上げていく。耽美が何かわからないがきれいな意味を持つものもあるぞ、と例を挙げてみる。
部員達は、さらにこれもある、あれもある、と、互いにいろんな「こ」と読む字を上げているが・・・
「僕は霧隠才庫の『こ』は『庫』である必要があったんだと思ったんです。庫という字は車庫とか倉庫とか、物を入れておく場所を表します。一方元々の霧隠才蔵。『ぞう』の字は見て分かるとおり蔵です。女の人っていう音を表す『こ』の字にあえて『庫』を使うことで蔵を連想する、そうやってこの字にしたんじゃないでしょうか。少なくとも、くノ一が女を解体したが故に女でない者だ、とか、女の中にくノ一が隠れているとか、忍びはしのぶものにして刃の心を持つ者であり心は刃に潰されているなんてことを書く人に似つかわしい文字選びだって思いました。」
ほー、とか、なるほど、などの声が漏れる。
そんな中、ポロリ、と涙を流す者がいた。
「そうですよね、品川先輩。」
陽介の言葉に皆が緑子を見た。
彼女は無表情のままに空中を見ていた。
一筋こぼれた涙に、本人が驚いているようだ。
その姿に、そこにいた全員が息をのんだ。
「・・・作品に似つかわしい名前だと言ってくれた人はあなたが初めてです。」
そうして、涙を流したまま、にっこりときれいに笑ったのだった。
「GreenRiverBaby。だったらここにももう一工夫ほしい、そう思いました。緑川のBabyでは、率直すぎて逆に違和感があった。仮に桜子の『子』をBabyが表していて、かわいこちゃんの意味も含むダブルミーニングとして捉えたとしても、です。」
どうぞ、と緑子は先を目線で促す。
「品川緑子。先輩の名前にも川と緑、そして子があります。」
そう言えば、などと周囲が湧く。
きっと、緑子はみんなに「品川」と認識されていたのだろう。だから「緑」という単語に反応されなかったんだ。
そもそもが、桜子のおまけのように存在していた緑子だ。その立ち位置からも出しゃばるようなことはしなかっただろうし、積極的に誰かと交流するような環境に自分を置くこともなかったのだろう。
そうであれば、品川の川でRiverなんて発想は起こってこない。
それこそ、石川、田川、川谷、川田等々、川のつく者など山ほどいる。当然この文芸部にも数名いるのだから。
「四文字中3文字もあなたの名前の文字が使われています。それに、Baby。そのまんまの意味で嬰児、を暗示したのではないですか?『みどりご』から『みどりこ』。こっちの方がダブルミーニングっぽいです。」
陽介はにこりと、緑子に笑いかけた。
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