第27話

 桜子のことをもっと知りたい、そんな風に言って、須東から手に入れた古い季刊誌。桜子のサイン入りのそれは、須東がこの学校への編入を決めたものだという。

 3冊あるから使用可のを貸してあげる。

 そんな風に言われて苦笑したことを思い出す。

 1冊は使用用。つまりは読むためのもの。

 1冊は飾る用。

 1冊は保存用。

 それが常識、だそうだ。

 彼女は、この季刊誌以降すべての季刊誌を同様に三冊ずつ手に入れ、すべてに桜子のサインをもらっているのだという。


 サイン。

 ここにも桜子のこだわりがあるらしい。




 編入前。

 須東がまだ霧隠才庫というWEB作家に憧れていただけの頃。

 当然ファンとしてGRBの名は知っていて、SNSの噂でこの学校の季刊誌に作品がある、と知って手に入れたものだった。

 本名で書いているらしいその本名は「見れば分かるw」というSNSの書き込みだったが、すぐに「緑川」の名を見つけて納得。

 だが、あまりの内容に、衝撃を受けた。


 彼女の知っている霧隠才庫。その大好きな物語は、猿飛佐助に転生した女の子が、決して諦めず流されず、動乱の時代を機転と転生チートで生きていく物語。彼女の心の動きが、負けない心がまぶしくて、大ファンになったのだったけれど・・・


 季刊誌のは衝撃だった。


 主人公はただただ流され、虐げられ、うつろに生きている。

 中学生の須東には、その生々しい描写は刺激的すぎて、何が何やらわからないものだったけれど。


 そこは大人の世界で・・・

 真実の世界だ、そう思った。

 ガツンと頭を殴られたような衝撃。

 そして・・・

 人は頑張ったところで結果は見えてる。

 ただただ流される。それが人生だ。

 諦めて絶望して、でもその先に真実の愛があるんだ。

 そんな風に生きるのが美しい、そう思った。

 彼らの営みが美しい、そう憧れた。


 女であることを使った仕事を否定して、男として生きる佐助はまぶしすぎる。

 男でも流されて搾取される彼らが、むしろ好ましく思えた。


 でも、どっちも、すごい。


 この両者を書き分ける先生はもっとすごい。

 この人についてもっと知りたい。


 そうして季刊誌を抱いて、文芸部の門を叩いた須東。


 「サインをお願いします。」

 「ええいいわよ。はい。」


 季刊誌に書かれたのは、緑川桜子の文字。


 「えっと・・・霧隠先生ですよね。その、霧隠才庫ってサインも・・・」

 「いやよ!私は桜子。緑川桜子なの。その作品はね、桜子として書いてるんだからね。そんな美しくない名前はそこには載せちゃダメなの。」


 その返しに、再び感動する須東。

 なんというこだわり。

 すごい。

 この人について行こう。

 そして、その季刊誌は、彼女のバイブルになった。


 陽介が、このサイン入りの季刊誌を手に入れるために聞かされた話である。



 「ハハハ。それじゃあ、試験終わったら返すから。」

 そう言って陽介はサイン本を預かる。

 その目は、桜子のサインをジッと見つめていた。

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