第25話

 「よ・う・ちゃん!おっ弁当だよっん。」


 昼休み前。

 チャイムが鳴って、先生への挨拶が終わるか終わらないかの時間。

 陽介のクラスに、そんな声が響いた。


 「ちょっとちょっとなんですかねぇ。勝手に人のクラスに入ってきてなれなれしくうちの田宮君、誘ってんじゃないわよ。」

 それにお怒りモードで答えたのは、実川果鱗だった。

 果鱗に続いて、わらわらと彼女に向かうクラスメート達。ほとんどは野次馬ではあったが。


 「なぁに言ってるのよ、果鱗っち。私とようちゃんの仲だしぃ。一緒にお弁当食べようって誘いに来たんじゃない。もちろん私の、て・づ・く・りっです、キャッ。」

くねくねしながら答えるのは須東奈緒。別のクラスの同学年。

 彼女は、内部生にとっては有名人だそうだ。

 なんせ、同学年でたった一人の、「転校生」なのだから。


 ヒューヒュー、と吹けない口笛を吹く者やら、「リア充死ね。」とからかう者。先起こされたと泣き真似をする者もいれば、果鱗と同調して須東に文句を言う者。

 一瞬、小さなカオスが生まれた。

 当の本人を他所に、騒然としているとはいえ、本人はのほほんとしている。


 「それはどうも。でも、僕、家からお弁当持ってきてるから、他のお弁当がない友達を誘ってあげてね。」

 そう言うと、やおら弁当の包みを開けて、昼食のセッティングを始める。


 一瞬の間。


 いやいやいやいや・・・・

 声にならない突っ込みが、クラスを包む。そうじゃないだろう?


 が、一番早く立ち直ったのは、そんな彼の言動にちょっとは慣れてきた果鱗だった。

 「あ、田宮君、隣いいよね。きよ、悪いけど机借りるよ。あんた学食だよね。」

 さっさと、田宮の隣の机を横にくっつけて、どしんと座る。きよ、と呼ばれたその席の持ち主も、ああ、と言いつつ学食へ走り去った。


 それをきっかけに、わらわらと解散し、思い思いの昼食の場に移動するクラスメートたち。

 多少、数人の女子と、自分のクラスで食べろ、ともめていた須東だったが、気がつくと、陽介の前の席をくるりと反転させて、ちゃっかりと同席していたのだった。



 果鱗と須東が、変な牽制をしつつ、弁当を完食した陽介達。

 食べ物がそれぞれなくなって簡単に片付けをし、お茶をゆっくり飲みはじめたのを機に、須東が猫なで声を出した。


 「ねぇ、ようちゃん。今朝入稿締め切りだったんだけどさぁ。もちろん、だったんだよ。ほら私とようちゃんの仲だしぃ。絶対私のに一票入れてよね。ようちゃんの役、絶対似合うと思うからさぁ。今年のコンクールのVIP間違いなしよ。」

 「なんのこと?」

 「だから、今日からクラブ禁止期間でしょ。例の脚本の締め切りだったの。」

 「?僕、関係ないよね?」

 「なぁに言ってるの。私とあなたは一心同体。ともに世界をつかむんでしょ。目指せ霧隠先生!目指せスピル○ーグ!」

 「はぁ?あんた何言ってんのよ。ひょっとしてあんたお弁当賄賂にうちの田宮君の清き一票を、ううん、主役だってんなら普通の部員一票以上の価値を、もぎ取ろうなんてせこい考えでここにきたの?っ。さいってい!」

 「はぁ?モブは引っ込んでな!たかがたまたま同級生なだけのが口挟んでんじゃないわよ。」

 「はぁ??ねぇ、聞いた?聞きました?ほんと、お里が知れるってもんよねぇ。田宮君、こんな野蛮な人の話、聞く必要はないわよ。田宮先輩にもお話ししなくちゃ。」


 二人の話に聞き耳を立てている同級生も、思わずこの3人を見た。

 割と温厚な生徒が集まるこの学校で、これだけの言い合いも珍しい。

 間に挟まれている少年は、困ったような顔をして、ため息をついた。


 「あのね、二人とも、ちょっと落ち着こうか。」

 半分腰を浮かせて言い合う少女達に、柔らかに言う。

 はっとした表情を見せた二人は、互いの顔から目をそらしながら、深く席に座り直した。


 「ハハ、まず須東さん。あのね、僕には脚本をどうこう言う立場なんてないよ。だって、演劇部員じゃないからね。」

 「「え?」」

 これには二人とも驚く。て、ずっとそう言ってるよね、考えておくって。

 「で、でも、この脚本見たら、エイジの役はりょうちゃんしかない、って分かると思うんだ。」

 「そう。だったらその時点でその脚本ダメじゃない?そもそも僕は演劇なんかしたことない。あぁ、一度エレメンタリースクール、こっちでいうと小学校かな?でまねごとをしたぐらいだからね。だから、コンクールなんて出れるわけないし、こんなのがいい役で出たら、今まで頑張ってきた人たち、たとえば実川さんだって立場ないでしょ?」

 「いや、私は田宮君の芝居みたい派だから、別に・・・」

 「フッ。実川さんは優しいからね。でも普通に考えてド素人がしゃしゃり出たらいやでしょ?」

 「ま、まぁ・・・」

 「そういうこと。まぁ、僕は部長さんと実川さん、あやめ姉ちゃんしか部員の人、知らないからわかんないけどさ、そのエイジだっけ?できる人がいるんじゃないの?そうでないなら採用されないだろうし。」

 「でも私はようちゃんにやってほしくて!」

 「うーん。その時点で無茶じゃないかなぁ?」

 「いいえ。耽美は9割外見よ。それにあなたに才能があるのは間違いないもの。黄金期の再来でしょ?」

 「あのね、親は親、僕は僕だよ?」

 「でも!」

 「とにかく僕は出ない。」

 「ダメ!あなたが出ないと始まらない。ビビッときたのよ。あなたこそBLの申し子だって。ビビッていう感じは絶対大事にしなきゃダメ。霧隠先生の教えよ。私は先生を継ぐ。そして偉大な先生の功績を世間に知らしめたいの。」

 「はぁ。なんて言うか、そこまで何かに夢中になれるのはすごいことだと思うよ。でもね、そこまですごいかなぁ、あの人。特にBL?僕には分からない世界だ。」

 「何を言ってるの?だってあの霧隠才庫先生が、よ。あれだけの才能を持って緻密に言葉遊びをする先生が、BLでは言葉遊びはせずに独特の世界を創るの。WEBで先生のファンになって、季刊誌を手に入れ、初めて読んだときは驚いたわ。これだけの違う世界を創り出せる。これが才能と言わずなんなの?しかも先生の真骨頂はBLよ。先生もおっしゃってたもの。これが理解できる人ばかりじゃないのが寂しいけど、今の時代商用で成り立つのは、あんな作品なのよね、って。だから私は先生のようにBLに命を削ることにしたの。そのためだったら、どんなことでもしようって、ね。」

 語るうちに自分に酔ったのか、拳を握りしめて、キャラまで変わって熱弁する須東。


 確かに、全然違うよな、そう陽介は思う。

 硬派と軟派。

 緻密と感覚。

 言葉や文化を愛するのが見え隠れするものと、むしろ崩すことに力を入れるような文章と。


 それにしても、と、陽介は思う。

 「それにしても、須東さん。季刊誌を見て、よく緑川先輩が霧隠才庫だって分かったよね。君が言うとおり、まるで別人なのに。」

 「そんなの当たり前でしょ。だって、霧隠才庫はデビューが決まってから改名した名前だもの。それまではGRB。GreenRiverBabyってペンネームだったの。」

 「GreenRiverBaby?緑の川の赤ちゃん?」

 「そ。緑川のベイビー。ベイビーはかわいい子って意味もあるんでしょ?まさに緑川桜子その人だもの。」

 彼女曰く、ファンの間ではこれが常識で、自分の名を大切にする彼女らしいペンネームだと評判だ、とのことだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る