第13話

 そこは、リビングとベッドルームの2部屋に、水場の3部屋からなる部屋だった。水場はガラスの壁で区切られたバス・シャワールームと、洗面台が2つある脱衣所になっている。そして完全に独立したトイレ、とまぁ、立派なホテルのスイートルームである。


 ベッドルームはクイーンサイズのベッドが2つ。

 全体に白を基調とした明るい部屋だが、なんとなくもの悲しく感じるのは、主がいないせいか、それとも白が寒々しく感じるからか。


 部屋に入ると、優しい香りが鼻をくすぐる。

 リビング窓際に飾られた花瓶がその元であるのだろう。

 ここにも、仏壇の前に飾られていた同じ花が、白い花瓶に活けられていて、部屋の色に溶け込んでいた。


 ベッドルーム。

 その1つのベッド、窓際のベッドの枕の上に、傲然と微笑む少女の写真。

 その前に、乾燥した花束が置かれ、ベッドに捧げられているよう。

 ここが・・・

 そう思い、あやめが、そして陽介が手を合わせ、頭を垂れた。


 「まだ置いてる。」

 そうやってお祈りをする背後で小さく、イラッとした声が聞こえた。

 「えっ?」

 思わず振り向く二人に、キッと花束を睨む少女の姿が目に入った。


 「だってそうでしょう?ドライフラワーを置くって非常識だと思いません?あれ、先生、桜子先輩が亡くなった時に、あっちに活けてた花なんですよ。先生が好きだから活けておこう、ベッドだから濡れないようにドライフラワーにしよう、なんて、ねえ。」

 「そうなの?誰がそんなことを?」

 「言ったのは西園寺先輩です。って、ああ、延命先輩の前で悪口言ってごめんなさい。でも、賛成したのは部長だし、ドライフラワーにしたのは品川先輩だし。だからやったのは品川先輩です。ちょっと先生に近かったからって、陰キャのくせに自分の存在ひけらかせたいだけなんだから。ほんと、腹立つ。」

 「・・・あっと、須東さんは、品川先輩が嫌いなの?」

 「だってあの人、側にいるだけで先生のキラキラオーラを汚してるじゃないですか?しかも私は耐えてます、みたいに気を引こうってのが見え見えなのよ。」

 「別にそんな感じは・・・」

 「ほらようちゃんだって、化かされてるじゃない!あの人は真面目で才能があって、でもそれをひけらかさない淑女だ?んなのいるわけないじゃない。計算よ、計算。男はみんな馬鹿だからそんなのに騙されるのよ!」

 「須東ちゃん、先輩の悪口は、ね?君の方が悪く見えちゃうから、ね?」

 テンションが上がって吠える須東に延命がそっと声をかける。

 ちょっと涙目になって主張していた須東も、少しはっとした様子で、だが、ツーンと、斜め上を向いた。


 「あ、謝らないですから。私は嘘を言ってないし。そうそう、嘘じゃないと言えば、ここでお祈りしてもそれは違いますよ?先生が亡くなったのは、ここじゃないんで。」

 「え?ここじゃない?だって自分の部屋で亡くなったって。」

 「そうですよ。でもここ、ベッドの上じゃない。先生はお風呂で亡くなってたんです、感電してね。」

 「え?どういうこと?」

 「ちょっと、須東ちゃん!」

 「いいじゃないですか、先輩。嘘も隠し事もいらないじゃない。そうです、先生は、桜子先輩は、湯船につかって亡くなっていたんです、もちろんまっ裸まっぱでね。」

 「それって・・・」

 「事故か事件か。はたまた病死か?まるでミステリーですか?まぁ、ほんとうは不祥事をもみ消すために、先生のお父さんが手を回したんでしょ?」

 「どういうこと?」

 「飲酒による事故、それが警察の見解みたいですよ。事を荒立てないためにって、死因は心不全になったんでしたか?」

 「ちょっと、須東ちゃん!・・あの、このことは内密にお願いします。その部活で飲酒とか、いろいろとまずいんで。それに心不全は嘘じゃないみたいです。その、直接の死因としては、だけど。そう、大人の人たちも言ってて、それで僕たち、ていうか、緑川さんの死体を見た人たちは口止めされてるんです。」


 「ようちゃん、それってどう思う?」

 延命の話を聞いて、あやめが問うた。


 「んー。部員達の将来とか考えてとか、緑川先輩の名誉、とか、いろいろ忖度されたって事だよね。日本じゃ、犯罪とかも警察と検察の両段階でふるいにかけるようだし、ここで握りつぶしても裁判所に行くとは思わないけど、決していいことじゃないよね。」

 「そっちもだけど、ほら、死因とか。」

 「ああ。心不全、ってのは心臓止まれば出せる病状でもあるから嘘じゃないかもね。けど、その原因となると、今の話からでも複数考えられる。」

 「複数?」

 「うん。まずは、須東さんが最初に言ってた感電死。酔ったままお風呂でドライヤーでも使ったのかな?」

 「そうよ。お風呂に線が繋がったままのドライヤーがつかってたの。」

 「そのまま寝ちゃって、ドライヤーが漏電、てのが公式のストーリーなんだろうね。」

 「公式?」

 「あとは、ドライヤー関係なく、急性アルコール中毒。お風呂に入ったからか、実はそれ以前に亡くなっていて、誰かが偽装したか。」

 「それって?」

 「ああ、誰かが死に何らかの形で関わっている場合。アルコール中毒で死んだとなると困る人、とか、・・・殺した人、とかね。」

 「おい、田宮君。そんな物騒なこと!」

 「ん?延命先輩、そんなに怒ってどうしたんです?」

 「そりゃ怒るだろう!ふ、不謹慎だ!!」

 「・・・・」

 「な、なんだ?」

 「いえ、そんなはっきりと発言される方だとは思ってなかったもので。でもすみません。これは可能性ってだけで、あくまで推測です。それとも・・・」

 「・・・」

 「それとも、先輩は偽装とか、何か心当たりでもあるんですか?もしくは・・・殺人の方?」

 「ぶぁっ、ばかな!そんなわけないじゃないか。ふざけるなっ。」

 ドン、と陽介を突き飛ばし、そのまま延命はその場を走り去ってしまった。

 そんな後ろ姿を陽介はじっと見る。


 「あの、さ、ようちゃん?」

 そんな彼へと、恐る恐る須東が声をかけた。

 「いくらなんでもないよ?延命先輩があんなに声を荒げたのは初めて見たけど、でも、あの人は優しい人で、気が弱い人だもん。いっつもおどおどしてて、先生に言われるままに、女装でも何でもしてたし、恋人の西園寺先輩にだって、あんまりお話しすらするタイプじゃない。そんな偽装とか殺人とか、そんなことできる人じゃないよ。」

 「・・・ん。そっか。ごめんね。ただ・・・ま、いいや。当時の現場も知らずに、いろいろ推測もないよね。」

 「・・・それなら、あるかも。」

 「ん?」

 「西園寺先輩、警察とかの様子、撮影してたから。」

 「え?・・・それって、見れる?」

 「それは・・・ちょっと部長に聞いてみる。」

 そう言うと須東はきびすを返して、走り去った。

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