第23話
やっぱりそうか。
なるほど。花びらを片付けたのは西園寺、と。
へぇ。花瓶が濡れてた、ね。
ふむふむ、この花瓶は・・・あ、やっぱり同じか。
ブツブツと小声で言いながら、陽介はあやめからもらったメモに何やら書き込んでいた。
結局、その日からしばらく田宮家で居候よろしく過ごすことになった陽介。
寮に戻るのは信用を取り戻してからだ、などと、あやめがヒステリックにもの申し、それに彼女の両親も同意したのだから仕方がない。
元々与えられていた陽介用の部屋に入り、自分のデータと、彼女のメモから、判明したことやら、新たに分かったことをチェックしていたのだった。
制服やら鞄は寮にある。
翌、月曜日。
あやめに断って、先に寮に寄ってから学校へと登校した陽介。
ここでも、同級生達に詰め寄られることになった。
「アメリカへ戻ってたんだって?」
「うんまあ。」
「一人で飛行機って、やっぱすげえな。足とかどうしたんだよ。」
「バスとか電車があるから。」
「へぇ、それも一人だよな。言葉とか・・って、天才だもんな。英語ぐらい分かるか。」
「何言ってんだよ。田宮はあっちで大学卒業してるんだぜ。そりゃ英語ぐらい分かるさ。」
「そもそも大学の授業って英語でしょ?英語できるってやっぱり賢いよねぇ。」
「いや、アメリカじゃ赤ちゃんだって英語しゃべるし。」
「そりゃそうか。けど日本語も全然なまってないじゃん。バイリンガルってやつでしょ?」
「チッチッチ。田宮君はドイツ語も分かるのよ。この前あやめ先輩と彼の部屋に入ったら、本棚は英語とドイツ語でいっぱいだったんだから。」
「え、実川さん、僕の部屋に入ったの?」
「ええ。先輩と部長と3人で。もうちょっとで警察に行方不明だって届けるところだったんだからね。」
「そ、それはごめん。けど、勝手に入るって・・・」
「どんなん?田宮君の部屋ってどんなん?」
陽介の非難は、みんなの声にかき消されたのだった。
と、朝からそんな喧噪の中、辟易しつつも陽介は少々満足していた。
大学でいろいろな器具を借りて調べ物をする時間。
ずっと仲良くしていたジョージやらベティやらと、分析結果について話し合うのも、普段っぽくて落ち着くと、研究室では思っていたけれど・・・
こっちに戻ってきて、まったく違った喧々諤々。
なんの発展性もない会話。
それなのに熱く語るその熱量。
横目で見つつ、何がやりたいのかわかんないな、無駄なことをしている、と、小中高時代の自分は、年上の同級生たちをぼんやりと眺めていたんだっけ。
でもここでは違う。
なぜか話しも時々こっちに振られたりして。
当たり障りのない答えに、ダメ出しをされたり。
当然のように、自分たちと同じ仲間の一人として扱われる僕。
ゴマメ。
日本では、遊びにちゃんと混ざれない小さな子を仲間に入れなければならない場合、その子をそう呼ぶんだったか。
中に入っているけどそこはおなさけで、仲間ではない、おまけの子。
自分はずっとそんな扱いだったと思う。
それでいい。
そもそも彼らの会話は無意味だ。
そんな風に思っていたあの頃。
大学に入ると多少は変わる。
自分が彼らに並び立ち討論ができるのだと証明さえすれば、その仲間として受け入れられた。
討論できるだけの能力のない人からは疎まれていたけれど、それでもたくさんの友ができた。
頼られることも多くなり、充実した日々。
学部の修了後も、教授に勧められるまま、いろんな研究所に出入りし、友を増やし、自分はこのままでいいと思っていたけれど。
去年のサマーバケーション。
両親と一緒に帰国した僕は、久しぶりにあやめをはじめとした親戚の子たちと再会した。彼らはクラブ活動だったり、運動会や文化祭、そういった学校ならではのイベントについて興奮気味に語ってきて・・・
そういや、ハイスクールのダンスパーティは、一度もまともに参加できなかったな、と思う。
アメリカでも、様々な催し物が学校で行われる。
参加したこともあるが、いつでもおまけ。ゴマメ枠だった。
引率の先生よろしく、クラスメートの少女達に無理矢理手を引かれたショートトリップ。
世話焼きはどんなクラスにもいて。
パーティでは、いつでもどこかに座らされて、食べ物や飲み物を運ばれたっけ。
同年代との交流。
勉強ではない触れあい。
親戚達の話の中、そんなのに憧れを持ったのかもしれない。
一度、日本の高校生をやってもいいかな、と思うぐらいには。
両親達の勧めもあって、それは実現した。
初めての同じ年齢の子達と机を並べる経験。
勉強自体はどうってことはない。
すべてとっくに頭に入っている内容だ。
稚拙すぎて、ときおりむずむずするけれど。
だけど、彼らは普通に陽介を同じように扱った。
ささやかな悩みを、さも大事のように騒ぎ立て、一喜一憂する彼ら。
陽介は好ましいと思った。
ここに、ともに存在できるのがうれしいと思った。
ところで・・・
あの人は、どうだったのだろうか?
自分は特別、そう主張するように生き急いだ、あの緑川桜子という人は・・・
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