第3話

 自由奔放ながらも礼節を重んじる清真学園である。

 不躾な視線こそ無かったものの、チラチラと弁当を囲む3人の様子をうかがう者は数限りなかった。

 が、あやめは、そんなことは気にしない。

 いや、3人とも気にした様子もなかった。

 果鱗は、あやめといればこんなもん、と割り切っていたし、陽介はそもそも本人もこういう視線にさらされ続けてきたため、今更気にならなかったのだ。

 日本人としても決して大柄ではない、いや、むしろ小柄な陽介だ。

 そもそもアジア人は欧米では幼く見える。

 そんな中、小学生の年齢で中高に通い、中学生の年齢になったら大学生活。

 なんでこんな子供がここにいる?という視線は、常に彼の人生にあったのだから。



 「はい、ようちゃんの分。お母さんが一応毎日作るって言ってるでしょ?だいたいなんで寮なのよ。うちにいればいちいち私が運ぶ必要ないわよね?」

 あやめは、小言を言いつつ、自分とおそろいの弁当箱を陽介に渡す。


 あやめが言うように、あやめの家で居候しつつ高校に通う、ということになっていたのだが、敷地内に学生寮があることを知った陽介は入学後さっさと入寮手続きをして引っ越してしまったのだ。

 友人知人がアメリカを中心に世界中に散らばっている陽介にとって、個室を与えられているとはいえ、夜中や早朝にPCで会話をしてしまうことに気が引けた、というのはあやめたち家族も知っている。気にするな、といくら言っても、本人が申し訳なく思ってしまう性格であるということも同様だ。

 月に1度はあやめの家に宿泊することを条件に、陽介は入寮を勝ち取ったのだった。



 そんなことを昼食を食べながら、あやめは果鱗に話していた。

 聞こえているのかいないのか、飄々として食事をする陽介。

 ふむふむ、と聞きながら、果鱗は、本当に陽介がそんなに賢いのか?そうは見えないが、などと、失礼な質問をあやめにしたり、見えないけど賢いんだよねぇ、などとあやめも答えたり、あんまり昼食がおいしく食べられないような会話が前で繰り広げられているのも、当の本人は知らぬ顔で、陽介は食を進める。



 「てことで、ようちゃん、放課後は文芸部に行くからね。」

 「あやめ姉ちゃん。何が「てことで」なのかな?僕の悪口しか言ってないよね?」

 「あら聞いてたんだ。てか、悪口じゃなくて事実しか言ってないからね?てっきり耳がお留守かと思ったから、要件だけでいっか、って思っちゃったじゃない。」

 「僕が食べながらだって、いろいろできるのは知ってるよね?そもそも食べながら人の話を聞く事なんて、誰にでもできるでしょ?」

 「はいはい。ようちゃんは小さい頃から英語のテレビを見ながら日本語の新聞を読んで、ラジオを聞きつつ、おやつを食べてたわよね。よく喉が詰まらないな、って見てたもの。」

 「なんですか、それ?」

 「聞いてよ、りんちゃん。あれは私が小6の頃だったかしら?この子がうちに遊びに来たことがあったのよ。でね、お昼ご飯の時にスマホ片手に操作しながら、イヤホンつけて何かを聞いてたのを叱られたのね。ご飯の時はスマホもイヤホンもダメって。そうしたらおやつはご飯じゃないからって言って、新聞読み出すんだもん。しかもイヤホンでラジオを聞きながらね。そのとき、ようちゃんもいるし、ってテレビは英語のコメディやってたんだけどね、その全部、分かってたのよ。びっくりでしょ?テレビだけの私なんて、半分ぐらいしか理解できてなかったのに。」

 「いやいや、テレビで英語のコメディ理解できるって相当ですよ。小6でしょ?」

 「そうだけどね。ようちゃんといると天才ってのはこういう子だ、ってしみじみ思うわよ?すごすぎて嫉妬も覚えないくらい。」

 「ふうん。全っ然そう見えないのが、なんかすごいですねぇ。」

 「はぁ、まぁいいけどね。で、結局なんで文芸部なの?もう昼休み終わっちゃうよ。」

 「あは、そうだったわね。あのね、夏休みにコンクールがあるのよ、知ってるでしょ?」

 「ああ、演劇の甲子園、とか言ってた奴でしょ。何回も聞かされたよ。」

 「失礼ね。そんな何回も言ってないわよ。でね、そのコンクールに出す台本、今年は文芸部にお願いすることになってたのよねぇ。」

 「ふうん。まぁいいことなんじゃない?クラブ同士の交流でしょ。で、どうして僕が行かなきゃなんないの?」

 「その脚本お願いしたのは、同級生の緑川桜子っていうんだけどね、結構有名人だったんだよ。霧隠才庫ってペンネームでネット小説書いててね、何冊も書籍化されてるし、雑誌でもお嬢様高校生作家とか言って特集組まれたり、ね。」

 「ん?されてた??」

 「うん。されてた。そう過去形なの・・・彼女5月1日に亡くなったんだって。」

 「「え?」」

 思わず、陽介と果鱗が顔を見合わせる。

 「りんちゃんには、部活の時に報告するつもりだったんだ。私も今朝知ったの。登校したらクラスでその話で持ちきりだったからね。うちのクラス文芸部、他に2人いるから。」

 「どういうこと?」

 「なんでも文芸部はゴールデンウィーク中、合宿とかでホテルにいたんだって。その最中に、亡くなったらしいの。」

 「・・・それって、事件ってこと?」

 「ううん。一応、病死らしい。けど・・・」

 「何?」

 「なんていうか、変だなって。」

 「何が?」

 「文芸部の子達の様子が、ね。何か隠してるような・・・ね、だからね、ようちゃんそういうの得意じゃない?だからついてきてほしいの。いいよね?」

 「いや、でも。・・・病死、なんだよね?だったら事を荒立てるのってどうかと思うよ?」

 「もうようちゃんてば、アメリカで育ったくせに、そんな忖度とかして!私はね、何があったか知りたいの。あれは絶対何か隠しているわ。文芸部で何があったのか。どうして緑川さんが死んだのか。もし、本当は病死じゃなくて事故とか・・・殺人とか、そんなだったら、死んでも死にきれないわ。ね、ようちゃんもそう思うでしょ?だからね、何も無く、単なる病死ならそれでいいの。だけどようちゃんの目で見て、何か怪しいなら、お願い。彼女っていっつも自信満々で堂々としてる人だったの。こそこそ死の真相を隠されて喜ぶような人じゃ無かったのよ。だから、ね。ついてくるだけ。それだけお願い。」

 あやめはまくし立てながら、陽介の肩をつかみ、ぶんぶん揺すった。

 ガクガクと、頭が前後に揺らされ、陽介は軽く悲鳴を上げる。


 「わかった、わかったから!ついてくから、もうやめて!!」


 陽介の悲鳴は、昼休み終了のチャイムにかき消されたのだった。

 

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