第32話
沈黙が流れた。
気まずい空気を流そうとするように、警察官の一人が大きな咳払いをする。
「オッホン。いやぁ、人殺しを褒める、というのは良くないなぁ。うん。良くない。ただまぁ、被害者に悪意を彼が持っていたのは確かなようだね。ただ、ねぇ。話によると、事故を装ったけど、本当にそれが原因で亡くなったかは確認されていないんだよね。例えば、だよ?お湯にドライヤーをつけた。でも感電しなかった。そんな可能性も大いにあるんだ。単に、急性アルコール中毒で、たまたまお風呂につかってた間に亡くなったかもしれない。違うかい?」
警察官は延命に尋ねた。
延命は、うつむいたまま反応はしない。
これは、難しい問題だな。陽介は思った。
刑事責任、というのは原因と結果が結びつかなければならない。
さらにほとんどの刑罰は故意、というものを要する。
簡単に言えば殺そうと思って殺す行為をし、被害者がその行為が原因で死ななければ、殺人罪というのは成立しないのだ。
ちなみに殺そうという思いがなければ過失致死なり傷害致死なりといった別の罪になるだろう。
仮に殺そうと思って実際何かをやって被害者が死んだとしても、それだけで殺人罪は成立しない。
行為と結果に因果関係が必要だからだ。
たとえば今回のような場合。
延命の主張のごとく感電死させようと思って風呂に被害者とドライヤーを入れたとする。だが感電することがなければ、彼の行為で死んだわけじゃないことになる。
死の原因が他の、例えば急性アルコール中毒なんていう病気のために死んだとしたら、延命は殺していないことになるのだ。死の原因が病気なのだから。
そうなれば、そもそも殺人事件そのものがなかったことになってしまう。
それが分かってるから、警察は送検しない可能性が高い。
彼が感電死させようとして感電死したという証拠がない限り、特に未成年である延命を罪に問うのは難しいだろう。
そしてそれを証明するとすれば、唯一検死があっただろうが、すでに病死として判断され、家族の元に戻されて荼毘に付された後だ。証明は難しいだろう。
警察官の言葉を聞いて、陽介はそんな風に思う。
それにそもそも、と、陽介は思った。
延命は本当に彼女を感電死させようとしたのだろうか。
「あの、いいですか?」
微妙な空気の中、陽介が声を上げた。
「えっと、緑川先輩ですけど、延命先輩が仮にお風呂につけたとして、そのとき、本当に生きてたんでしょうか?」
え?何を言っているんだ?
その場にいた全員が、そんな表情で陽介を見た。
「僕は延命先輩が緑川先輩をお風呂に入れたのは間違いないって思うんですよ。ドライヤーも先輩がやったと思います。」
みんなが怪訝な顔で陽介を見ている。
「そ、そうだ。僕、いや俺がやったんだ。ああ、もちろんあいつは生きていたさ。気持ちよさそうに寝ていたよ。だから俺が殺してやったんだ。」
「本当に?」
「当たり前だろ!!僕、じゃない、俺がやった。だから俺を捕まえればいい。さぁもういいだろ?さっさと刑務所に送れよ。」
延命が慌てたように警察官達に言った。
「何を焦っているんです?」
「焦ってなんかいない。」
「そうですか。まるで誰かをかばっているのかと思いましたよ?」
「か、か、か、庇うもんか!そんな人の罪を被るような馬鹿じゃない!!」
「庇うとしたら、延命先輩の前に入った須東さんかな?須東さん涙目で飛び出してきたんでしょ?」
「違う!!彼女は普通だったと言ったろ?」
「やだなぁ。別に延命先輩の前にあの部屋にいた須東さんが、緑川先輩を殺した、なんて一言も言ってないじゃないですか?」
「へ?」
「まぁ、彼女にも動機がないでもなかったんでしょうけど。だって須東さんは緑川先輩を崇拝していたのに、全く認められなかったんでしょ?いつまでもその他大勢の扱い。品川先輩の位置に置いてくれない。かわいさ余って憎さ百倍、なんてことばもありますし、ね。」
「そんなこと!私、そんなことしないわ。殺すなら先生じゃなくて品川先輩を殺して取って代わるもの。あ、もちろん品川先輩のことを殺すつもりなんてないけど。そんな負け犬みたいなことやらないわよ。実力で黙らせて泣かせてやるんだから。」
黙ってみていた須東が、甲高い声で言い切った。
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