第21話

 なんで、彼女が花を大事にしていると思ったのか、一通り落ち着いた後あやめが尋ねたら、どうやら花びらがソファテーブルの下に落ちているのを見たのと、窓際に活けられていた花の花瓶が濡れていたから、らしい。

 それらを見て、ソファのテーブルで花を愛でていて、花びらが落ち、また、寝るときにでも、花瓶の水を替えたから花瓶が濡れていたのだろう、と推測したのだそうだ。

 確かに、普段は窓際に飾られている花瓶の花がテーブル下に落ちていたら、あれ?と思うだろうし、また、朝に活けられたはずの花瓶が夜にもまだ濡れていたら、水を新しく入れたのでは、と思うのは分かる。

 それにしても、と、少々失礼な感想をあやめは抱いた。

 ルックスからは繊細に見えなかったけど、意外と細かいことに気がついて、しかもそこから緑川さんが花に優しい、なんて妄想を膨らませるなんて、やっぱりこの人も文芸部なのね、と。



 家に帰ったあやめは、聞き取った話を時系列のグラフにしてみる。

 21時頃にはみんなと行動をしていたのだから、事件はその後だ。

 21時半時点では、須東の話によると、まだヘッドで寝ていたから、生きた姿を見られたのはこれが最後か。

 22時24分。

 風呂で感電死しているように見える桜子が発見される。

 これは映像が残っているから時間的には正確。

 改めて聞いたところによると、身体は温かかったように思う、とのこと。

 ただし、湯船の湯はかなり暖かかったようで、本人の体温がどうかははっきりとしないらしい。そこまでの余裕はなかったとのことだった。


 これらから考えると、彼女が亡くなったのは21時半から22時20分頃の約1時間の間。

 ここを重点的に聞き取ったのだが、多くの人は品川緑子の恒例の行動から20時半頃に退室しており、その前後はこの部屋だったり自分の部屋だったりで、トイレに中座する者も多かったようだ。

 そもそも19時の食事を共有スペースで食べない者も少なくなく、アリバイ、という意味では5分や10分、誰にも姿を見られていない人間がほとんどだったらしい。


 (事件ならアリバイは全員なし、ってところね。)


 女子が多い文芸部では、共有スペースのトイレを使う者は少ない。

 遠くないのだから自分の部屋で用を済ませた方が、精神的にいいのだろう。共有スペースといっても、元々ホテルの個室なので流水音の設備などついていないのだから。


 そういうこともあって、廊下で人を見ても、身内ならば特に疑問に思うこともなく、怪しい人を見なかったかと尋ねたところで、特にこれと言って証言は上がってこなかったのよね、あやめはメモを見ながら小さくため息をついたのだった。



 ただ一つ分かったこと。


 文芸部の中心は間違いなくプロ作家でもある桜子だ。

 いつでも使える快適な合宿所として、ホテルのワンフロアーを借り切っているのも彼女。正確にはその親か。

 そこでのルールは彼女が決め、横柄で傲慢。だが誰も文句を言えるはずもなく。

 むしろ適当によいしょしておいしいところをいただこう、というのが見え見えの人も少なくなかった。

 ただし、彼女の勘気に触れ、嫌な思いをした者も少なくないようだ。

 皆の前で怒鳴り散らしたり、クビを言い渡されて退部する者も少なからずいた、らしい。


 そんな彼女は、しかしカリスマもあったのだろう。

 全面にそれを押し出しているのは須東ぐらいだが、彼女に陶酔しすべてを受け入れる者も少なくない。


 いずれにせよ、人によって何をしても受け入れる者と、逆に大いに恨みをくすぶらせる者と、その狭間に揺れ動く者と。

 緑川桜子という人は、そんな何をしても事の中心にいて人の心を揺さぶるような、そんな人物だったようだ。

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