序章
02:序章①
私こと、シャウナには幼い頃より以前の記憶はない。
記憶の始まりは八歳くらいだろうか、森の中で魔女のお婆さんと暮し始めた所から始まっていた。
しかし私の中には、別の人格とも思える不思議な記憶が存在している。
それこそが私の生まれた頃の記憶だろうか?
しかし記憶の中の風景は、こんな森の奥深くの自然豊かな所では無くて、もっと高層ビルと呼ばれるコンクリートで出来た建物が沢山そびえたつ不思議な場所だった。
そこは〝魔法〟ではなく〝科学〟が支配する世界。
きっとこの世界とは似ても似つかない世界であろう。いつかは
「あんたはきっと異世界の知恵を得られる数少ない存在なんだろうさ」
その時のお婆さんはとても真剣な、おまけにちょっと怖い表情をしていたのを覚えている。
それ以来ひとまずはこの世界の事は忘れる事に決めた。
もちろんお婆さんの前では、だが。
私が記憶の事を話したからなのか、それとも偶然なのか、私が魔女になるための本格的な修業が始まった。
【魔女】の特性は魔法と霊薬や秘薬と呼ばれる薬の調合にある。魔女の術の大半は、彼女らが好んで棲む森と密接に関わっていた。
私は来る日も来る日も、魔法の呪文と詠唱、薬になる材料とその加工方法、そして薬の調合すると言った事を、何度も何度も繰り返し教えて貰った。
場合によっては二人で森に入り、実際に材料を採取することも覚えていく。
覚えが良い弟子だったかは私には分からないが、お婆さんの口癖は、
「なぁに時間はたんまりあるからねぇ」だった。
魔女であるお婆さんの年齢は人族の寿命分はとっくに越えていて、なお平然と生きているのだ。私も魔女になれば同じように時間があるからかな?
幼心にそんな事を思いながらその言葉を聞いていた。
そしてお婆さんから、多くの知識を譲り受けた十二歳の時、ついに私の
しかし修行の末に私が手に入れた
将来はお婆さんとおそろいの、立派な【魔女】になるつもりだったから、かなり落胆したのを覚えている。
私が「ごめんなさい」と謝罪をしつつ、自分が【賢者】になった事を伝えると、
「へぇあんた【賢者】になったのかぃ」
お婆さんから貰ったのはその言葉だけ。
その口調は落胆した風では無くて、事実を淡々と言っただけの様に思った。
その後からだろうか、お婆さんは酒を好んで飲む様になった。時間を問わず、起きている間は常に酒瓶を手にしていて、それを飲んでは赤ら顔を見せている。
この頃のお婆さんは素面の時間の方が短かったと思う。
そして私の修行も、お婆さんは酒瓶を片手に文字通り片手間に見るようになっていた。いや片手間どころか、ある日には一切も見てくれずに彼女の使い魔である白フクロウのキーンに丸投げするときさえあった。
きっと【
やや離れた距離、それはきっと
その距離のまま、私とお婆さんは時を重ねていく。
それは私が十六歳になる前日の事だ。
お婆さんは食事をしている時はいつも飲んでいたお酒には一切口を付けず、彼女は素面のまま、
「後はあんたの好きにしな」
と、一方的に告げると「あたしゃ寝るからね!」と言い捨てて床に潜ってしまった。
(あぁついに捨てられた……)
【賢者】になった私は教えを終えたと言う事よりも前に、お婆さんに捨てられたと思って布団の中で声を殺して泣いて過ごした。
そして翌日。
一睡もできずに散々に考えた結論は、荷物を纏めてここを出ることだった。
失敗して【賢者】になってしまった私が去れば、彼女は今度こそ、新たな、【魔女】になる事が出来る弟子を取ることが出来るはずだ。
夜のうちに荷物─と言ってもほとんど私物は無いが─をまとめた私は、
コンコンコン
ノックをするが返事はない。
もう会ってもくれないのだろか?
それでも諦めきれず幾度かノックをしたがやはり返事はない。
(もしかして、まだ寝ているのかも?)
そぅとドアを開けて部屋に入ると、とても穏やかな表情でお婆さんは静かに息を引き取っていた。
彼女の眠る隣には、悲しそうに
「そう言う意味だったの……」
魔女たる彼女は、自らの死期を既に知っていたのだろう。
「ホォ」
私の言葉を肯定するかのように、キーンが一声鳴いた。
私はキーンのその声に押される様に、彼女に寄り掛かって泣いた。
そしてそこで彼女の最後の魔法が発動する。
使い魔の
『シャウナや、最後まであたしは素直に言えなかったから、ここで謝っておくよ。
あんたがなった【賢者】ってのは、あたしが目指して最後までなる事が出来なかった
年甲斐もなく嫉妬しちまってね、悪かったよ。
これで最後になるけど、シャウナ。【賢者】おめでとう』
「うぅう、今までありがとうお婆さん」
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